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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
アヤメ篇
16/170

思いがけない再会

表現の都合上、文章を改訂してあります。

 まだまだ足りない。


 この皇女はもっともっと苦しめばいい。


 ルリがそう考えていたとき。


「ルリっ!」


 外からアヤメの声が聞こえた。


 ツルの一声である。愛しい人が自分の名前を呼んでいる。それだけで、ルリの意識が引き戻されるには十分であった。


「見つかっちゃったか、せっかくいいところだったのに」


 ルリはクリステルの体に触れるのを止めた。


「んっ」

「ほら、一緒に来てよお姉ちゃん」


 そしてクリステルの拘束を解き、髪を鷲掴みにするとベッドを降りた。

 執拗にせめられたクリステルの足はおぼつかない。生まれたての鹿のように、力が入らずにガクガクと震える足を引きずっている。


「世話の焼けるお姫様だね、しっかり歩いてよ」


 クリステルはルリに引きずられながら、かろうじて歩いた。


・・・・・・・・・・・・


 ルリの匂いは辿ることができなかった。だが、ウヅリギの毒煙の臭いは捉えることができた。ビレで桜花軍の使う毒煙を使う人物など、ルリしかありえない。

 たどり着いた屋敷は空気が張り詰めていた。戦場で幾度となく経験した殺気と何ら変わりはない。


 ルリが誰かと戦っているのは間違いない。桜花からの追手か、はたまた未知なる敵か。誰であろうと薙ぎ払ってやると、愛刀を鞘から抜いて叫んだ。


「ルリ! 無事だったら返事をしろ!」


 嫌な予感に鼓動は高まっていくばかりであった。

 私は屋敷の入り口にじっと目を凝らし、耳を澄ませていた。

 しばらくして扉がゆっくりと開かれた。咄嗟に身構えたが、姿を現したのはルリだった。


「アヤメちゃん」

「無事だったか」


 ひとまず胸を撫で下ろした。

 だが次の瞬間、私はありえないものを見た。


「これだーれだ」


 ルリはそう言って一糸纏わぬ少女を放り投げた。

 毬でも放るように一人の人間を投げるなど――ルリの腕力と、冷酷さに驚いた。弧を描いて雑草が咲き乱れる地面に落ちた少女は「あうっ」と悲鳴を上げた。


「何があったのだ・・・・・・なにっ!?」


 無残に放られたのは忘れるはずもない想い人であった。


「クリステル様!?」


 ヴェルガにいるはずのクリステル様が倒れているのを見て、茫然と我が目を疑うことしかできなかった。


 どういうことだと唖然としたが、頭の中で瞬時に最悪のつじつまがかみ合った。

 お師匠様に計られた時と同じだ。恐らくルリも――


「ルリ、まさか・・・・・・お前が――お前がやったのか、私と行動を共にしたのはこのためか」

「そんな怖い顔しないでよ、まだ殺してないよ。ふふふ、まだね」


 信じたくはなかった。しかし、ルリの邪な笑みは悪い予感が当たっていることを意味する。


「クリステル様っ」

 

 私はたまらずにクリステル様の元へ駆け寄った。

 この愚策のせいで勝負は一瞬でついた。

 

 こちらの隙を伺い、全身に気迫を滾らせていたルリと、精神的な準備がなく動揺していた私では結果は明らかだった。


「じっとしててアヤメちゃん」

「なっ!?」


 地面から無数に出現した木の根。それは軟体生物の足のように私の体を縛り上げて拘束する。手足を縛られてしまっては、なんの抵抗もできなかった。


「ルリっ! この根をどけろ!」


 ルリのモノノケとしての能力は全ての植物との一体化である。

 全ての植物と会話し、思うように操ることが可能という力は、モノノケを宿す者の中でも抜きんでていた。


 地に立ってほんの少し耳を傾ければ、遥か彼方に咲く一輪の花と心を通わせ、目を閉じれば星の反対側で枝を伸ばす木々と戯れることもできる。ルリは全ての緑を操るものであり、その代弁者でもあった。


