アヤメ対エルフリーデ
前半はエルフリーデ、後半はアヤメ視点となります。
ヴェルガ城内部、庭園
城下町では炎と緑が入り乱れ、光と闇が衝突し、その音や気配は確実に、この庭園にも届いていた。しかし、二人はその一切を切り捨て、ただ対手を倒すことのみに没頭していた。ヴェルガの首都が浮いた時でさえ、二人は我関せずといった具合に斬り合いをしていたのだ。
アヤメとエルフリーデの戦いは、既に十数分に及んでいた。
ものの数十分で、ヴェルガの誇る庭園は見るも無残な姿と変わり果てた。いたる所の壁は破壊され、芝生は裏返り、多くの花弁が飛び散った。この凄まじき有様、たった二名が起こしたことなどと誰が信じられようか。
アウレリアの慟哭が、戦場にかき消されていたのと同時刻。
ここでアヤメと斬り合いをしていたエルフリーデが、異変に気付いた。
アリスに与えたヴァーミリオンの反応がなく、闇のエルレンディアの力も感じ取ることができない。
それは戦いの中で、初めて“外”に意識を向けた瞬間であった。
アリスの消失は、それほどにエルフリーデの心を乱した。
――まさか・・・・・・アリス・・・・・・バカなことを。私と来てくれれば
愛に翻弄され目的を見失っていたが、ヴァーミリオンがあれば元に戻ると思っていた。その結末がこんな形になろうとは。
共に歩んできた仲間の死を察知し、一瞬だけたじろいだエルフリーデに凶刃が迫った。
「ええい!」
アヤメが怒号と共に、大上段に振り下ろした。
対手の凄まじい殺気に当てられ、カッと瞳を開いたエルフリーデは、この一撃を鋭く跳ね返し、後方へ飛んだ。
自分の半身ともいえるアリスを失ったエルフリーデであるが、気合の一撃を受けてすぐに気力を復活せしめた。
「いい剣ね。強くなったわ。ふふ、そうよ。私にはまだあなたがいる。戦いは終わっていないし、世界の終りもまだまだこれからなの。さあ来なさい。もっと、もっとよ」
エルフリーデは心を昂らせてくれる敵に賛辞を贈っただけであるが、アヤメにとっては違う。敵との斬り合いの最中、これは嘲罵とも取れる。エルフリーデの言葉は鋭い痛みを持ってアヤメの心に刻まれた。発作的に速度を一段上げ、更なる剣戟を見舞う。
――終わりではない。まだまだこんな所では
エルフリーデは白歯を覗かせて笑った。
アリスを失うかもしれないという懸念は、予てより胸中に渦巻いていた。その対応策を取らないエルフリーデではない。
世界の改変には、ヴァーミリオンに光と闇の力を注がなければならない。闇の力を持つアリスが否定すれば、ヴァーミリオンは起動せず、世界の改変は成されない。
三か月前、アリスの額に埋め込んだヴァーミリオンの欠片。それはアリスの心に眠る闇を呼び覚ますだけでなく、吸収する効果もあった。欠片が集めた闇の力は、ヴァーミリオン本体に送られていた。
つまり、今アリスがいなくなったところで、計画に支障はないのだ。
――私の計画は狂わない。星の意思たる私が負けるわけがない
怒りや悲しみに眦を吊り上げることもなく、極めて冷たい表情のまま、このように思考していた。
「戦いも佳境ね。さあアヤメ、私を止めることができる?」
と、声をかけた。
・・・・・・・・・・
「なめるな!」
渾身の力で振り下ろした私の剣がエルフリーデの持つ剣と相打ち、互いの白刃が陽を浴びたように光った。
「ちっ」
隠しもせずに舌打ちをする。両手で柄をしっかりと握っている私に対し、エルフリーデは片手で剣の柄を握っていた。
悔しい。これほど打ち込んで、まだ仕留められないとは。
天姫様との特訓を思い出すと未だに悪寒がする。それほど辛い思いをして修行に励んだのに、敵を簡単に屠ることができない。
前日はこの戦いが恐かった。
勝てなかったらどうしよう、などという不安に駆られて身を竦めもした。
今はそんな気持ちは微塵もない。
ただ、悔しい。エルフリーデを倒したい。その思いだけが強くなっていく。それは私のなかに眠るサムライとしての誇りか、或いは――
「これではとても無理かしら?」
「うァッ!」
素早く剣を引き抜かれ、重心を逸らされた私の腹部にエルフリーデの蹴りが食い込んだ。吹き飛ばされた勢いのまま地面に叩き付けられる。転げまわる度に、蹴られたお腹と頭が痛んだ。
