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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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ソニア対アリス

第七環境地区 聖堂前

 

 それはおおよそ、戦場では一切耳にしないような不可思議な音であった。仮に、目に見えぬ空気というものが圧縮し、次いで破裂するのであれば、こうした音が響くのかもしれない。

 バウン! バウン! という異音。

 それはアリスの鋭い眼光がソニアに向けられた直後に聞こえていた。

 ギラギラとした二つの目が対象を殲滅せんと光ったと同時、ソニアは剣を振る。空を切るだけのはずである剣が何かを斬り裂くのだ。

 

バウン!


 音が再び聞こえた。

アリスにはバイズという不思議な力がある。それは念じるだけで物体を意のままに操ることのできる無敵の力。アリスはこの力でヴェルガ城内を血の海に変えていた。

バイズを前にすれば、誰もが引き下がる以外に途はない。

絶対無敵のはずである力が、ソニアによって斬り裂かれていた。


解せない


これまで平行であったアリスの感情の糸が揺れた。

現在、アリスの意識はブラックアウトの状態。エルフリーデの命令、そしてかつて己が抱いていた願望の成就。この二点のみが記憶として残存している以外は、無意識の状態のまま戦場に立っていた。目の前の障害をただただ排除した。

だが、ここにきて一人のメルリスを排除することができない。

何度もバイズを放つが、その全てが斬られてしまう。

驚きよりも煩わしさが勝った。

なぜあのメルリスにはバイズが効かないのか。殺せないことが鬱陶しい。

アリスは拳を握りしめる。と、右手に剣の柄の感触がある。見れば手には剣を握っていた。


「・・・・・・?」


そうだ、このメルリスが空から降りて来た時、無意識のうちに鞘から剣を抜いたのだ・・・・・・なぜ? バイズが通用しないと思ったからであろうか? 自分に剣を抜かせるほどの相手。お前は一体なんだ?



再びアリスの力が放たれ、ソニアは剣を真っ向から振り下ろす。


「っく」


 ソニアは目を擦りつつ、後方へ跳躍した。


 かつてソニアはバイズを幾度もその身に受けたため、この力の原理を解明し、斬り裂くという離れ技をやってのけた。触れたものの理を読み解く力があればこその技である。今回もまた、バイズを斬り裂いて、力を無効化することはできる。しかし、以前とは力の規模が違う。

 バイズを斬り裂くたびに腕の腱が軋む。前に斬った時は鈍い音がしただけで終わった。それなのに今は爆発音のように轟き、切断個所からは風が巻き起こって目をくらませる。


――重い、前よりも強くなってる。おでこのヴァーミリオンがアリスの力を強くしてるんだ


 ふわりとした身のこなしで地に降り立ったソニアはアリスを見やる。

 アリスは動いていなかった。ただじっとソニアの方を見つめている。


「アリス」


「・・・・・・」


 ここでソニアは構えを解いた。

 両腕をだらりと下げ、体の正中線をアリスにさらけ出したのである。


「その力じゃ私は倒せない。さあ、来なよ。あの時みたいに」


 指先で相手を誘うようにクイっと曲げる。挑発である。

 アリスは瞬きもせずに見ていた。表情は余裕も憎悪もなく、人形のように無機質。

 やはり安い挑発では誘いに乗ってこないか、と思った時。アリスの気配が消えた。

 つい今しがた、目の前にいた人間の存在が無になった。

 この第七環境地区に来るまで、多くの兵士の死を見てきた。彼らは絶命と同時、その存在を断つ。焦りも恐怖も怒りも、ふっと消えてなくなってしまう。全く同じ感覚を生者から感じ取るとは。


 気づけばアリスがいない。


 目視できない。


 姿も消えた。


「・・・・・・ッ!」


 ソニアが剣を構えるのと、ぬっと現れたアリスの剣が噛み合うのは同時であった。二本の剣が重なり、戛然と同時に激しく火花が散る。アリスが引き連れてきた空気が二人を中心に弾けて爆風を生む。周囲一帯の建物の窓は残らず粉と砕けた。

アリスが気配を消した後に地を蹴り、ソニアの元へ一気に距離を詰めた。バイズを用い自身の体を飛ばすことで、通常ではありえない速度での突貫を可能としたのである。


アリスが消えてから出現まで、時間にして一秒にも満たなかった。ソニアはその僅かな時間に危機を感じ取り、剣を構えていたのだ。恐ろしく透明な感情の中に潜んでいた殺意。これを見抜けなければ斬られていたであろう。

構えたソニアの剣と、ぴったりとついたアリスの剣とが、がっきと組み合っている。


――良かった、挑発に乗ってくれた。方法としては下策だけど、それで目的が果たせるのなら上々


 笑顔を見せたソニアが気に食わなかったのか、アリスは無表情のままグッと剣を押し込めてくる。

 バイズを剣に乗せての鍔迫り。肉体としては僅かな力であっても、バイズを使えばそれは数十倍に跳ね上がる。


「ふッ・・・・・・んんッ!」


 あまりの力に足が大地に沈む。

傾く大岩を身一つで支える――ソニアの脳裏に浮かんだ心象はこのようなものである。光の力で怪力を発揮できるソニアではあるが、これほどの力で迫られたのでは太刀打ちできない。


「・・・・・・」


 表情のないアリスの顔が更に迫る。

鍔迫りで相手を押し込めてから、刃を切り返して一気に横なぎに剣を払う秘儀。アリスとエルフリーデの得意とする技をソニアは知っていた。今の状態で放たれては防げない。このままではまずい。


――ピアちゃん


カッ、とファルクスの剣が淡い光を帯びた。白銀の刃は鼓動するように、点滅し始める。足に力が入った。上半身をしならせ、ダン! と地を蹴った。


「ふぅッ! ぬ、うぉおお!」


反動をつけたソニアがアリスの剣を押し返す。

拮抗する二人は、刃の閃きの奥で力を込めた瞳を光らせる。


「アリス」


「・・・・・・」


「私はあなたに会いに来た」


「・・・・・・」


「苦しかった。ピアちゃんが私の隣にいなくなってから、一分一秒ずっと。この辛さは愛があるからなんだってフィンデルさんは言った。愛は・・・・・・愛を奪われれば、その人は闇に落ちるって。私、その気持ちがよくわかる・・・・・・あなたは。あなたもそうなの?」


 アリスは答えない。

ひどく冷めた目つきで、こちらを見ているだけ。


「あなたを教えて」


 ソニアはアリスの目を見た。

 ここでアリスのうなじに寒気が走った。

二度と見たくない、思い出したくもない。そうして閉じた記憶の蓋。閉じ込めていたものを解放されてしまう恐怖を感じたのだ。

常であれば、気迫で硬く閉じている心。その心を封じられた今、入り込んでくる他者を押し退けることができない。

更にエルフの元で修業を積んだソニアの力は以前よりも増している。

相手との距離を縮め、刃で結ばれている今の状態であれば、誰の心であろうと読み解ける。


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