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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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ルリ対レキ 4

 数千年前、この大陸は火山活動が活発な魔の地帯であった。大地の底に流れる千度近いマグマが地表を焼き、噴火による火山灰で常に空は覆われて光も差さなかった。おおよそ生命が活動できない環境であるが、ある古代種の木はこの地で生きていた。根から地熱を取り入れて栄養源とし、枝を雲に突き抜けるまで伸ばして葉から太陽光を取り入れた。

 そのように生きてきた古代の巨木であったが、宇宙から落ちてきた隕石によってその活動は制限されることになった。飛来した隕石の衝突により地殻変動が起こり、この地で暴れていた火山が突如として停止した。

 雨が降り、川ができ、やがて緑が溢れた。生命が繁殖しやすい環境にはなったが、これまでマグマの熱を栄養源としてきた巨木には死活問題であった。地中深くにある熱を求め巨木は根を奥へ奥へと伸ばしたが、遂には力尽きてしまった。


 この巨木を、ルリは蘇らせたのである。

 先刻、レキに追われていた際に何度も地面に手を突いていたのは、地中に潜む緑に敵の特徴を伝えるためであった。

相手は高温の業火を纏っている。これに対抗できる種はいるか?

 緑は迅速に動いた。

大陸中の大地がルリの助けに応えるため、恐るべき速度で情報を集めた。

そこで、とある古代の巨木を探し当てる。

 火に耐性のある植物は存在する! すぐさまルリにこの情報を伝えた。

火に強いだけでない、生命維持のため火を求める植物である。ただし、今は活動できる状態ではない。

 その情報を受け、ルリは即座に第二段階の解放を行った。

 第一段階の解放はせいぜい緑を操ることしかできない。しかし、第二段階の解放ともなれば緑に力を与えることができ、あまつさえ命を与えることすら可能になる。

 ルリの力により地中で再び目覚めた巨木は、栄養源を求めて地上へと躍り出たのである。


――さあ形勢逆転だよ。ただでさえ火に強い木があたしの力を取り込んでもっと強くなってる


 地上でレキを拘束している根に、思い切り握りつぶせと命じた時であった。

 炸裂音と共にレキを拘束していた根が砕け散った。


――えっ!? ちょっともう! しぶといな! そこはやられといてよ!



 

 空中に浮かぶレキは追撃に現れた根に向けて炎を放つ。

 炎は幾重にも折り重なって鎖へと変わり、迫りくる根に絡みついた。


――あたしは炎を操るだけじゃなく、形状や性質を変えることができる。この鎖だってそうさ


 レキが念じると、環状の連なりであった鎖はひし形の鋭利なものへと変化した。ギリギリと動く様はチェーンソーを彷彿とさせる。

 根はすぐさま削りと取られ、力なく地面に落ちていった。


――火で燃やすだけがあたしの技じゃないんだぜ?


ルリにとってこれは全くの予想外。

レキの能力は炎と鎖のみで、鎖の形状が変わるとまでは聞いていない。


――っく


 地中で歯噛みしていたルリの意識が飛びかけた。

貧血を起こした時のように、頭の奥がひんやりしてくる。

一瞬、自分が何者であるのかわからなくなった。


――まずい、もう長くはもたない。


 桜花国で修行をしたのはたったの三ヶ月。霊力の底はすぐに見え始めてしまう。



 地上ではレキの熱を求めて巨木が荒れ狂っているが、それ以上に轟々しく鎖が飛び交っている。周囲一帯は鎖の擦れる音と、大木が大地から飛び出す音で溢れかえっている。


――さあ出てこい!


