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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
ソニア篇
27/170

対価

こちらは表現を規制させていただいております。


【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。


もう少しだけソニアとピアの話が続きます

 メルリスであるソニアは兵舎の個室で暮らしていた。十畳足らずの狭い部屋であるが、ここが二人の帰る場所となった。

 

 一軒家ならともかく、このような狭い部屋に少女を匿うことはできない。いずれは存在が知れて、師団長の耳にも入るだろう。

 ならばその前にピアのことを知らせておいた方が賢明なのではないか。事情を説明すれば、兵舎へ迎え入れる許可をもられるかもしれない。隠していて後でばれてしまうよりはよほどいいとソニアは判断した。

 

 ソニアの話を聞いたのは師団長のディートハルト。還暦をとうに超したディートハルトとソニアとでは父娘以上の年の開きがあった。


「お前が何を話そうとしているのかを私は知っている」


 ディートハルトは机の上で煙草の煙をふかしながら言った。背筋を伸ばして立ったままのソニアは、くゆった煙の先にどこか邪が渦巻く瞳を見た。


「奴隷のことだろう。髪は黒、肌は褐色、年は十くらいという少女の奴隷だ。どうだ、そうだろう?」


 ピアのことを師団長が知っていることにソニアは驚愕した。ソニアがピアを買い取ってからまだ丸一日も経っていないのだ。


「奴隷を買い取ったことがもうバレて驚いているな? だがよく考えてみろ、昨日あれだけのことをしておいて隠せると思っている方がおかしい」


 ディートハルトは言う。

 昨晩、ピアは一瞬でも銃を手にした。奴隷が主の銃を手にするというのは重罪であった。祭りの最中、広場で起きた出来事であった。多くの人々が目にしていた。


 強制労働所で働く者、貴族の僕として屋敷で働く者など、既にヴェルガには何人もの奴隷がいる。ヴェルガ人は奴隷の反乱を危惧し、厳しい掟で縛り付けていたのである。


「主の銃を奪った奴隷には最低でも利き腕の切断。これは免れまい」

「そんなっ、それは違います」


 ソニアは食い下がった。


「商人が落とした銃を拾っただけです。あの子は銃口を誰にも向けていません」

「馬鹿者。一瞬でも銃を手にした、というところが問題なのだ。誰にも銃口を向けなかっただと? 仮にそれが真実だとしよう。だが、奴隷の少女が奴隷商人の銃を手にしたよりも印象に残るかね?」

「そ、それは」

「後はこの話を聞いた者の想像で様々な結末に変わっていくだろう、事実に尾ひれがついて誰かを撃ち殺したなどと噂話も立つ。そうなってからでは遅い」


 ディートハルトは煙草の火を灰皿に押し付けた。机に肘を乗せ、ごつごつとした指を組んでソニアを睨みつける。

 いすくめられたソニアのこめかみから汗が落ちた。


「もしその少女に何の咎もなければ、各地の奴隷達が勢いづくのは目に見えている。商人に立ち向かった少女など、多くの奴隷を惹きつける話だ。奴隷を所有するヴェルガ人はそれに憤慨するだろう。怒りのあまり、自分たちの奴隷を虐殺する者も出てくるだろうよ・・・・・・その奴隷には罰を受けてもらう、それで全て丸く収まるんだ」

「だからってあまりに酷すぎます。相手は子供なんですよ? まだ小さいけど、賢い子です。そんな子の腕を切り落とすなんて・・・・・・夢だってあるんです、何か方法が」

「人が欲する権力をも知らんのか。奴隷には酷な罰を与えるくらいで丁度いい、そうでなければ反乱がおこるのだ。奴隷が無様に汚れ、自分は雲の上からそれを眺める。権力者たちはそういうことに満足を覚えるのだ」

「ディートハルト様っ!」

「どうにもならんよ、腕を斬るのが酷だというのならいっそ殺してやるが」


 ソニアは右膝を折り、頭を垂れた。騎士として相手に対する作法である。


「お願いします。あの子を助けてあげたいんです、どうかお力をお貸しください」

「お前」

「どうか、お願いでございます」


 ソニアの胸には熱い感情がこみ上げてきていた。ピアとは昨日出会ったばかり。会話という会話もまだしていない。それでも、彼女を一目見た時、ソニアの胸にはなにか言葉にできない鮮やかな印象が刻み込まれたのである。あの子を守らなければならないという使命。いや守りたいという願い。


