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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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戦いの終わり 2

 ヴェルガ城 特設バルコニー

 

 皇女アウレリア・シェファーは、ヴェルガ城に設置された特設バルコニーの上に立っていた。皇族が民衆に語る際に活用されるこの場所は、高さでいうと五階建ての建造物に匹敵する。見下ろす先の広場には多くの民衆が詰めかけていた。

 この日は曇天であったが、灰色の雲をも埋め尽くすほど、色とりどりの紙吹雪が舞っていた。民衆は歓声を上げ、手に持つ紙を精いっぱい高々と空へ放つ。

 アウレリアの傍らに控えていた議員達が、そっとアウレリアに告げた。


「さあ、皆がお待ちですぞ」


「はい」


「メモをお持ちでないようですが」


「きちんと覚えましたわ。ご心配なく」


「それでは」


「ええ、行ってまいります」


 アウレリアは地上を一望できる台の上に立った。皇女の姿を見た国民たちがいっそうの歓声が上がる。

 エルフリーデの独裁は終わった。それはクリステル、アウレリア率いる解放軍(・・・)のおかげ。世間にはそのように伝えられているため、アウレリアは英雄の一人なのだ。


 群衆は叫び続ける。中には涙を滲ませるものもいた。

 もう戦争のための軍備費用として、重税を課せられることはなくなった。途絶えていた他国との国交も回復していくだろう。なにより、もう戦争を続けなくてもよい。悪夢が終わったことに国民は喜んだ。

 だが、内乱が起きたことにより国民が不安を抱えているのも事実である。エルフリーデという指導者が消えた。皇帝もクリステルもこの世を去った今、誰が次のヴェルガを率いていくのか。

 

 まさに今日がその発表の時。多くの大臣たちはアウレリアを推薦し、当人もそれを受け入れている。

 父と姉を失って尚、荘厳なたたずまいを崩さない。若干十四歳の皇女の背中が、今はとても大きく見えた。この内乱が彼女の心を成長たらしめた。


 アウレリアの傍らに控える大臣は密かに胸を撫で下ろしつつ、今後の算段を頭の中で進めていた。

戦争が終わっても人の時代は終わらない。国交の回復のための通商条約、国益につながる政策を新たに生み出さなければ、この国は生き残れない。そのためには然るべき指導者が必要。国内でも他国の交渉においても、力あるシェファー家の存在は必須。今後もアウレリアには大切なお役目を担ってもらわなければならない。それを国民にも説明するため、本日アウレリアが読み上げる原稿を三日かけて書きあげている。


 よくここまでこぎつけた、と大臣は安堵していた。


「さあアウレリア様、皆がお待ちかねですぞ」


「ええ」


 アウレリアは市民に笑顔で手を振りつつ、目の前のマイクに口を近づけた。


『大きな戦いがありました』


 アウレリアの声は各所に設置された拡声器により、問題なく広場に響き渡る。広場の歓声が徐々に収まっていく。


『始まりはとても小さな火種。それが多くの人々の心をうち、やがて大火へと変わったのです。その火は誰かを救いもしましたが、誰かの命を奪いもしました・・・・・・多くの命が失われました』


 アウレリアは真摯な声で語り掛けるように話す。常のような感情のない声ではなかった。多くの民衆が静かに聞き入っていた。


『わたくしは――わたくしは』


 アウレリアが言葉を詰まらせた。誰もが次の言葉を待っていたが、いつまでもそれは訪れない。俯いたアウレリアは、ドレスの裾を力いっぱい握って震えている。


 傍らにいた大臣が声をかけようとした時、唐突にアウレリアが顔を上げた。


『本日をもって帝国制度を廃止します!』


 しんとした広場に、アウレリアの声が響き渡った。


『この国はこれを機に変わるべきです。国を左右するのは一人の人間ではなく、議員の方々ではなく、わたくしたち皇族でもありません! みなさんが! 次の時代を作っていくのです! もう決してこの国は過ちを犯してはいけないのだから!』


 広場の人々は、皆一様にポカンと口を開けて呆けていた。


 この国の始まりと共にあった帝国制を、皇族の口から終わらせると言ったのだから当然である。


 アウレリアの背後に控える者達もザワついていた。皆の目は一人の大臣に注がれる。『こんな原稿を書いて渡したのか!?』そう瞳で訴えていたが、当の大臣は渡したメモと全く違う文言を言い放つアウレリアを見て卒倒していた。


『まずは奴隷制度を廃止します! 戦争で侵略した国の領土も順を追って返還します! わたくしはこれらの問題の解決に尽力し、そして全てを終えた時――この国を民主主義国家として生まれ変わらせます!』


