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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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ルリ対レキ 2

 第七環境地区内は未だヴェルガ軍と反乱軍の攻防が続いていた。

 この地区はヴェルガでも地位のある高官や議員が暮らす地区である。彼らが通う集会場、教会、家々は高価なゴロビナ白石を加工して造られたもの。これらの建造物は一流の職人達によって作られたため、それ自体が一つの芸術作品と言えるが、今やほとんどが剣と銃弾に削られ、原形を留めている建物は少なかった。

 そんな建物の屋根を飛び回る二つの影がある。

 逃げるルリに、それを追うレキであった。


 妙だ。レキはそう思った。

 戦いが始まってから終始、圧しているのは自分の方。

 傲りではないはず。なにせ相手は悲鳴を上げながら逃げ回っているだけだ。

 それなのに、敵から呼吸の乱れが感じられないのはどういうわけだろう。


 先刻は隙を突いて肩に傷を負わせてやった。地獄の業火で炙ってもやった。

 それなのに、汗一つかいていない様子である。

 いつもなら狩られる側は、火に炙られて阿鼻叫喚。心は恐れと焦りで満たされて絶望の顔をしているはずなのに、白いサムライからはそれが感じられない。

 何か底のしれない力を隠しているのでは? そのように感じた。かつてエルフリーデやアリスと会った時も、レキは同じような不快感を覚えた経験がある。その経験が、今回も彼女に警告を発しているのだ。


――気に食わねえな


 レキは神経をすり減らすような鬱陶しい戦法は苦手である。火炎と鎖の煌きに合わせ、痛快に、そしてド派手に技を披露するような大胆な戦法を好む。しかし、どうにも攻めきれない。なぜなら、敵から感じる未知の脅威の規模が分からないためである。

 それはチクリと刺される程度の痛みなのか、体を食いちぎられるほどの脅威なのか判別がつかない。だからこそ一気に攻めきれないのだ。


――なんだ? あたしは何を恐れてる? 相手の武器は剣と草。あたしには通用しないはずじゃねえか


 一秒ごとに不快感や焦りが募っていく。


――クソが。アンジェリカの無事を確かめなきゃならないんだ。こんなとこで文字通り道草くってる暇はねえんだよ!


「どうした! もう草で攻撃はしねえのか!」


 火炎を放ちつつ挑発をしてみるが、敵はひょいっと炎を躱し、レキをひと睨みしてまた屋根の上を飛んで逃げていく。

 逃げるのであれば放っておくべきか。

 それとも、一気に全力を出して畳みかけるべきか。

 いや、このまま怒りに任せて勝負を急いては、なにかとんでもない落とし穴に引っかかる気がする。

 このように、攻めているレキは心を削られ始めていた。

 一方のルリは違う。

 レキにとって、これは敵と突然鉢合わせになったために始まった戦闘である。ルリにとっては作戦成功のため――アヤメとソニアのために、レキをここで止めるという明確な目的がある。こうした戦闘に臨む精神の差が、心にも影響しているのである。

 そのためだろうか。

 先ほどからルリが時たま大地に降り、地面に掌を当てていることにレキは気づかなかった。



 第七環境地区をぐるりと一周したところで、ようやくルリは大地に降り立った。

 火炎を纏って飛行しながら追い続けてきたレキも続いて着地する。

 レキはすぐさま攻撃をしようと構えたが、ルリの姿を見て躊躇する。

 あれほど逃げ回っていたのに、今は体の強張りを解いてこちらを見ている。妙に落ち着いた様が、レキの心に不安をもたらす。


「なんだ? 覚悟決まったか?」


「覚悟――うん、まあね」


 ルリは口を三日月のように吊り上げて微笑む。



・・・・・・・・・・

 

