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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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ソニア対アリス 5

目を開けると、そこは現実の世界であった。うつ伏せに地面に倒れ、気を失っていたらしい。


「うっ」


 視界の先に、まだアリスがいた。こちらに背中を向け、正門の方へ歩いていく。

 アリスが先へ進めば、多くの人が死ぬ。

 ソニアは腕に力を込めて立ち上がった。


「うっ! あああああ!」


 この時、腹部に焼けるような痛みが走った。

 未だ体に植え付けられた呪いは止まらない。ソニアが感じているのは、腹部に焼き印を押された者の記憶である。


「ふーっ! ふーっ! うう!」


 全身を包み込む治癒の鎧がすぐさま傷を癒す。痛みもすぐに消えるのだが、こうも苦痛に纏わりつかれたのでは戦うことなどできない。


「きりがないね、これじゃ」


 歯をかみ合わせ、瞳の底に鋭い翡翠の光を走らせた。


「邪魔だよ、出ていって」

 





 歩いていたアリスが異変を感じ取って振り返ったのは、まさにその時であった。立ち上がったソニアを一目見て、アリスはすぐさま闇の力を身に纏った。


 敵は厄介であるが自分より一段劣る、本気でかかればこともなしとの判断は全く違っていたのである。


闇のバイズ。その力の中でも最上級の呪いを対手に与えた。

この呪いは肉体だけでなく魂をも縛る。そのため死後も束縛は続き、安らぎは永遠に訪れることはない。

あまりに強大な呪い故、術者であるアリスですら、解除することは不可能。

鉄籠に捕らわれた鳥はいかに羽ばたこうとも外へは逃れられない。この呪いを受けた者もまた然り。誰であろうとも、決して破ることなどできないはずだった。


その呪いが、光の力で吹き飛ばされたのだ。


あり得ない。


自分の知らない未知の力を、対手は宿している。

その力、恐らくはエルレンディアと伯仲するだろう。

命を奪われるやもしれない。

そうした怖気から、本能的に闇の力を纏ったのだ。





ソニアがファルクスの剣を構えた時、両足の力がカクンと抜けた。


「っ!?」


――あれ、足?


 光りの力を使いすぎたか、或いは最後に呪いが足の感覚を奪っていったのか。腰から下の感覚は全く消え失せていた。膝が曲がり、崩れ落ちそうになるのを、剣を地に突き刺し、体を支えることで防ぐ。アリスに悟られないため、すぐさま空を飛んだ。


――まだ癒しの鎧を着てるのに。それでも治せないってことか。いい。今は気にしない


 ほっ、と体の力を一瞬だけ抜いたソニアが、大きく瞳を見開いた。

 その眼光に射抜かれたアリスは、思わず半歩後ずさった。


「ねえアリス、あなたは人間の中にある闇を憎んでた。それを制するため、闇を力にしてずっと頑張ってきた。誰も傍に寄せ付けず、一人でずっと」


 剣の先が、アリスの額、ヴァーミリオンに狙いをつける。


「でも、愛を教えてくれた人がいたんだ。あなたは怒りも嘆きも、全部捨て去って、もう一度、信じることを決意したんだ。それを教えてくれた人の所へ、帰してあげる!」


 死を度外視したソニアが、再三の突撃を行った。ここにきて極限まで高められたエルフの力。それをもってアリスを闇から救い出したい、その想念のみが心を駆り立て、無限に等しい力を生み出す。

 



 迫りくるソニアに向けてアリスが放ったのは、大いなる闇の波動。

バイズを最大限に高め、最も苛烈に、また正確に、対手の命を奪うための技であった。

黒々とした煙上の波動には質量があった。巨大な獣がうねるように、石畳と壁を削って、光を喰らうべく突き進んだ。




「行って!」


 ソニアの声と共に、空に浮いていた武器たちが一斉に動く。

 残る武器は剣六本、槍四本、メイス三本、ダガー六本、盾二つ、身に纏う鎧とファルクスの剣。

 ソニアを守ろうと武器たちはそれぞれの柄を合わせ、大きな円を模った。それが車輪の如く回転し、アリスの放つ闇の波動を斬り裂いていく。

 武器が先陣を切り、残る盾と鎧はソニアの体を守るように張り付いた。

 キンッ! べキンッ! という音が鳴り響く。

 闇の力を斬り裂いて進む武器たちは、無情にも次々と刃を折られて萎んでいく。


 アリスまで残り五メートル。先行した武器が灰と化した。

 アリスまで残り三メートル。盾が砕け散った。

 アリスまで残り一メートル。纏っていた鎧が剥ぎ取られた。

 ソニアの武器はファルクスの剣のみとなった。


「うおおおおおおおお!!!!」


 ソニアの叫びが大気を破る。

 最大級の闇の力を真正面で受けて、一向に動じない。たった一本の剣で、エルレンディアが全霊をかけて放つ波動をこらえている。

 アリスの心に僅かな感情がささめいた。

 それは敵への恐怖か、称賛か、或いは――

 その時、輝く剣の先端が闇の波動を突き抜けた。アリスの眼前に光剣の刃先が突き付けられる。だが、剣はそれ以上先へは進まない。さらに力を込めたアリスに受け止められているのだ。

 先端だけであっても、ファルクスの剣からは凄まじい突風が巻き起こっていた。風に交じった光の刃が、アリスの頬や服を斬りつけていく。


「フィンデルさんお願い! もうちょっと! あと少しなんだ!」


 ズズ、と剣が更に突き進む。


「私の中にある光を全部剣に込めて! 私の力を吸って!!」


 アリスがまたバイズに力を込めた。剣の先端が僅かに押し戻される。


「いいよっ! そんなこと言ってられない! ここで、止めないとっ! 私にアリスを止めさせてよ!!」


 剣が、その叫びに応えた。

 せめぎ合う両者の間には、凄まじい風が吹き荒れていたが、ここにきてアリスの体がのけ反り始めた。

 

ソニアが圧していた。


「おおおおおおおおおおお! 届けええええええええ!!!」


 アリスの額。ヴァーミリオンに刃先が触れ、そして、


 ガキィィィイン!


 と、響いた。


 ファルクスの剣の刃が、先端から砕け散った。


 闇の力と拮抗していた光の剣は、あと僅かという所で限界を迎えたのである。

 剣が砕けたことにより中に込められていた光が爆ぜ、ソニアとアリスはその場から弾き飛ばされてしまった。


 どう、と倒れ伏したソニアは未だ剣の柄を強く握りしめていたが、その瞳から輝きが消えていたのである。折れた剣を見つめるようにして倒れ込んだ体は、それから全く動くことはなかった。


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