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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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魔鎖

気がつけば体に鎖が巻かれていた。

 その瞬間まで、本当に気付かなかった。それほど夢中になっていたということか。


「エルフリーデ、何してんだてめえ」


 私を縛る鎖の先に目を向けると、レキの姿があった。メルリスの服装も髪も乱れていた。それなりの戦闘を経て、ここに到着したらしい。

だが解せない。なぜ彼女がここに来る。

招待した覚えはないし、ここに来る理由もないと思うのだが。


「レキ、いつからそこに――」


 私の回答を待たずして、彼女は鎖を引いた。体が強烈に引っ張られて、景色が勢いよく流れていく。

鎖で縛られた私は、皇帝の間を支える巨大な石柱に打ち付けられた。

巨人の背骨ほどある石柱が衝撃で真二つだ。バイズで体を覆わなければ危なかっただろう。


まったく。


痛みよりも崩れ落ちてくる瓦礫と漂う埃が鬱陶しい。


苦もなく立ち上がると、鎖が連動して音をたてる。鬱陶しい。


「いきなりやってくれるわ」


「アンジェリカに何しやがった」


 髪を真っ赤に燃やして、口から火を吐き出していた。


「落ち着きなさい。まるで息の荒い馬よ」


「答えろエルフリーデっ! あいつに傷を負わせたのはてめえかって聞いてんだ!」


「誤解よ、私がアンジェリカを斬る理由がないでしょ」


「なんで斬られたことを知ってる」


「斬られたところを見ていたからね」


「傷を負ったのを知ってて、放置したのか・・・・・・あたしたちはっ! お前を信用して! っく。仲間じゃなかったのかよ」


「仲間よ。私の言うことを聞いているうちはね」


「なんだと」


「そうよ。あの子は私の言いつけを守れなかった。クリステル様を逃がそうとしたの」


「そのクリステル様に何してたんだ」


「別に、ちょっと体を弄っただけね」


「ちょっと弄った? だと」


床に倒れ伏しているクリステルはぐったりとして動かない。そこから微かに香る血の匂い。それを嗅ぎとったようだ。


 レキの目が変わった。これまでは怒りと悲しみが入り混じっていたが、今は憤怒一色だ。まさに地獄の業火そのもの。


「知ってんだろ。あたしは身勝手な理由でそういうことする奴が死ぬほど嫌いなんだ! 覚悟できてんだろうなっ!」


「はぁ、もう何を言っても無駄ね」


「このマグソ野郎が! 思い知れっ!」


「はしたない口をきいて。本当の自分を隠すため、あえてそんなふうに話すのよね・・・・・・皮を剥けば、純粋な少女。それがあなたよレキ」


「黙れ!」


コバルトと黒が混ざった色をしている鎖が赤みを帯始めた。これが地獄の炎というわけだ。


「力は衰えていないようね。それなのに、桜花の小さなサムライに負けたの?」


怒り心頭になった精神はとても読みやすい。

こんなふうに否定できない質問をすれば、相手は僅かでも怯む。一瞬でも気がそれれば後は容易い。


「鎖か。面白いわねあなた」


 バイズを最大出力で放つと、体を縛っていた鎖は容易く千切れ飛んだ。燃え盛る鎖がいくつも床に落ち、焼ける匂いと共に白煙をあげている。


 砕けた鎖にレキが驚愕している隙を突き、高速で一気に距離を詰めた。振りかぶった右手にバイズを集中させる。


「こんなもので私を縛れると思っているのだから」


 驚愕の表情を浮かべ、すぐさま退避しようとしてレキの胸部目掛けて。刃の如く、象った手を突き入れる。

異物を射し込まれたレキの体がガクンと揺れた。

 右手に臓物を貫く感触が伝わって来た。生暖かい泥に手をいれたような、そんな感触だ。臓物も焼けるほど熱いと思っていたが、そうではないらしい。


「あら、心臓を狙ったのに。中途半端に避けるから苦しい目にあうのよ」