「嫌なら自分で抜け出してみれば? もっとも、あたしの拘束から逃げられた人なんていないけどね」


 ルリの口調は、例えるなら冷たく燃える青白い炎である。

 ルリが右手をクリステル様に掲げると、地面から再び木の根が現れた。根はクリステル様の腕を縛り上げて、倒れていた体を無理やりに引き起こした。


「やめろっ! やめろルリ!!」


 嫌な汗が肌からにじみ出た。

 有りのままの姿のクリステル様は手を頭上で拘束される。踵が浮くほどに引っ張られているので、全身が露わになってしまっている。


「ア、アヤメさん」

「クリステル様!」


 助けなければならない! そうもがいてみるが、太い木の根は鉄の鎖のように固い。力技では脱出できない。考えろ、と思考を働かせたとき、こちらを見るルリと目が合った。


 ギラリと光る目には血の香りと残忍な喜びとがひしめき合っていた。


「ル・・・リ」


 もはや明らかに昔日の彼女の姿ではない。

 悲痛と怨恨を混ぜたような感情を保ち、ただただ黙して佇立している。


 ――ルリは本気でクリステル様を。


「頼む、やめてくれ。そのお方を殺さないでくれ」


 (おそ)れが生まれて、懇願してしまう。


「アヤメさん」


 クリステル様が言った。


「生きて、生きていたのですね。よかった、あなたが無事でいるかどうか気が気でなかったのです」


 縛られた手が痛いだろうに、クリステル様はあの時と同じように優しく微笑んでくれる。


「ずっとずっと、言いたかった。私を一人にしないと約束してくれたのに、あなたはそれを破って・・・・・・私のためであっても、犠牲になるような真似はしてほしくありません」

「クリステル様」

「うふふ、本当はもっとたくさん怒ろうと思っていたのに。あなたの顔を見たらどうでもよくなりました」

「クリステル様! 今お助けします! 必ず助けますから!」

「大好きです、アヤメさん」


 ルリがクリステル様の頬を打った。


「うるさい、勝手に口を動かさないで」

「クリステル様! 貴様! 自分が何をしているのかわかっているのか!!」

「え、わかってるけど」


 ヴェルガの皇女に手を上げておきながら、道端を行く蟻を踏み潰した程度にしか感じていない、そんな口調だった。


「アヤメちゃんこそわかってる? どうしてあたしがアヤメちゃんを捕獲したか、どうしてこのお姉ちゃんを生かしてここまで連れてきたか」


 ルリは腰に差している短刀を引き抜いた。

 私は幾度となく仲間の死を見てきた。目の前で命が奪われる様を見せられる屈辱と恐怖。それが今再び繰り返されようとしているのだ。背中に冷水を浴びせられたような感覚に震えが止まらない。


「やめろ! やめてくれっ!!」

「これはね、全部アヤメちゃんが悪いんだよ。あたしを一人ぼっちにしようとするから、だからこうするしかないんだよ」

「許さない、許さないぞ、いくらお前でも。クリステル様を殺したら許さない」


 先ほどから必死にもがいているが、根は軋むばかりでひび一つ入らない。こうしている間にも、確実にクリステル様の死が迫っていく。


「あは、あたしがお姉ちゃんを殺したら、アヤメちゃんはあたしを殺すまで追いかけるよね。それって素敵」


 ルリはクリステル様の喉に刃を突き立てた。


「アヤメちゃん、ちゃんと見えてる? どうやって殺そうかな、喉を一気に突いちゃおうかな。とっても痛い死に方・・・・・・ああ、でもそれだと痛いのは数分ぐらいだ。血がたくさん出てすぐに死んじゃうなぁ」


 クリステル様の首にほんの少しだけ刃が食い込む。ぷっ、と小さく膨らんだ血が閃く刃をつたい落ちていくのを見た。

 歯が潰れるほどにぎりぎりと噛みしめる。

 どんなに喘いでも、怒号を発しても、叫んでも、救いの手はクリステル様に届かないのだ。

 

 また、同じことの繰り返しなのか。大切な人を前に、私は何もできず見ているだけなのか。

 憎い、憎い、憎い。

 もう、何もかもが憎い。

 胸の内でのたうち回る感情。蓄積されていた憎悪がここにきて溢れかえった。やがてそれは憤怒へと変わっていく。

 矛先は妹のような存在である、ルリへ向いた。


「おのれ、よくも・・・よくも」


 どうして、よりにもよってお前が愛しい人へ牙を向けるのだ。

 赤く猛々しい感情が浮かんでくる。やはりというべきか、私は人ではないのだと思う。

 人であればこの底知れぬ憎しみは生み出せないだろう。

 憎しみは怒りへと変わり、極限に達したそれは呻き声と同時に吐き出された。


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