 アウレリアがそう言い放った時、突然に曇天が割れた。雲の隙間からいくつもの光の柱が地上に伸び来る。


 その光景にどよめきが上がる。まるで天が祝福しているように、アウレリアをスポットライトのように照らしている。


 アウレリアが両手を広げ、涙を浮かべて言い放つ。


『皆さんに祝福を』


 その言葉に合わせるように、雲の切れ間から洩れる光の柱は集い、遂には完全に雲が開けた。空が開いた。青々とした美しい空が、ヴェルガの民を照らしている。

 ふわりとした柔らかな風が吹き、民衆が手にしている色とりどりの紙吹雪が空高く舞い上がる。


『私はヴェルガを愛している。皆さんはどうですか』


 そう言ったアウレリアの姿が、亡き皇女であるクリステルと重なった。


 歓声が上がった。


 それは大地を震わせるほどの大きな歓声であった。民衆一人一人の声、その力強さが、新たな時代の幕開けを予感させていた。






 壇上から降りたアウレリアは唖然とする重鎮たちを横目に駆け抜けた。

 よろける足を動かし、ヴェルガ城の奥の通路に逃げ込んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ」


 壁にもたれかかり、ドキドキと跳ねる胸を押さえた。皇女の仕事で、言われた通りにしなかったのは生まれて初めて。とても緊張したけど、やり終えてみればそれも薄れていき、だんだんと体が高揚で漲る。

 民衆はわかってくれた。これでヴェルガは新しくなる。そう思うと嬉しくて、胸の奥がきゅんと締め付けられる。


「お疲れ様」


 一息ついた時、暗い廊下の奥から声が聞こえた。


 その人物は腕組して壁にもたれかかり、アウレリアの方を見ていた。

 この薄暗い廊下の中でも、色濃く浮き上がる金色の髪と翡翠色の双眸。


微笑んだアリスがそう言った。


「どおだった、私の演出は? あんたの演説と合わせれば効果抜群でしょ」


「あの雲と風。やっぱりアリスでしたの?」


「そうよ、自然とあんなことが起こるものですか」


「あの、わたくしの演説――わぶっ」


 唐突にアウレリアは抱きしめられた。


「ちゃんと聞いていたわ。上出来だったわよ」


 アリスの胸に顔を埋めたアウレリアは、ゆっくりとアリスの背中に手を回した。


「もう後戻りはできませんわ」


「ええ。とっとと片付けてしまいましょう。全部終わったらそうねえ・・・・・・誰も私たちを知らない土地に移って二人で暮らしましょうか」


「そんな場所ありますかしら」


「あるわよ探せば」


「・・・・・・これからもずっと側にいてくれますの」


「当たり前でしょ」


 二人はしばし無言で抱きしめ合った。

 


・・・・・・・・・・


 マリア、今日から私の人生がまた始まるわ。今も見てるの?

 

 問いかけても、答えはどこからも返ってこない。

 

 マリアは最後に笑顔でこう言った。


『あなたは、私の宝物。ですから。()()()()()()フェリシア・ヴェイン・ボークラーク様』


 共に死後の世界へと旅立つのかと思った瞬間背中を押され、次に気づくと、しくしく泣いていたアウレリアの腕の中だった。


体から闇の力は消えていて、変わりに新たな力が備わっているのを感じ取れた。


傷は癒え、髪の色が生まれた時の色に戻っていた。


喉の奥が熱くなり、嗚咽が漏れた。


 魂が闇から光へ、完全に変わった。

まるで泉のように溢れだす。いつまでも、いつまでも、清みきった光の雫が、体の奥から・・・・・・。


目を開いた私を見て、泣きわめきながら抱き締めてくれる少女―――アウレリアの元へ戻れて、私はホッとした。

もちろんマリアは大切だが、この子のことがなにより気がかりだったから。


アウレリアと出会ったことで、少しずつ変化していったエルレンディアの力。エルフリーデが恐れていた、闇から光への変貌。恐らくマリアの後押しで、完全に変化することができたのだと思う。


生まれ変わった体は何もかもが元通りだった。

そして再びこの世界に帰ることができた。


 恩を売っておいて、当の本人はもうどこかへ行ってしまったらしい。霊体として残存していないか探し回ったが、ついに見つけることはできなかった。

結末を見届け、天国へと旅立ったのだろう。


エルレンディアとして絶大な力を持つ私は、特殊な力を持たない二人に救われた。

マリアとアウレリア。人間である彼女達が、光をくれた。

この力は彼女たちのために使おうと決めた。

彼女たちが生きることを望んだ、この世界のために。


「私もやることがあるわ。これまでの償いをしないといけない」


 マリアが私の幸せを願ってくれたように、私も誰かの幸せを願いたい。世界に残した爪痕は消せないけど、癒すことはできるのではないだろうか。


「そういえば――」


「ああ、あいつ? 式典には出ないって」


「どこへ行きましたの?」


「なんとかの森とか言ってたわ――あいつにも、償いをしないとね。一生かけても」


 アリスは廊下の先にある窓から空を黙って見つめていた。

 戦いが終わった後の空は、思いのほか美しい紺碧色である。


これが私の生きていく世界だ。

愛する人だ。

もう過ちは起こさない。


この星のため、光のために生きていく。今は心からそう思うのだ。


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