 レキは襲い来る木を鎖で削り取りつつ、ルリの襲撃に備えていた。


――奴はこの力を使うために姿を消した。つまり操るのに精いっぱいで、自分は剣で戦う余力がないんじゃねえのか? その可能性が高い。これまでは草と一緒に戦ってたのに、そうしないのがいい証拠だ。いっぱいいっぱいってとこだろうさ。スタミナ切れも時間の問題だ


 レキは悪辣な笑みを浮かべた。


――この攻撃を凌ぎ続けていれば、奴はスタミナ切れで自滅。そうなる前に焦って勝負を仕掛けてくるはず。その時がてめえの詰みだ


 レキは襲い来るものたちを薙ぎ払いつつ、周囲への警戒を全く怠らない。

 ルリと違い、まだまだ余力のあるレキには周囲を警戒するだけの落ち着きもある。研ぎ澄まされた感覚を維持している状態であれば、小虫一匹たりともレキの警戒網を通過するのは不可能である。

 その時、背後で明らかに植物とは違う何かが動く気配を感じ取った。


――来やがったな! 


 よく注意して聞いてみれば、吐息を必死で押し殺しているのがわかった。


――やっぱスタミナ切れか。あれで気づかれてねえとでも思ってんのかよ・・・・・・まあいい、気づいてねえフリしててやるよ。さっさと背中を取りに来な。“悪魔の爪”をくれてやる



 ビュオ! と背後の人物が空を斬り裂いて飛来してきた。

 それに合わせ、レキは口内に力を込めた。


 レキの技で特に恐ろしいのは炎と鎖ではない。口中から放たれる、一条の光である。

 この技を“悪魔の爪”とレキは呼ぶ。

 口中から高速で飛び出した光は、対象の体に小さな穴をあける。そこから体内に入り込んだ光は、強大な地獄の炎へと変貌し、対象を中から焼き尽くすのである。

 レキが振り返ると、ルリが刀を構えて突っ込んで来るのが見えた。愚かにも一直線にこちらへ向かってくる。追い詰められた桜花人は、自爆をもっての体当たりを敢行する。戦争でヴェルガ人はそれを知っていた。


――ボケナスが、生きることを諦めた奴ほどやりやすいもんはねえんだ


レキは豪秒の最中、勝負は決したと胸中で微笑んだ。


――死ね!!


 プッ、と口から飛ばした光はルリの胸に突き刺さり、そして――弾かれた。


「なっ!? なに!」


 悪魔の爪が弾かれるのはまったくの予想外。

 これまで光を弾き飛ばした人物は一人もいない。必殺と自負していた技を防がれ、レキの思考が停止する。



 この時、ルリは霊力を最大まで高めていた。

 天姫との特訓により霊力を操れる時間は十分。戦闘で動きながらであれば三分。戦いで疲弊し、第二段階の解放まで行った後であれば――長くても十五秒。

 短くとも、その力は天姫に匹敵する。ルリはこの十数秒に賭けた。


この僅かな時間を確実に生かす戦法。

霊力を敵に悟られては逃げられる可能性もある。追いかけっこをしている間に力が消えてしまっては意味がない。

相手が確実に逃げず、こちらを攻撃するように仕向ける方法はなんだ。追い詰められた戦士の無謀な攻撃を演じればあるいは・・・・・・


「うおりゃあああ!」


ルリの発した怒号にレキがたじろぐ。


 炎であろうが鎖であろうが、光りであろうが、霊力を高めている今のルリにとって、容易く弾き、或いは霧散することが可能である。

 だが時間がない。この一撃は決して外してはならない。

 刀の柄を握りしめた手に力が入る。


「今までやられた分! 全部返すよ!」


 夢幻神道流、秘刀七太刀の二。下から上への逆風の太刀“風波(かざなみ)”。


「くらえっ――え!? ええええ!」


 腕を引いて構えたところで、刀がすっぽ抜けた。刀はあらぬ方向へ飛んでいってしまう。

ここに来て右手の握力を失った。

疲労によるものと、先ほどレキの鎖で打たれたのも良くなかった。


「ふぬっ! まだだよ!」


 しかしルリは諦めなかった。

 今一度意識を集中させ、レキの腹部に狙いを定める。


「ふざけやがって! くたばんのはてめえだチビ!」


 刀が飛んでいくのを見てレキは己を取り戻した。


「燃えろ! 消えてなくなれ!」


 レキの向けた掌から、鎖と炎が飛び出してきた。


 カッと目を見開いたルリに呼応し、古代の巨木が炎と鎖に襲いかかった。木と炎は互いに相討ち、同時に霧散した。



ルリを援護すべく、再び地上からツタが伸び来る。

それを足場にし、ルリの突進は更に加速した。



 刀を持つばかりがサムライではない。

 

