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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
ソニア篇
32/170

守護者達の邂逅

いつも読んでいただいている皆様、初めてここまでお読みいただいた皆様。

時間を割いて読んでいただき、ありがとうございます。

お気にめしましたら、どうぞ今後ともおつきあいください。

「喉が渇いちゃった、お茶にしましょう」

 

 頭を振ってぼんやりとしていた思考を正す。


「では準備を」

「いえ、私がやるからアヤメさんは座っていて」

「クリステル様、それは」

「うん?」

「私が準備いたします、皇女殿下にお茶を淹れさせる護衛など聞いたことがありません」

「確かに聞いたことないね」


 クリステル様はふんわりとした口調で言う。


「でも私は、あなたの前では普通の恋人同士でいたいと思うの。皆が私を皇女として見るけど、あなたには恋人として見てほしいから。だからお願い、私にさせて」

「・・・・・・」


 熱を感じるほど、自分の顔が真っ赤になっているのがわかった。


「ほらアヤメさんは座ってて」


 夢心地の私は椅子に座らされ、クリステル様の後姿を見ていた。私は今、尊いものを見ている。


・・・・・・・・・・・・・・


 エルフリーデの独裁により、かつてヴェルガ国から追放された軍人、命の危険を察して亡命した議員が、ここスネチカには多く暮らしていた。


 その情報を得たクリステル様は、再び彼らをヴェルガ国へ導くためこの国へ来て会合を開いていた。独裁者が居座る祖国を救済するため、協力者を集めているのだ。

 

 私は先ほどまで行われていた会合の同席を許されなかった。桜花人であるというだけで彼らは難色を示した。何者かが遣わせた密通者であると懸念されたためである。クリステル様は擁護してくれたが、私のために大切な会合が水泡に帰すことなどあってはならない。


 そのため、クリステル様の警護を辞退してあてがわれた部屋で待機していた。

 

・・・・・・・・・・・・・・


「紅茶でいいよね?」

「はい、ありがとうございます」


 赤いクッションが心地よい椅子に座りつつ、彼女の後姿を見ていた。頬に垂れた金色の髪を耳までかき上げ、しなやかな指で慎重に茶葉を取り出している。何気ない彼女の姿をこうして見られることに幸せを感じる。些細なことに喜びを感じられる日々が、いつまでも続くことを願わずにいられない。


 しばらくして紅茶の良い香りが漂いはじめた。桜花のお茶とは淹れ方が違い、けっこう手間ひまがかかる。その分だけ味も格別になるのだと知った。初めて口にした時は、その味に驚いた。


 口に含む度、ふわぁっとした香りが広がり、花が咲き乱れる平原にいるような気分になる。寛ぎを覚え、思わずほっと息を吐いた。

 

 物珍しくてくぴくぴと飲んでいたらクリステル様に笑われた。私の目があまりにきらきらと光っていたためらしい。


『ごめんね、笑うなんて失礼だよね。そんなに嬉しそうに飲んでくれるなんて、淹れた甲斐があったわ』

『美味しいです、初めて口にしましたが紅茶とはこれほどまでに美味なのですね』

『あなたを見ていて思い出したわ。子供の頃、庭の木の上で大事そうにドングリを抱えていたリスを見たことがあってね。今のアヤメさんがその子に似ていたから』


 そんなに顔にでていたのだろうか、と恥ずかしくなった私が赤面していると、彼女は頭を撫でてくれた。


『子供の頃はいい思い出なんてないと思っていたの。けど、確かに楽しい思い出はあった。今まで忘れていただけなんだよね――アヤメさんはそれを思い出させてくれるの』


 彼女は言った。

 私が感じていたことを、ほぼそのままクリステル様が口にした。


 ふとした瞬間、昔を思い出すことがある。家屋の匂い、食事の味、人肌の温み、それらは記憶の底に眠っていた情景を呼び覚ます。母と、そして一時でもできた友人たちと桜花の四季を過ごした。その生活の中、ほんの一瞬でも喜びは確かにあったのだ。クリステル様と共に幸せをかみしめていると、それらを思い出すことができる。