 二か月前

 桜花国、天姫の社にて

 ルリは天姫と共に暗い地下室にいた。霊力の習得方法を教えてくれる、というので尻尾を振ってついてきたが、暗い地下室に連れてこられてからは嫌な予感がぷんぷんした。

また体を弄ばれるのだろうか、と警戒を怠らずにいると――


「これほど暗い部屋ならば、自身の体から出る霊力も見やすいじゃろう」


 天姫はそう言って、ルリの体のツボを指で押し始めた。


「霊力の開花の初歩は、まずそれを見ることから始まる」


「霊力って見えるんだ」


「うむ、見えるぞ。習得すればわらわの体を覆う霊力も見ることもできよう」


「あれ、ちょっと待って。アヤメちゃんの左手って霊力の塊なんでしょ? あれだったらあたし見えるんだけど」


「死神の左手は強大すぎる霊力じゃ。故に常に具現化し、誰にでも見える。まあ、あれは例外。言ってしまえば反則じゃな」


「そうなんだ。ねえ天姫さま、やっぱり見えなくちゃ駄目なの?」


「見れぬものは習得しようがないからの。感じる前に見よ。こちらが見えればあちらも見てくる。霊力という不思議な力は、人間同士の付き合いに似とるの」


 ぽん、と肩を叩いた天姫はルリの頬にキスをして踵を返した。


「ツボを刺激しておいたからの、ぬしの体に眠る霊力は起きやすい。ぬしなりに考えて、どのようにすれば目で見れるか試行錯誤せよ。それまでは部屋から出るな」


「ね、ねえ天姫さま」


「駄目じゃ、こればかりは力を貸せん。自らの力でやるしかないんじゃ」


「そうじゃなくて」


「甘えは抜き。わらわも初めての時は、三か月くらい暗い部屋に閉じこもりやっとのことで――」


「見えた、これでしょ?」


「なぬ!?」


 天姫が衝撃に振り返る。

 ルリは右掌を指さしていた。そこには人魂のように、ゆらゆらと陽炎めいたものが漂っている。


「これアヤメちゃんの左手から出てるのと同じだ。あたしのはちょっと色が違うけど」


「色は?」


「え?」


「色じゃ、何色をしておる?」


「ええと・・・・・・緑かな、たまに青にもなるけど」


「なんと!」


「やっ! っちょ、ちょっとぉ」


 天姫は歓喜の情を露わにし、ルリを掻き抱いた。


「凄い! 凄すぎるぞルリ! 見えるだけでなく色まで看破するとは! ぬしはものが違うのぉ――うちのルリは天才じゃ! くうぅ」


 喜びにむせび泣く天姫。

 当の本人は失念しているが、これまで幾度となく天姫に抱かれていたルリである。霊力に目覚めるのが早いのは当然であった。


「あれ」


 ルリの膝がカクン、と折れた。


「なんだろう――か、解放した後よりもっと疲れる」


「おっといかん、霊力を引っこめよ。できるか?」


「うん、なんとか」


 心を落ち着けると、ルリの体を覆っていた力がゆっくりと引いていった。その瞬間に汗が噴き出てきた。全身が鉛のように重く、いくら呼吸しても足りない気がした。


「慣れないうちはあまり長時間使用できん」


「長時間て、あたしまだ一分も使ってないのに。それに立ったままだったよ。実際はこれ纏って動き回らなくちゃいけないんでしょ」


「まあそうじゃな」


 ルリが不安げな目を送ると、天姫はそれを弾き飛ばすほどの笑みを見せた。


「何を落ち込んでおる。初めてでここまでできれば上出来じゃ。後は霊力を解放できる時間を伸ばしていけばいいだけじゃからな」


 天姫は言った。


・・・・・・・・・・


 

 ルリは体の奥に眠る力をゆっくりと起こした。

 それは小さな火が、大火へと変わるのに似ていた。

 得体のしれない力を感じ取ったレキが思わず飛びのくほど、ルリは瞬時に力を増した。


「な、なんだこれ。てめえ何をした」


 レキの周囲を纏う炎は、風が吹こうと水をかけられようと、常に真上へ吹き上がっていたが。ルリを前にした途端、炎が傾き始めた。まるで見えないルリの力に押されるようであった。


「ふふ、あたしが恐い?」


 ルリは手にした小刀を鞘に納めて笑う。


「見せてあげるよ、あたしの力」


 そう言った瞬間。ルリはその場から忽然と姿を消した。

 ルリの纏っていた着物だけが、ぱたりと大地に落ちた。



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