 柔を用いた体術や骨子を破壊する拳法も習得している。

 

――お前は邪魔だ! クリステルさんやソニアさん、アヤメちゃんの邪魔なんだ! お姉ちゃん達の邪魔をする奴は誰であろうと許さない!!


「これで終わりだよ!!」


 全身の捻りを用いて拳を対象の“水月”へ打ち込む技を、叉散花(さざんか)と呼ぶ。



桜花軍の採用した武術、天元流。

その体術指南書、五手のうちの一手“叉散花”より。


“この一手、即ち必殺なり。※正鵠射れば夜叉ですら散る花の如し”

※急所を突くこと


 体ごと飛び込んだルリの拳が、レキのみぞおちへめり込んだ。


「っがあ!!」


臓器を濡れ雑巾のように搾られる感覚がレキを襲った。

なんとか踏ん張りをきかせようとするも、体が跳ね上がり、口からは赤黒い血が飛び出した。


 体内の臓器を著しく損傷させるこの技。

 まともに受ければまず立ち上がることはできない。

 まして、霊力で力を増している者に打たれればなおさらである。


「こんの、クソがぁ!」


吹き飛ばされ、白目を向いていたレキの目がぐりん、と動いた。


「うぇっ!? ちょ! いたたた!」


レキの腕から鎖が伸び、ルリの全身を締め上げた。

既に霊力は切れた。振り解く余裕はなかった。


レキに引っ張られ、ルリもまた大地に激突した。


・・・・・・・・・・・・


 レキもルリも、互いに抱き合うようにして地面に倒れていた。

 

 今や緑たちは沈黙し、炎で編み込まれた鎖もない。

しかし、叉散花(さざんか)を受けたレキは身動きが取れず、霊力を使い果たしたルリもまた動くことができない。


「・・・・・・おい」


「・・・・・・なに?」


「あたしに・・・・・・とどめささなくていいのか?」


仰向けに倒れているレキは、すきま風のような吐息を吐き出しながら言った。

うつ伏せで倒れているルリは、頭だけ動かしてレキを見る。


「ふん。ほっといても死にそうじゃん」


その言葉を聞いたレキは笑った。


「はっ、ははは。当て身一つで死ぬかよって言いてえが、どうやらただの攻撃じゃなかったみてえだな。体半分の感覚がねえ。まさかてめえみたいなチビすけにやられるとはな」


とどめをさそうにも動けない。

これまで温存してきた力の全てを使い果たした。アヤメに合流するはずであったが、もうかなわないだろう。ルリの戦いはここで終わった。


「あーあ、あたし、エルフリーデを倒したかったのに」


「悪かったな役不足で。おい」


「んー?」


「さっきの力、どうして最初から使わなかった?」


「・・・・・・」


 霊力は戦闘で使えても三分が限界。使いどころを見誤るわけにはいかなかった。

 と、敵に言うのも馬鹿らしいので、ルリは「さあね」と呟いてからは沈黙を貫いた。


「はは、参ったぜ・・・・・・ごめんなアンジェリカ、お前のとこに行けそうもない。生きてろよ」


 そうつぶやいたレキは、血を吐き出し、やがて動かなくなった。


 ルリはレキが動かなくなるのを見た後、静かに目を閉じた。


「骨、何本かやっちゃったなぁ」


とりあえず敵の一人は止めた。アヤメとソニアは少しでも目的に近づけたはず。


――あとはまかせるしかないね、悔しいけど


「おーい誰かー助けてー。あたし動けないよー。衛生兵ー」



第七環境地区、正門付近の戦い


勝者、ルリ


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