 やがてクリステル様がティーカップを手にこちらへやって来た。


「どうぞ、召し上がれ」


 机にカップをおいて言う。


「いただきます」


 彼女は机を挟んで置かれていた椅子を持ち上げ、私の隣まで運んできて腰かける。


「やっと二人きりになれたから」


 そう言ってあえて隣に座ってくれた。時折、肩が触れ合って、彼女の体温を感じることができる。


「桜花で水浴びをした時もこうして触れ合いましたね」

「そうね、懐かしいわ」


 私の肩にもたれかかって微笑む。


「また、二人だけで旅がしたいな」

「私も同じことを考えていました」

「本当に? 一緒だね」

「はい、一緒です」


 クリステル様との大切な過去の記憶。宝石よりも輝くそれは、私の心の大切な部分にしまってある。

 今もクリステル様が傍にいてくれる。彼女と過ごすたびに、宝物のような時間が蓄積されていく。


「会合はうまくいったよ、私たちに力を貸してくれるって」

「それは素晴らしい、やりましたねクリステル様」

「うん、ありがとう!」


彼女がヴェルガを建て直す計画を毎夜遅くまで練っているのは知っている。かつての元老院達と密かに連絡を取り、着実に理想を形作っている。

その思いに共感してくれる人が増えるのは、支えている私としても嬉しいことだった。



「話し合いがうまくいったのも喜ばしいことですが、こうしてクリステル様が何事もなく戻ってくれたことも嬉しく思います。待っている間、不安でしたので」


私は彼女が走ってまで戻ってきてくれたことの喜びを伝えただけであったが、それを聞いたクリステル様の顔が曇った。


「一人ぼっちでこの部屋に閉じ込められて、辛かったでしょう? ごめんなさい、私がもっとしっかりしていればあなたも会合に同席できたのに。力不足だわ」

「あっ、ちがっ。決してそういう意味では。クリステル様に人徳があったからこそ、彼らは私を警戒したのです。皆があなたのために力を尽くしたいと思っている。そして会合はうまくいった、気に病むことはありません」

「気にするよ、だって」

「クリステル様?」

「私はあなたに救われた。この命はあなたがくれたの、恩人であるアヤメさんは私の半身そのものだわ。どんな時も一緒にいたい」


 そう言った彼女が私の頬に触れようとした時――


 来る


 本能がそう告げた


 うまく言えないが、ひやりとするものを感じる。

 私は愛刀を手に席を立った。


「どうしたの?」


 クリステル様が不安げな眼差しを向ける。


「何か来ます。強い、かなりの手練れでしょう」


 意識を集中させると、頭に猫の耳が生まれる。両耳は電気が走ったように大きく震えた。


「速い、誰かを抱えながら真っすぐこちらに向かってきます」


 私は目を閉じて頭の耳をひっこめる。

 ルリとの戦闘以来、モノノケの力を自在に引き出す訓練を毎日続けている。五感が鋭くなることに加え肉体も強化されるが、体にかかる負担が大きいため多用はできない。


「何人もいるの?」

「いえ、足音は一名のみ」

「他に何か聞き取れる?」

「走っている者の呼吸音と、抱えられている者の――悲鳴? でしょうか」


 クリステル様は頭を抱えて項垂れる。


「ソニアだわ、あの人また無理やりピアを抱えているのね」


 本日夕刻、かつてクリステル様を護衛していた騎士が合流することは聞いていた。


「強いとは聞いていましたが、ソニアという者はこれほどまでに」

「あとどれくらいでここに着きそうかわかる?」

「接触まで五十秒ほどですが、森を抜けてくるようなので姿までは」

「行きましょう。きっとピアはフラフラのはずだから助けてあげないと」

「わかりました。ですがソニアという者である確信がありません。念のためクリステル様は私の傍に、決して離れないでください」


 私はクリステル様を先導しつつ、館の玄関まで移動した。

 淡黄色の大理石と赤い絨毯で彩られた玄関に着いた瞬間、バアンと扉が開かれて吹き抜けのホールに外の冷気が吹き荒れた。


「到着っ!」


 そう言って笑う乙女。妖精のように整った美しい顔立ちをしていた。

首の後ろで編んだ長い赤髪が纏っている外套と共に風ではためいている。騎士と聞いていたので厳格な衣を纏っていると想像していたが、純白のコルセットと濃紺のプリーツスカートという貴族のようないで立ちである。唯一、腰に下げたロングソードのみが、彼女を騎士足らしめていると言えた。


「ソニアよ」


 クリステル様がそう言ったので、私は刀の柄に当てていた手を離した。


「お、おろして」


 彼女に抱えられていたピアが弱弱しく言った。ピアは外套にくるまれており、さなぎのような格好だった。


「ありゃりゃ、ピアちゃんの顔色が悪い」


 彼女はゆっくりとピアを降ろし、包んでいた外套を優しく外した。


「誰のせいだと、はぁはぁはぁ・・・・・・死ぬところでした」

「ピアちゃん大丈夫?」


 ボロ雑巾のようであったピアは憤怒の形相に変わり、握りしめた小さな拳でぽかぽかと彼女を叩いた。


「ソニアさんのおばか! 何度も止まってほしいと言ったのに!」

「ごめんね、ってピアちゃん痛い痛い。これでもゆっくり走ったつもりなんだけどな」

「嫌いですソニアさんなんて!」

「ええ!? ごめんってば、つい舞い上がっちゃって」

「それにしても度が過ぎます! だいたいあなたと言う人は――」


 怒るピアに困惑しているソニア。

 ふとピアの腕に目が行く。スネチカの気温はマイナス10度といったところ。極寒の中を走り抜けたにしてはピアの肌に凍傷の類が見られない。これはソニアが彼女を気遣って、凍てつく外気からうまく庇っていたためだろう。


