戦いの終わり 3
古のエルフの森、アルダ。
この地に住む二人のエルフは、数時間前にようやく壊れた床と屋根の修理を終えた。資材が限られるこの森では、家の修理にも数か月を要した。お祝いにワインを開けようとコルクに手をかけた時、ノックもなしに扉が開いた。
「どーもこんにちは!」
金と銀の髪を持つエルフ、スウェンとイリスは目を丸くして固まった。スウェンが手に持つワインの瓶からコルクがポン、と音を立てて抜ける。
「あ、また飲んでる。飲みすぎは駄目だよスウェンししょー」
ファルクスの剣を手にした赤髪のエルフ、ソニアが二人のエルフに笑顔を向けている。
スウェンの口からよく聞き取れない叫び声が迸った。「おまっ! 私たちの武器! 家! 許さん!」
イリスの口からは素っ頓狂な声が上がった。「あぁ! よかった生きててくれた! ソニア!」
互いに違う理由で、大声を上げ両手を広げてソニアに飛びついた。
怒り顔のスウェンも泣き笑いのイリスもソニアの背に手を回し、しばしもみくちゃになってしまった。笑い声が上がり、涙を手で拭い、再会を喜び合った。
まともな話ができるようになったのは、数十分後のこと。それまでは本当に大騒ぎだった。
「二人に見ていただきたいものが」
髪の乱れたソニアは折れてしまったファルクスの剣を二人に見せた。
「これ」
「うわぁこれ――」
「大分ひどくやられたねこれは」
破損した武器を見た二人の表情が曇るのを見て、ソニアの胸がドキッと跳ねた。
「ねえ、治せないかな。フィンデルさんの大切な剣なんだ」
「ふむ」
剣を手にしたスウェンは、柄と刃の部分を指で弾き、音の違いを聞きながらソニアに尋ねた。
「で、闇のエルレンディアにこれで突っ込んで行って折れたんだっけ?」
「うん。私の中にある力全部使ってもいいって」
「無茶したもんだよ。普通死んでるよ」
「あはははは、一週間ぐらい意識不明でした」
「笑い事じゃないってのまったく」
刃を鞘に戻したスウェンは、剣を机に置いた。
「この剣はもう治せない。エルフの込めた魂が完全に失われてるよ」
「え」
「フィンデルがあんたを庇ったんだ。そうでなきゃ、五体満足でいられるわけないよ。剣が折れたのはその代償。フィンデルに感謝しなさい」
「フィンデルさん」
「もう声聞こえないでしょ?」
確かに、剣が折れてからはフィンデルの声を聞いていない。ソニアは表情を曇らせ、しゅんとして俯いた。
「ね、ねえ」
ソニアを見たイリスがおずおずと声をかける。
「フィンデルはソニアを選んだんだ。だから、そんな顔しちゃ駄目」
「うん」
「自分のせいだとか思って落ち込むのもダメ。フィンデルはそんなこと望んでない」
「うん」
「ええと、あのね。ファルクスの剣はもう作れないけど、代わりに私たちでソニアの剣を作ってあげる」
「うん・・・・・・うん?」
「はあ!?」
ソニアが目を丸くし、スウェンが声を荒げた。
「なんで剣作ってあげなくちゃいけないわけ!? 泥棒で人の家壊したような奴のために」
スウェンが人差し指でソニアの額を何度も突く。そして何より言葉がソニアの心にグサリグサリと突き刺さる。
「うっ、申し訳ございません。それは反省しております」
「いいよソニア。ほら、修理も終わったんだし」
「よくない! 勝手に決めないでよ!」
笑顔のイリスからムッ、とした視線を向けられスウェンはたじろぐ。
「え、は!? なんで怒ってんのよ」
「ねえスウェン」
「なに」
「ソニアはエルフとして外の世界で戦ってたんだよ。私たちが何もしてない間に、一生懸命戦ったんだよ」
「そ、それがなによ」
「同族として誇れるってスウェンも言ってた」
「それとこれとは――」
「作ってあげようよ」
「んなっ・・・・・・もう! あああ! もう! わかったわよ、作ればいいんでしょ作れば」
「え! スウェンししょーほんとにっ!」
「ほんとよもうっ! 抱き着くな暑苦しいから! あ、そういえば」
迫るソニアの顔を手で押し返しながら、ふとスウェンが思い出したように言った。
「西の国って、あんた知ってたっけ」
「西の国?」
「そう。私たちエルフが最後に向かう土地」
ソニアはその言葉に聞き覚えがあった。いつか、エルフの書物を読み漁っていた時に、西の国という単語があった。
この世界を去ったエルフの行き着く先。肉体で入ることは適わず、魂のみが受け入れられる国。エルフにとって死後の行先と言われている。
「森のジジイから聞いたんだけど、西の国にエルフ以外の魂が入って来たって噂。小さな女の子だって」
「女の子」
「あんたのことを知ってるらしいよ」
「うん・・・・・・私、会ったかも」
「は? 会った?」
「夢かなと思ってたんだけど」
イリスがソニアの表情を慎重に伺いつつ言った。
「ねえソニア。私とスウェンはそろそろ西の国へ旅立とうと思ってる。剣を作ってあげるって言ったけど、もしよかったらソニアも一緒に来る?」
「ううん、まだ行けない」
ソニアは微笑んだ。
「まだ、ヴェルガを助ける仕事が残ってる。ピアちゃんの国の人たちを、母国に返してあげなくちゃ。全部終わったらね、ちゃんと自分で行く。絶対、ピアちゃんに会いに行く」
ソニアの脳裏にピアと出会った際の光景が蘇る。麦の稲穂が揺れる黄昏の世界。そこでピアは待ってくれている。
ピアがいなくなった時、世界が闇に包まれた気分だった。
けど違った。
ピアはずっとそばにいてくれた。あの日から今日まで、ピアのことを忘れたことなど一度もない。
目には見えない奥底で、いまもしっかりと自分の手を握ってくれている気がするのだ。
最後まで立ち上がるよ、そしたら胸を張って会いに行くからね。待っててねピアちゃん
ソニアの中にいるピアが微笑んだ気がした。