蜜2
こちらは表現を規制させていただいております。
【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。
桜花軍で神を宿す者達には、夜の営みについて十分な指導がなされていた。
貴重な戦力たりうる種は残さねばならない、という命令だった。
私も指導を受けたが、命令とはいえ誰かに体を許すのは抵抗を覚えた。種を残すためだけに貞操をささげるのでは、獣と何ら変わりはないように思えた。モノノケを宿しているというだけでも忌まわしいのに、獣のごとき行動をとるのでは魂までモノノケに染まってしまうと思えたのだ。
だが、心配は杞憂だった。死神と囁かれる私に触れようという殿方はいなかった。あいつに触れればナニが溶ける、などと陰口を聞いたこともある。
一度だけ、夜中にこっそり秘部に触れたことがある。
想像もしえない快楽、と聞いていたが、妙な感覚に気分が悪くなっただけですぐにやめてしまった。
誰かと肌を重ねることなど、一生ないものだと思っていた。
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皇族として生まれた乙女は、政略を目的とした結婚を義務付けられている。全ては国の繁栄と安泰のため。表だって口には出さずとも、それが暗黙の了解であった。
クリステルへの性教育は彼女が十二歳の時に行われた。
性教育と共に皇家が繁栄する素晴らしさを説かれたが、やはりクリステルも抵抗を覚えた。皇名を残し、跡継ぎを産むための結婚に恋愛という感情が挟まれることはない。儀式めいた形の結婚に輝かしさなど皆無。
それに、長く生きられない自分が母となっても、残された子は辛い思いをするであろうことが容易に想像できた。クリステルも早くに母を亡くし、寂しい思いをしてきたので、生まれる子にまでその運命を背負わせたくなかった。
誰かと肌を重ねることなど、一生ないものだと思っていた。
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「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「クリステル様」
私は満足げに息を吐く彼女の頭を撫でる。
そうしてあげたかった。
頭を撫でられたクリステル様は、きゅうっと丸くなる。そして互いの鼻先が触れ合った。
先刻まで少し触れただけであれほどうるさかった心臓が、今は落ち着いている。近くにいることで、逆に安らぎを覚える。
クリステル様に触れられた、触れてもらえた。
間近で彼女の息を感じることができる。
幸せだ、こんなにも満たされたのは生まれて初めてだ。
もう、だめだ。どうしようもなく、この方を愛している。
一緒にいたい、それなのに。
「私は――」
再び涙が溢れてきた。
「アヤメさん?」
驚いたクリステル様が私を見つめる。
「どうしたの?」
「っひ、ふぐっ、うぅぅ」
嗚咽が混じって答えられない。
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私たちは無言のまま衣服をまとった。
衣を纏っても未だ涙は止まらなかった。
「外に行こうか」
泣きじゃくる私の手を握ったまま、クリステル様は立ち上がった。どこをどう通って護衛の目をすり抜けたのか、いつのまにか星空の下を歩いていた。
タイルでできた道を歩き、夜でも賑やかな町の一角に出た。まだ人通りは多く、街燈の下には夜店も出ている。笑い声や、酔っぱらいの罵声が聞こえてくる。大勢の人が夜の時間を謳歌しているらしい。そのまま歩き続け、すっかり暗くなった川沿いの道に出た。道は暗く、流れる川は黒く淀んでいた。今は空に浮かぶ星々のみ、銀色に光っていた。
私は嗚咽を隠そうともせず、ずっと泣きながら歩いた。クリステル様は何も言わなかった。それでも優しく見守られている気がして、涙が止まらなかった。
「私ってあまり長く生きられないの・・・・・・ピアから聞いた?」
死期を悟っている者らしからぬ微笑みだった。
「はい」
「聞いちゃったんだ・・・・・・ううん、隠すつもりはなかったんだよ? でも、起きたばかりでこんな話は冷たすぎるよね。ごめんね、辛かったよね」
「私のことではなく、ご自身のことを考えてください」
「私のことはアヤメさんのことでもあるから。あなたが辛ければ私も辛いし、喜んでくれるなら私も嬉しい」
星空の元、私はクリステル様に抱きしめられた。初めて出会った頃とは違い、今は彼女が優しく頭を撫でてくれた。
「何を考えているの?」
「怖い・・・・・・怖いんです、あなたを護るには敵が多すぎる。私もきっと敵になる」
「どういうこと?」
「私には呪いが宿っている、死神と同義なのです。みんな私のせいで死んだ・・・・・・。私と一緒にいると、クリステル様も死んでしまう。でも、一緒にいたい」
「もう・・・・・・私はまだ死んだりしないよ? 私だって生きているうちは、アヤメさんと離ればなれなんて絶対に嫌。たとえ私を護る為でも、自分が犠牲になろうなんて思わないで。一人にしないで。ずっと一緒にいよう? 今はそれだけでいい。それ以上は考えなくてもいいよ」
クリステル様は私の額に口づけをして言った。
「私が世界を変えてみせる、アヤメさんと笑って暮らせる日を作るから。だから泣かないで? きっと大丈夫だからね」
「本当に、強くなられましたね・・・・・・。申し訳ありません、見苦しい所をお見せしてしまいました」
「あなたがいたから、私は強くなろうと思ったんだよ」
「クリステル様。お護りします、この先にどんなことが起きようと必ずあなたを」
「ありがとう」
クリステル様は振り返りざまに笑いながら言った。
「私もアヤメさんを護る。道は険しいけど、二人一緒にだからね?」
「しかと。共に参りましょう」
私の言葉は輝いていたと思う。この方と生きていきたいと、決意が強さを増したから。
彼女の肌には傷一つつけさせない。そして私も可能な限り、僅かでも希望があればそれにしがみついて、限界まで生を続ける。
覚悟は決まった。もう、弱音は決して吐かない。
クリステル様を日の当たる場所まで必ず導く。
ありがとう、人を護る覚悟を与えてくれて。
ありがとう、こんな私を愛してくれて。
あなたがいるから、私も強くなろうと思えるのだ。