「嫌いだなんて言わないでよ~、あっ! クリステル様ー!!」

猛り狂うピアを置き去りにして、ソニアという騎士はこちらへ駆け寄ってきた。


「無視ですかっ!? この状況で!? お説教の真っ最中に!? ソニアさんのアホ!」


 なにやらピアが喚いているが、ソニアはクリステル様の前まで来ると片膝を立てて跪いた。


「クリステル様っ! ソニア・エルフォード、ただいま参上しました!」

「よく来てくれましたねソニア、長旅ご苦労様でした」

「はい、とても、とーってもお会いしたかったです!」


 さすがはクリステル様。嵐の如き女騎士を目の当たりにしても、笑顔のまま凛とした姿勢を崩さない。


「今日はゆっくりと休んで、と言いたいところですがその前に言っておくことが二つあります」

「はい?」

「一つ、ソニアは夢中になるあまり周りが見えていない時があります。これはあなたの長所に繋がる部分でもありますが、短所でもある。ちゃんとピアと仲直りしてくださいね」

「はい! 仰せのままに」

「もう一つ、あなたは再び私の護衛となってくれる決意をしてくれました。心強い限りです。さあ、立って。いつも通りのあなたでいてくださいね、私はそれが一番落ち着きます」

「承知いたしました、それでは――」


 ソニアは立ち上がるとクリステル様の手の甲にキスをし、あろうことかそのままの勢いで彼女を抱きしめたのだった。


「ソニア!?」

「うう、クリステル様、よくぞご無事で。私がずっとお守りできればよかったのですが、護衛の任を解かれたばかりに。療養のため桜花に向かわれたと知らされた時は心配で心配で。けど、このように元気なお姿を見ることができて胸がいっぱいです」

「まったくあなたは」

 

 クリステル様はくすっと微笑んで、ソニアの背中を抱きしめた。


「すん、クリステル様」


 ソニアは涙を流し、鼻をすすりつつ、再会を喜んでいた。


「ソニアさん!」


 ソニアの行動に一瞬だけ呆けていたピアが顔を真っ赤にしてずんずんと迫り、ソニアを引きはがしにかかる。


「クリステル様になんたる無礼を!」

「え、だってクリステル様はいつも通りでいいって」


 ツキン、と胸に痛みが走る。


 いつも通りだと? ソニアという騎士はいつもクリステル様に抱き着いていたのだろうか。


「度が過ぎているとさっきから言っています! 話を聞いてください!」

「わかった、わかったから離れる――っ!?」


 そう言ったソニアが素早く一歩引いて、腰のロングソードに手をかけた。


・・・・・・・・・・・・ 


――なにッ? この感覚!?


 ソニアの全感覚が一瞬で緊張を感じ取った。

 彼女がすぐロングソードの柄に手を伸ばしたのは、一切の油断を許さないような強烈な殺気を覚えたためである。


 うまくは言えないが、このままでは斬られるという直感があった。これなるはソニアの天武の才がなす超感覚、メルリスとして活動したうえで培われた慧眼が見極めたものだ。


 対手は腰に下げた刀を抜かず、静かに、しかし重苦しいような気を纏って佇立している。


・・・・・・・・・・・・ 


 この者はいつもクリステル様の手に口づけをし、しなやかに柔らかく、甘い香りのする肌を抱きしめていたというのか。おのれ恥知らずな、よくもぬけぬけと・・・・・・いやいや待て。ヴェルガ人は肌に触れることが挨拶の作法であると聞いた。桜花人の私には驚愕を禁じ得ないことでも、彼女たちからすれば。いや、そもそもクリステル様と肌を重ねた私の方がよほど驚愕なのではないか。いやいや、けれど私とクリステル様は恋人で、ソニアなる者は友人の類であるから――

 

 私がウゴウゴと思考を巡らせていると、青い顔をしたソニアが言った。


「あ、あの、クリステル様。先ほどからとてつもない殺気を向けられているのですが・・・・・・ひょっとしてこの方は」

「殺気?」


 クリステル様はきょとんとしたが、私を見て納得したような表情を浮かべた。


「あ、紹介しますね。私の命を救ってくれたアヤメさんです」

「アヤメちゃん、あなたが・・・・・・よ、よろしくねヴェルガ国騎士団メルリスのソニアです」


 名乗られた。ならばこちらも名乗らなければ不敬だ。


「桜花国出身、元異形対策猟兵部隊アヤメという。どうぞよろしく」


 落ち着いた低い声が口からこぼれた。


「な、なんだかすっごく怒ってる?」

「そんなことはない」


 なにやらおかしな空気になってしまい、見かねたクリステル様が私の手を握ってくれた。


・・・・・・・・・・・・ 


 ソニアは言い知れぬ不安を覚えていた。

人の深淵に潜む力、この者は底知れぬ悪を宿している。私たちが想像しえるものを凌駕するほどに。

 ほんの一瞬対峙しただけで、彼女の全てがわかった。


 剣の熟練者のみが持つ慧眼により、旧来の知人の如く、アヤメのことが理解できた。

 

 アヤメは人にあらず。闇を孕む死神だ。


だんだんとメンバーが揃っていきます。


次回はかなりきわどい話になると思います。年齢制限的に・・・

いやでも、ルリの回もけっこうきわどかったので大丈夫でしょう。


よろしければ評価や感想をお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします。

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