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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
152/170

反乱~ヴェルガ城内 3

アウレリア視点となります

 ヴェルガ城内。

 

 ソニアがエルフの武器を呼ぶ五分前のこと。

 


 待って!


 そう叫んでも、先に歩く彼女は歩みを止めない。

 追いつこうと必死になって走った。

 自分の手足が思い通りに動かない。力いっぱい走り出したいのに、ゆったりとした動作になってしまう。もがけばもがくほど余計に速度は落ちるのだが、先を行く人はどんどんとペースを上げていく。


 追いつかなければ、取り返しのつかないことになる


 どういうわけか、心の内からはこのような警告が発せられているのだ。


 待って! お願いです待って!


 叫んだとき、足に何かが絡みついてきた。

 視界が揺れ、次いでドタンと胸から倒れ落ちた。

 石か何かにつまずいてしまったのか、それにしては柔らかかった、そう思って振り返るとピアがいた。頭だけのピアが、こちらを見ていた。

 首筋にサッと冷気が走った。

 悲鳴も、言葉も何も出ず、ただ、その瞳を見ていた。

 ガシっと腕を掴まれた。

 見れば血まみれのクリステルが横たわっていた。虫の息であるのに、痛いほど腕を掴んでくる。


『これは全てあなたのせい・・・・・・止められたのに・・・・・・あなたが』


 そう言い残し、クリステルは果てた。

 叫んでも、揺すっても、クリステルは起きなかった。

 ピア、クリステル。大切な人がこの世から消えてしまった。

恐ろしかった。音も光もない闇の世界に置き去りにされたような気がした。両腕で自分の体を抱きしめ、圧し掛かる恐怖から身を守ろうとしたが――


『アウレリア』


 名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはアリスがいた。

 何度叫んでも、遠のいていってしまったはずの彼女が、今は目の前にいる。そしてこう言うのだ。


『死ね』






「っはぁ!」


 悪夢に(うな)されていたアウレリアがガバっと、起き上がる。ズキン、と体中に電流のような痛みが突き抜ける。


「い、たっ」


 身をかがめると、一層の痛みが走った。目覚めたばかりで夢と現実の境が曖昧であったが、痛みがすぐに記憶を呼び覚ましてくれた。


「アリス、どうして」


 アリスの力で吹き飛ばされ、壁に激突した。


 声を上げるひまもなかった。急に彼女が遠のき、腹部を強く蹴り上げられたような感覚に襲われ、意識が遠退いてしまった。


 消えなさい


 最後に放たれた言葉が、頭蓋の中で反芻する。最愛の人から受けた痛みは、アウレリアの心を深くえぐった。痛い。心も体も。


「どうして、やっと会えたと思いましたのに」


 壁に手をつき、震える足に力を入れて立ち上がろうとした時、異臭に気づいた。気絶してから途絶えていたアウレリアの五感が、ゆっくりと覚醒していく。ボヤけていた視界も、鉄錆の臭いしかしなかった鼻も、徐々に周囲の状況を認識する。

 アウレリアはその目で血の海と化した廊下を再び目の当たりにした。立ち上がりかけていた体がピタリと止まった。あまりの光景に、瞳が大きく見開かれる。

 メイドたちは骨と臓物に分けられ、周囲に散乱している。先ほどは気づかなかったが、飛び散った彼女たちの腸が強烈な糞尿の臭いを放っていた。


「うっ、ごっ、ごっほぉ」


 悲鳴よりも先に胃液が口から飛び出した。

 惨劇の場に背を向け、壁に両手を突いてあるだけのものを吐いた。

 アウレリアがメイドたちの変わり果てた姿を見たのは二度目であるが、一度目よりも衝撃が増していた。

 一度目は現実離れした光景に認識が追いつかなかったのだ。

 二度目は冷静に、そしてはっきりと、地獄のような光景を受け止めることができた。


「げ、っかふ、ぅ」


 腕で目元を覆い、視界を遮っても臭いまでは消えない。天上から垂れるピチョンピチョンとちう血の音も消えてくれない。


「ひどい」


 ふと出た声は、自分のものと思えないほどか細く頼りない。声に出したことで、アウレリアの胸内に溜まっていた感情が溢れた。


「うっ、うぅ、うぅぅぅ」


 体から絞り出すような声の後、目の前が涙でぼやけた。


「命を、人の命を奪うなんて、もうしないって。アリスあなたは」


 ドキッと心臓が跳ねた。

 アウレリアの意思とは全く無関係に胸の鼓動が早くなっていく。嘔吐の類の苦しみではない。ひたすらに悲しく、切ない、そうした心の痛みで、心臓が痛いくらいに跳ねる。

 アウレリア本人も気づいていないことだが、自らの口から出た「命を奪う」という言葉が引き金となったのである。

 途端にフラッシュバックしたのは、先ほどの光景であった。

 首だけになったピアと、血まみれの姉。


アウレリアの記憶があの夜へと繋がっていく。


『あの子。ピアを殺めてしまったのは私の意思ではないの』


アリスが告白した夜のこと。


『もう一人の私に負けてしまうと、体の自由がきかなくなるのよ。無意識のうちに血を求めてしまうの』


全て覚えている。


『もし。もしもよ? 私がそうなってしまったら・・・・・・いえ、なんでもないわ。大丈夫、もうそんなことにはならないわ』


あのとき、アリスは何を言いかけたのだろう。


先刻のアリスの変わり様は、恐れていた姿そのものだ。あの赤黒い瞳でピアの命を奪ったのだろう。

このままでは多くの人が死ぬ。悪夢で見た血まみれの姉。それが現実のものになる気がする。


アウレリアは痛みを振り払い、歩き出していた。

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