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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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敗北

前回、変な所で切ってしまって申し訳ありません。

切りどころを間違えてしまいました。

 エルフリーデは私を貫きざまに、地面へ押し倒した。


「ぐぁッ!」


 傷口からは、刺された時以上の血飛沫が上がった。

 体の中で剣が動いているのが分かった。腹部が引きちぎれたような激痛に襲われ、歯を噛みしめて悶絶する。刀も手から零れ落ちてしまった。

 ガクガクと膝が震え、喉の奥には血泡が詰まり始めている。

 痛みに痺れ始めた体に鞭打つが、頭を上げるだけで精いっぱいだった。

 こちらを覗き込むエルフリーデと目が合った。その青い瞳は、氷河を思わせるほど冷え切っている。口元だけは、慈愛の笑みを浮かべていた。


「・・・・・・」


 何も言わなかった。金色の髪と、妖艶なドレスが北から吹いた風に揺られていた。


「エルフリーデ」


 痛みを鎮めるほどの怨恨を込めて言うが、奴は私の言葉をそよ風程度に受け止めていた。


「終わりなの?」


「な、なに」


「これでお終いなのかと聞いているの。必殺技があるのなら、遠慮なくやってちょうだい」


 剣の柄を回しながら言う。傷口が押し広げられる痛みに耐えられず、私ははち切れんばかりの悲鳴を上げた。


「本当に終わりみたいね。なかなか良かったけど、最高ってわけじゃなかったわ。良かった、程度ね」


「うああッ!」


 私から剣を引き抜いて血を振り払うと、目にもとまらぬ速さで剣を鞘に納めた。


「その傷じゃもう立ち上がることもできないでしょう。出血からして、もって数分ね。今からの数分間、痛みに耐えながら己の無力さに打ちひしがれるといいわ」


 冷たく残酷な言葉を向ける姿を見て、私はこの時初めてエルフリーデのことが分かった気がした。

 その目は世界のあらゆる闇を見てきた色をしていた。人間の悪徳、背信、その根底にあるものを覗き見てしまった者の目であった。


「悪が栄え、善は死に絶える。人間が蔓延れば、光は消えてしまう。そんな世界を変えるのよ。あなたは次の世界には連れていけないけど、忘れないでおいてあげるわ」


 エルフリーデは踵を返し、私の元を去って行った。

 うッ、と喉の奥から呻き声をあげ、ドレスの端に手を伸ばしたが届かなかった。届いたところで、握力を失いかけている今の状態ではとても無理だ。


「うー、うぅー、うー」


 悔しさと痛みでおかしな声が漏れる。

 奴を止めなければならないのに、体から力が抜けていく。

 足音が遠ざかるのを聞いていると、意識が遠のき始めた。

 陽が、丁度真上に来ていた。こんなにも眩しいのに、眠たくてたまらない。

 眠気に逆らえない。

 深い深い、湖の底へ沈むようだった。


・・・・・・・・・・


 バイズで自らの体を浮かせたエルフリーデは、城内の階段を一気にすり抜けて皇帝の間へたどり着いた。

 磨き上げられたタイルの床に着地すると、霊獣に噛まれた左肩が痛んだ。だらんと下がった左手。その指先からは血がしたたり落ちていて、指先はぴくりとも動かせない。

 左肩を手で押さえ、赤い光の方へ歩いていく。

 皇帝の間では五つのヴァーミリオンが輪になって天井近くを浮遊し、規則正しいリズムで回転している。その真下にたどり着いたエルフリーデがなにやら囁くと、赤い閃光が周囲を満たした。光が収まった時、エルフリーデの肩の傷は消えていた。


 傷を癒したエルフリーデはほっと息をつく。


 この石は万能。揃えた時点ですでに勝負は決まっているも同然。障害となる敵は排除した。世界の改変はもはや容易い。例えば指を軽く鳴らす、それほどの手軽さで全てが完了する。もう、何も迷う必要もない。今すぐ世界を変えてしまおう。


 じゃらん、という鎖の音がした。

 つられて記憶が蘇り、ヴァーミリオンに翳していた手を降ろす。

そうだ、そういえばこの子がいた。

 視線を向けた先にはクリステルがいる。鎖で縛って磔にしたことを忘れていた。

 アヤメは必ずクリステルを取り返しに来る。皇帝の間に彼女を連れてきたのはそのためだ。

 そのアヤメとの戦いも終わった。クリステルはもう用済みだ。


「うっ」


 クリステルがゆっくりと瞳を開けた。目覚めたばかりで頭がぼんやりしているらしい。弱々しい息を吐きながら、周囲を見回していた。


「ここは」


 動こうとしたクリステルを鎖の拘束が阻む。か細い手と薄い肌では、鎖を引きちぎることなど到底不可能だろう。


「お目覚めですか」


 声をかけると、見ていて面白いくらいに体が跳ねた。

 つい微笑みが漏れてしまう。


「私が眠らせていたの。バイズを強くかけすぎたか。随分と長く眠っていたわ」


「エルフリーデ」


 この状況で気丈にも睨んでくる。拘束され、自由の利かない状態で強い瞳を向けるとは。体は弱くても、皇女としての資質はある。そういうところが鬱陶しくもあり、また興味を持った部分でもある。私に対してこういう態度を取れる人間は少ないはずなのだが。


