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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
ソニア篇
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ソニア

アヤメとクリステルではなく、新しい登場人物のソニアの話になります。

時系列で言うと、アヤメとクリステルが出会う1年ほど前の話になります。

 メルリスと呼ばれる者達がいる。


 メルリスとはヴェルガ国の自由と正義の守護者達をさす。ヴェルガ国騎士団の中でも特に抜きんでた才ある者のみで結成された集団である。


 その日、ヴェルガ国の城務めをしているアレクセイ・マルークという男は、騎士団組織の本拠地へ足を運ぶよう命じられた。騎士の中からメルリスを選定せよ、との命を受けてのことである。

 騎士団の本拠地に着いたアレクセイを迎え入れたのは、ヴェルガ国騎士団評議会の長を務める老人。


 クリステル様とアウレリア様の身辺警護ができる者を探しに来た、とアレクセイが言うと老人はにやりと笑い、修行場へ案内した。


「皇女のお二方の身辺警護であるならば女子が好ましい」


 アレクセイは命じられた文言をそのまま口にした。


「女騎士は数が少ない、中でも優秀な者となればハレイが適任でありましょう」


 老人が指さした先には修練上で稽古を積む悍馬の如き女性が一人。一見していかにも逸者と思われたが、アレクセイの中にこれだと閃くものがなかった。血気なのは良いことであるが、目に映る者全て壊してしまいそうな気性の荒さが伺えた。


「いや、どうにも。他には?」

「それならばあの娘はいかがでしょう」


 その後も老人の勧める女騎士にアレクセイは首をひねるばかり。時間ばかり過ぎて、気が付けば昼を少し回ってしまった。

 皇女を護る実力、なおかつ二人に不快を与えず傍に置ける者を選ばなければ咎めがあるだろう。アレクセイは頭を抱えつつ、少し場を変えたいと老人に申し出た。修練場の熱気に当てられたままでは判断力も鈍ると危惧し、風に当たるために中庭へ足を運んだ。


 庭には春の風が吹いていた。一雨ごとに陽ざしが柔らかくなり、冬はもう押されて北へ流され始めていた。

 ふとアレクセイが目をやった先に、ベンチで惰眠をむさぼる乙女が一人。


 胎児のように身を縮めて気持ちよさそうに寝ている。乙女の髪は雲の狭間から洩れた光によく映える赤であった。ふわりとそよいだ風に、赤髪がさらさらと揺れている。

 女神や妖精を描いた絵画を多く目にしてきたが、その乙女はそこから飛び出してきたかのようであった。天上や幻想の中に在るべき乙女が具現化した、そう錯覚するほどの美貌。


 それだけではない。纏っているコルセットから僅かに覗き見える肢体。年頃の女子特有の白く細い肌であるが、そこには圧縮された力が包まれていることを予感させた。

 アレクセイも元は兵士。年若いときは数多の戦場を駆け巡り、何人もの兵士と対峙してきた。その際に培った慧眼が、乙女の実力を看破したのである。


「あの者は?」


 アレクセイはしばし目を奪われた後、老人に尋ねる。


「ああ、ソニアですな。またあのような所で寝おって」

「ソニアという娘、年はいくつになる」

「二十を超えたところであります」

「ほぉ、まだ十代も半ばに見えるな。いや、ただ者ではないと感じてな。どのような?」

「誠実で温かい心の持ち主です、おまけに天賦の才を持っております。騎士団始まって以来、秘儀の悉くを身に着けた者はそうおりますまい」

「やはり! 良いではないか、あの娘をメルリスに」

「しかし、性格に難あり。見ての通り気まぐれですからな、技能はずば抜けておりますが何を考えているのやら。恐らく命令にも従いますまい」

「なに、優れた者が扱いにくいのは常であろう。素質があればどうとでもなる」


 稀有の美女であるソニアに目を奪われたということもあるが、他の者にない何かを感じ取った。

 アレクセイは歩いてベンチの傍まで生き、眠っている乙女の肩を揺すった。


「おい、起きてくれないか?」

「うう、うぅん?」


 ソニアが上半身を起こした。半開きだった口を大きく開けてあくびを一つ、眉間に何か重たいものでもひっかかっているように、瞼をごしごしと擦った。


「ふわぁ、おじさん誰?」


 背後で見ていた老人が血相を変えて叫んだ。


「馬鹿者! 誰に口をきいておる! アレクセイ殿に挨拶をせんか!」


 ソニアはビクリと肩を揺らし、ベンチから転げ落ちた。あわあわと慌てながらすぐさま口端に垂れていた涎を拭い、直立して敬礼をする。


「申し訳ございません、無礼をお許しください。ソニア・エルフォードでございます」


 寝ぼけていた面影は消え失せていた。察するにこれまで何度も老人に叱咤されてきたのだろう。アレクセイは吹き出した。


「なんと、無警戒な騎士だと思っていたがこうも躾けられているとは。あの老人がよほど怖いと見える。どうだ?」

「はい、恐ろしいであります」

「はっはっは、素直だな。これはいい。クリステル様は気に入るだろうな」

「は? 皇女殿下でありますか」

「うむ、私はアレクセイと言う。メルリス選定の使命を受けてここへ赴いた」

「アレクセイ殿、ええとメルリスの選定ですか?」

「ソニア、お前がいいと考えているのだが」

「え!? 私を――でありますか」

「そう固くなるな、普段の君のままでいい。少し話をしないか?」


 アレクセイはベンチに腰掛け、隣に座るように促した。


「君のことを知りたいのだ」

「はい」


 ソニアもベンチに座る。


「どうだここの訓練は? 聞けば優秀な騎士であるそうじゃないか」

「はい、まぁ」

「あまり嬉しそうではないと見える」

「そ、そんなことは」


 そうだ。嬉しくはない。

 ソニアを騎士の道にそぐわぬ者と囁く者は少なくない。騎士たちはその肉体を極限まで高めるため日々激しい修練を積む。魂が焦げ付くまでに体をいじめ抜き、いくつもの技を体得し、そこで初めて武の聖が宿る。


 しかし、ソニアは極めて特異性を備えた者。僅かな期間にいくつもの秘儀を体得するに至った。

 血と汗にまみれて修練を積む者たちは、涼しい顔で秘伝の悉くを身に着けるソニアを快く思っていない。そこには妬みの念が渦巻いていたのだ。群れからはぐれて惰眠をむさぼっていたのも、そのような理由からである。


「なぜ入隊したのだ?」

「ええと、夢があったから」

「夢とは?」


 ソニアは生まれた国が好きだ。そこにいる人々のことも

 この力があれば多くの人を助けられる、輝かしい日々が待っている。ヴェルガの歴史に名を残すような働きがしたい、そう思って入隊したのだが、理想と現実は程遠かった。


「いえ、今はもうわからなくなってしまいました。私が欲しかったものがなんだったのか」

「私は何となくお前のほしいものがわかる、メルリスになることでそれが手に入るかもしれんぞ。それはな――」


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