 ソニアは幼少のころから誰かに頼ったことなど一度もない。天稟あるソニアは何事にも人の助けを必要としてこなかった。

 けど、今はどうにもできない。彼女には力はあるが権力はなかった。


「それほどにあの奴隷が大事か」


 どこか影のこもった言葉がソニアの頭に零れ落ちた。


「才ある貴様は傲りがある。目上の人間に対して頭は下げるが、どこか儀礼的でへつらいが見られない。だから他人を見下しているなどと陰口を叩かれるのだ」


これはディートハルトの私見である。ソニアはきちんと礼儀正しく頭を下げるが、天稟の才を持つ乙女を前にしたもの達は恐れの余り、このように歪んだ解釈をするのだ。


ソニアはこのような妬みを受けるのになれてしまった。黙って聞き流すのが最善と理解していた。


「それがどうだ。今や恥も外聞もなく汚い床に膝を折り、必死に懇願している。心より願う姿は初めて見たぞ。もう一度聞く、それほどにあの奴隷が大事なのだな?」


 太い声であった。多くの血と争いを見てきた者のみが発する重みある脅迫めいた声。還暦を超えても未だ筋骨たくましいディートハルトであるから、余計にすごみが増した。


 しかし、その声の凄みがかえってソニアの意を硬くすることを促した。


「はい、大切に思っています。ですからディートハルト様、なにとぞ」


 ソニアは伏せていた顔を上げて真っすぐに師団長の顔を見つめた。


「よかろう、気持ちはよく分かった。別段、方法がないでもない」


 ディートハルトははっきりとそう言った。

 思いが通じ、ソニアが頬を緩めようとした時である。


「今晩九時、もう一度この部屋に来い。服を脱いでベッドに入っていろ」

「・・・・・・は・・・・・・」

「二度は言わせるな。服を脱いでベッドに入っていろ」


 ソニアはごくりと喉を鳴らした。ディートハルトの顔を見るが、冗談を言っているようには見えない。背筋を冷たい汗が流れた。


「貴様の願いを聞き、あの奴隷を助けて私に何のメリットがある? 貴様がおとなしく言うことを聞くのなら助けてやる。間違えるなよ? 善処するのではなく、助けてやるのだ。奴隷を救えるかどうかはお前にかかっているというわけだ」


 驚きもあったが、恐怖が濃くなっていく。この師団長である男は還暦を超えていながら、二十を迎えたばかりの自分を抱こうというのだ。ソニアから見れば祖父のような年齢の男がである。


 悪寒がして、ぶるぶると体が震えた。しかし、今一度ディートハルトの目を見た時、ここで退けばどうなるかわかってしまった。

 逃げれば、ピアは腕の切断では済まない。きっと助からない。師団長ならそれくらいはやるだろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 このディートハルトという男はメルリス騎士団に在籍して長い。気が付けば自分の孫がメルリスの候補生となるまでに年を取っていた。

 愛してやまない孫娘である。その溺愛ぶりも常軌を逸しているほどであった。


 その孫娘がメルリス入団の試験としてソニアと稽古試合を行った時である。ソニアの剣は何人も寄せ付けず、各師団長もその動きに目を丸くしてあれよという間にメルリスとなってしまった。


 孫娘がその柔肌を削り、血を絞り尽してまで訓練に訓練を重ねていた日々をディートハルトは知っている。

 ソニアが孫を打ち負かし、メルリスとなった時、異様なほどの衝撃が全身を走った。

 おのれよくも! と感じた瞬間にこのソニアという娘を思い切り傷つけてやりたいという強烈な欲望が生まれたのである。

 

 先刻、ディートハルトはソニアの意思を確かめるため、あえて強い口調で問いかけた。それにソニアが答えた時、思わず喜びの色に頬肉がほぐれたものである。


 こやつは無邪気すぎる。人の悪意とやらに気づかぬほどに。

 ディートハルトは悪辣な笑みを浮かべた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・


 夜の九時。ウイスキーを煽ったディートハルトが部屋に戻ると、ソニアは言われた通り、服を脱いでベッドにいた。


「大したものよ」


 よく見れば羽毛布団が揺れていた。ソニアが震えているためである。


・・・・・・・・・・


こちらは表現を規制させていただいております。


【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。


・・・・・・・・・・



「ソニアさん」


 ピアは寝ないで待っていた。


「どうしたんですか、顔が真っ青です」

「あ、あはは、ちょっと疲れちゃった。でも大丈夫だよ」


 胸には恐怖や腹立たしさなど様々なものが蠢いているが、ピアの前で出すわけにはいかないと必死で堪えた。


「嘘です、私わかります。ソニアさんが辛そうにしてること」


 ピアは心配そうに見上げていた。

 たまらず、ピアをかき寄せた。


「っ!? ソニアさん?」

「ピアちゃん、もう大丈夫。ピアちゃんはここでちゃんと暮らせるようになったから。ずっとここにいていいんだからね」


 忘れてしまおう。今日のことはなんとしても忘れてしまわなければならない。

 この子にだけは知られてはいけない。

 ソニアは力を強めてピアを抱いた。


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