「ご覧ください。これがヴァーミリオン、世界を変えるほどの力。感謝してくださいね、普通の人間はこうも間近でヴァーミリオンを見ることは適わない。私がうまく調整しているから、この輝きを――」


「アンジェリカはどこです」


 話を遮られるのは嫌いだ。話していた時間そのものが無駄になってしまうから。


「他人の心配?」


「アンジェリカは傷を――手当をしてあげなければ」


「もういいのよ。あなたが眠っている間に全て終わったのです」


「全て?」


 真意は掴めたはずなのに、あえて聞いてくるとは。


「アヤメと戦ってたの」


「アヤメさんと――」


「楽しかったわ」


 微笑みを浮かべると、クリステルの顔が引きつった。


「見たい? 見せてあげましょうか」


 人差し指を向けると、驚いたクリステルが瞳を固く閉じる。そんなことしても無意味なのに。指を額に押し当て、私の記憶をクリステルの中に送り込んだ。アヤメの肉を削ぎ取り、串刺しにした感触までも伝えてやる。その時にどんな悲鳴を上げたのかも聞かせてあげた。


「やめてっ!!」


 叫びながら頭を振って私の指を押し返す。


「うぅ」


 がっくりと頭を下げて震えだした。やがて足元にピタピタと幾つかの水滴が落ちた。頬の曲線に沿って、涙が零れている。

 打ち震えるがいい。人間ごときが誰を相手にしようとしていたのか、胸の痛みから学べばいいのだ。


「なかなか強くなっていたわ。けど、私が勝った。これでわかったでしょう? 人間の力など、星の意思には遠く及ばない」


 指先で顎を持ち上げる。顔をくしゃくしゃに歪めたクリステルは、潤んだ瞳で私を睨む。まだ目には力がある。


「あなたたちの負けですよ、クリステル様」


 喉の奥で声を震わせて泣いているくせに、まだ私に手向かう意思を感じる。


「愚かな。国も、大切な人も、何もかも奪われて、まだ私にそんな目を向けるなんて。所詮は無駄だったのよ。私とヴァーミリオンが揃えば、叶わないことなんてないの。思い知りなさい」


 指をクリステルの額に向ける。

 それに応じて、空宇にヴァーミリオンが欠片を弾き飛ばした。吸い寄せられるように、欠片はクリステルの額に埋め込まれる。


「あっ!」


 赤い光に目が眩む。

 美しい赤い光。世界を変える唯一の希望。


「うあああ! 体がっ! 体が! 熱い!」


「熱いでしょうね、血が煮えたぎるようでしょう。アリスも同じように抵抗したわ」


「ああああぁぁぁ!」


「最後のチャンスを上げる。さあ、心を開きなさい。そうすれば楽になれる。私と共に新しい世界へ行けるのよ」


「いやっ! 私はっ!」


 呆れてものも言えない。苛立ちから眉間に皺が寄る。それを解くため、目を閉じてため息をつく。


「抵抗は無意味よ。その石の前では人の意思など――」


 何かが弾ける音がした。小皿が床に落ちて割れたような、そんな音だった。

 不可解な音の方を見て、心臓がドキンと跳ね上がった。


「はぁはぁはぁはぁ」

 

 肩で大きく息をするクリステル。その額にあったヴァーミリオンが、砕けて床に散乱している。


「・・・・・・バカな。何をしたの?」


「私は――負け、ない」


 普段はおっとりとしていた瞳が、今は鷹の目のようだ。

 どういうことだ。自らの意思でヴァーミリオンを破壊したというのか。ただの人間にそんなことができるはずがない。

 

「ありえない。意志の力だけで。ふふ、ふふふふ」 


 首筋を怖気が走った。

 恐怖ではない。これは高揚だ。アヤメと戦う前に感じていたようなあの感覚が再び戻って来た。 


 少し興味が湧いた。

 なんの興味なのか、それは私にもよくわからない。

 好奇心、とでも言うのだろうか。

 エルレンディアである私が、一貫性のない行動を取るなど。人間の世界に長くいすぎたためだろうか。


「あなたはやはり私が見込んだだけある。私はあなたが欲しい」


 バイズで彼女を拘束していた鎖を砕く。鉄の芯が折れる音が鳴り響いて、傾いたクリステルが私の胸に落ちてきた。抱き留めた体に指を食い込ませる。「うっ」とくぐもった声が耳元で聞こえた。ソニアほどではないが、私にも物体に触れることで多少の情報を読み取る力はある。


 なるほど。美しいのは心だけではない。しなやかな体躯と白い肌。病弱で脆い体ではあるが、その危うさが美しさを際立たせるのかもしれない。慈愛に満ちた心と見る者を魅了する容姿。あまりにも美しい。

 多くの者が魅了された。あのアヤメも。

 クリステルの心、どうしても欲しくなった。


「きゃあっ」


 クリステルを床に放り投げ、逃げないようにバイズで拘束する。

 フレアスカートから伸びた太腿に爪を立て、そっと滑るように股の方まで撫でた。


「あなたもバカね。私に従えばいいものを――なぜみんな私に歯向かおうとするのかしら」


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