「あっ! があああっ!」


体をのけ反らせたレキが苦悶の表情を浮かべ絶叫した。


「ごめんなさいね。首を跳ねればよかったかしら」


「てめっ、こんにゃろ」


「傷を負ったアンジェリカがあなたの元まで辿り着いたのか。あなたの傷を癒し、クリステルを助けてほしいと言って。それでここまで来たってわけね」


「さっきから、気安く、人の中に入るんじゃねえ!」


 どこにそんな力が残っていたのか、振り上げた手に炎が生み出された。


「バカね」


 レキを貫いている右手に雷を発生させた。


「うあっ! ぎゃあああ!!」


 スパーク音が響き、焼けただれる臭いが辺りを満たす。体の内側から雷を喰らう気分はどうだろう。想像したくもない。


「まったくとんだ横やりよ。アヤメと戦う前に、きちんと排除しておけばよかった。もういいわ――さっさとヴァーミリオンを起動させてしまいましょうか。あなたも、もうお休みなさい」


 失神したレキをバイズで吹き飛ばした。

 皇帝の間にあるステンドグラスを貫き、城下町の方へ落ちて行った。

 愚か者に相応しい最後だ。



・・・・・・・・・・


ヴェルガ城 庭園


朦朧とした意識で横たわっていたアヤメの耳に、ガラスが砕ける音が聞こえた。

見上げると、割れたガラスから赤い髪をした少女が弾き出されるところだった。血まみれになったその子は、重力に誘われて城下町の方へ落ちていった。


エルフリーデがやったんだ。

私にはそれがわかった。


また一人、奴の手にかかって人が死んだ。


喉の奥から「ぐぅ」という声が漏れた。

悔しい。

あいつを倒せないことが悔しい。クリステル様に会えないことが悔しい。

クリステル様。

ここまで来たのだから一目だけでも会いたい。初めて会った時からずっと大好きで、今だってこんなにも。一目会うくらい許してくれてもいいのに。


「うっ、ぐっ」


頬を熱い涙が流れた。

血を流しすぎて思考が麻痺している。加えて追い込まれた精神では感情を制御できない。戦場で涙を流してしまうなど。


「あぁぁぁぁぁうぁぁぁぁ」


私の絶望に呼応し、左手がピクンと揺れた。

黒い影が、肘から上に上がってくる。


「はっ」


まずい。

呑み込まれる。


「布、封印の布は」


長い間、ツバキの宿る手を解放しすぎた。はやく天姫様からもらった布で縛らないと、闇に私自身が取り込まれてしまう。


「うぅ、ううぅ」


布を探そうとしたが、這い回る力も残っていない。既に黒い影は二の腕まで這い上がって来ている。


「やめろ、クリステル様、うぅ」


影が迫る。冷たい。冷たい。冷たい。


咄嗟に髪を結っていたリボンを外し、左腕の付け根に巻き付けた。


「ぐうっ!」


クリステル様にいただいた大切なリボン。右手と歯を使って、力の限り締め上げる。

影は勢い衰えず、どんどん登ってくる。


呑み込まれたくない。こんな冷たい闇に包まれて死にたくない。


 霊獣を宿した者は死後の行先は決められている。涅槃にも地の底にも行けず、光も時もない虚無へと落ちる。死して無に還るのだそうだ。それが私の行き着く先であり、変えようのない事実。

 それは構わない。クリステル様を救うための力。その代償であるなら受け入れる。

 

 クリステル様を幸せにしたい。


 私は、そのために生まれたと言ってもいい。


 そのために今日まで生きてきた。


 教えてくれ。


 私の力はなんだ?


 誰かを不幸にし、いたずらに命を奪うのが力か。

 それとも、愛する人に命を与えるのが力か。


 その真価はどこにある。


 この命は私一人だけのものではない。たくさんの人々に支えられてここまで来れた。


 だから決めたんだ。


 この力は――世界のために使おうと。


 今が鍔際だ。


 ここで負けるわけにはいかない。


 絶対に。


「うぐっ、ああああああああ!!!!」 

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