「ぐ」
手をついて勢いを止め、立ち上がろうとすると、剣を構えたエルフリーデが迫っていた。
「ツバキ!」
私が叫べば、左手より出し霊獣、椿之須毘命(長いので私はツバキと呼ぶ)が襲い掛かる。この化け猫は、なりはでかいくせに私よりも速く動ける。一気にエルフリーデとの距離を詰め、爪を出した前足で叩きのめした。その攻撃速度は、解放した状態の目をもっても定かではなかった。
「ちっ、また」
エルフリーデは剣を地に突き刺して勢いを殺し、追撃に備えてすぐさま構えた。
「ツバキ、戻れ」
エルフリーデにとどめを刺そうと、ツバキが駆けだす素振りをしたので慌てて止める。待った、をかけられたツバキは振り返って私を一瞥し、エルフリーデを見直し、再び私を見た。
やがて跳躍して私の元に戻り、歯を見せて唸り声を上げた。
「勝手に暴れ回るな。私の命令を聞いたら動け」
頭を撫でてやるが、機嫌は戻らないらしい。
瞳孔の開いた巨大な目。その突き刺すような視線が止むことがない。
私の剣が相手に届かない以上、頼りはこの霊獣のみである。あまり機嫌を損ねたくはないのだが、制限がある以上は仕方がない。
「厄介ね」
エルフリーデが言った。
その声に敏感に反応したツバキは、すぐさま戦闘態勢に入る。
何かを察したのか、エルフリーデがビュン、と剣を払って構えた。
「あなたのその力、私には見えないから難儀するわ。今もね、何か敵意を向けられているのはわかるけど、全く見えないのよ。突然殴られるたんじゃ防御もできないし」
己の不利をこうも軽々しくのたまうとは。狼狽えているようには見えないが、目的はなんだ。
プッ、と口中の血を吐き出し、私も剣を構える。
「けど、少し引っかかることもあるわ。なぜ今は追撃して来なかったのかしら? 不意打ちを受けた私は、一瞬だけ無防備だったわよ? とどめを刺せたかもしれないじゃない」
「・・・・・・」
エルフリーデが消えた。幻か何かのように、僅かなそよ風を残して――
「っく!?」
殺気を感じ、防御を取った瞬間、エルフリーデの剣が噛みついてきた。恐るべき速度で私との距離を詰め、剣を打ち下ろしてきたのだ。私も速度で相手を圧倒する戦法を取るからこそわかる。こいつは私より速い。
微笑むエルフリーデが圧を強め、ぐっと私に迫る。
「それにもう一つ。どうして今はこうも簡単に攻撃できるのかしら? なぜ刀で防御するのかしら?」
剣を弾き、横薙ぎの一閃を放つ。空に白い火花が散り、金属が鋭く噛み合う音が響く。
「お前の剣がぬるいという以外に理由はない――そっちこそどうだ。この前よりも遅く、剣も軽いが。全力か?」
ビシッ、と空気に歪が生まれたのが分かる。
私は顎を引き、目を細めて睨む。エルフリーデは目を大きく開き、口元を微笑ませて睨む。
――途端に私たちは加速した。
疾風が衝突するようだった。
私たちが剣を振るえば、その衝撃で様々なものが破壊されていった。
睨み合いの息つまる静寂の時間は、衝撃で吹き飛ばされる。何度も馳せ違い、相打ち、怒涛の如くだった。
「あなたの力、生き物のように意思を持っているんでしょう? その手綱を握っているのがあなた」
何も聞くな。ただ、攻めろ。
「ただいくつか条件があるようね。動かせる範囲は、あなたを中心とした半径二十メートルほど。そして常に出し続けることはできない。この条件を無視すれば、その力はあなたの体も喰い破るのではなくて?」
「ツバキ!」
具現化したツバキが牙を見せたその時、エルフリーデは正確にツバキの方を見た。姿までは見えずとも、何らかの気配を察したか。
発止と。片手で私の腕を掴んで剣を止め、もう片方の手に握った剣でツバキの牙を受け止めていた。
ツバキが凄まじい唸り声を上げ、またも前足でエルフリーデを強く打った。
「ぐっ!」
「ああっ!」
二人の声が重なる。
間隙に、やつは私の左肩を斬りつけていった。
エルフリーデは城の壁を突き抜け、城内に至るまで吹き飛ばされていた。白い石で作られた壁に穴が開き、ガラガラと音を立てて崩れていくのを見ていた。




