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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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ルリ対レキ

対人において最強の夢幻神道流、モノノケに対して絶大な効果を発揮する新天流。それぞれ秘伝とされる風波、小車という太刀をルリは会得している。

戦闘の際の速度はアヤメと同等、小柄であることを生かせばそれ以上。加えて秘伝の太刀と緑の力。誰であろうと敵ではない――はずであった。


「うわっ!?」


 つむじ風が吹き荒れるが如く、炎がうねって纏わりついてくる。着物の裾に燃え移り、火は容赦なく衣を咀嚼する。


「ちょっ! たんま! 着物が燃えちゃう!」


「待つかボケ!」


「この鬼!」


「上等だ! あたしは悪魔だ!」


ルリの着物は所々が燃えてしまって、散々なものである。次々と襲い来る炎のせいで燃えた着物を消す間もない。僅かでも動きを止めれば即座に火炎の餌食。しかし動けば動いたで着物に燃え移った火が風を受けてより強大になる。


「あつっ! あちちちち! いやぁー!」


このままでは丸裸にされてしまう、と懸念したルリは広場中央まで後退し、設置されていた噴水の中に飛び込んだ。


「ふーふー」


 じゅぅ、という音がして火が消える。火照ってしまった肌も冷めていい気持だった。

と、上空から轟々と火炎を従えてレキが飛来した。火を纏うことで空を飛ぶことも可能。能力の汎用性はかなり高い。

 ルリを追って広場までやって来たレキは、ひらりと優雅に着地して見せた。吹き上がる火の粉が蛍火のごとく妖艶に輝き、その光景は幻想的ですらある。しかし、追い詰められているルリにそのような感慨は皆無であった。



「鬼ごっこは終わりかよ?」


レキはルリが心底安心して水に浸かる様を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「っは。意気込んでた割には逃げ腰じゃねえか」


 吹き上がる水の真下で、頭から打たせ湯のように水を浴びているルリが小鼻をひくひくさせている。戦意はいささかも衰えていないことを示すため、目を細めて威嚇する。


「ちょっと有利だからって調子に乗らないでよね」


「お前の技はそれで終いか? まだあたしは傷一つつけられちゃいないんだ、必殺技があるなら遠慮なくやってくれ」


「っく!」


 頭にカッと血が上った。こちらを呑んでかかるレキの横柄な物言いも怒りに拍車を駆ける。 


 レキの周囲は常に業火で覆われて近づきづらい。隙を突いて近づいたとしても鎖が襲い来るし、なによりレキの体そのものがかなり熱い。燃え盛る家屋へ自ら飛び込むようなもの。

離れれば火炎放射、近づけば鎖とより強力な熱に見舞われる。

刀と緑を駆使して戦うルリとしては、相性最悪の相手であった。


「なんでかっこつけちゃったかなあたし。やっぱソニアさんにやってもらえばよかった」



 怒り心頭のまま小刀を手にした時、ルリは天姫に頭を小突かれたことを思い出していた。


『いいかルリ、ぬしは技術を磨くよりも心を磨くことを覚えよ』


『心?』


『精神の話じゃ。ほれ今もその訓練じゃぞ、心を乱すな』


 修行の合間、木陰で一息入れていたら急に天姫が現れた。背後から近づく天姫に全く気づけなかったルリは、後ろから抱きしめられて身動きが取れない。

 天姫は大人気もなく解放している。


『っく、っくぁう、天姫さま、それ、やめて』


 天姫の手が胸部に伸び、年頃に膨らみ始めたものをゆっくりと撫でまわす。意思とは無関係に体が敏感になる。僅かな刺激が普段の数十倍に膨れ上がってしまう。

 ルリもモノノケを宿す身。モノノケの王の解放を間近で感じれば、骨抜きにされてしまうのが悲しい性である。


『む、むずむずするよぅ』


『ほう、わらわの愛を感じるか?』


『力が、抜けて・・・・・・痺れた足を、指先で突かれてるみたい』


『しらけるわ。もっとましな例えはないのか。まあ、おふざけはこれくらいにして真面目な話じゃ』


『はうっ、ふにゅぅ』


 ようやく手を離してもらったルリが、ぐったりと地面にへたり込む。


『ぬしは素直で愛いやつじゃが、戦う時には命取りよ。頭に血が上った相手ほど、倒しやすいものはない』


『ふ、ふふん。あたしだって反省して、最近は冷静に戦えるようになったもんね』


『見せてみろ』


 そう言った天姫がルリに放って投げたのは木剣であった。ルリが受け取ると同時、天姫は腰から刀を引き抜いた。


『ここで立ち会ってみようかの』


『立ち合い? あたし木刀なんだけど』


『そうじゃ、それでわらわの剣を制してみよ。ただし注意せよ、受けるにしても打ち合うにしても真剣と木剣。どちらが優位かなど火を見るより明らか。この逆境でどう戦う?』


『いやいや、なに言ってるの。真剣と木刀なんて、戦うまでもな――』


どんっ! と、天姫が地を駆って一気に距離を詰めた。そして気づいた時には刃を寝かせた刀が横凪ぎに迫り、あと少しで頬を掠めようとしていた。


慌てて屈んだその刹那、頭上で銀色の刃が流れていくのが見えた。その直後にビュン! と聞こえ、突風の如き太刀風が巻き起こった。


『ちょ!? 音! 音が後から来た! 音速超えてる!!』


『よく避けたの。偉いぞ』


『え、笑顔?』


天姫は笑っていた。あれはそこはかとなく良くない笑みである、とルリは経験から察した。



『あたしを殺す気?』


『殺すわけなかろうが。ぬしはわらわの歴代大切な人間ランキングで殿堂入りしとる』


『でも今――』


『これは愛じゃ。なにも愛でるばかりが愛ではない。時に厳しく教えを行うこともまた愛と心得よ』


『それ身勝手な愛情――ってちょっと! ちょっと!』


 天姫の太刀は容赦がなかった。目を光らせ、気合を発して斬り込んでくる。打ち込みは鋭い。かろうじて躱しつつも隙を見て木剣を振るうが、刀とぶつかれば斬られるのは木剣の方である。打ち刀を模して作られた木刀は、半分ほどに斬られて今や脇差のような短さであった。


『戦いとは理不尽じゃ、どう見ても自分の方が不利な状況ばかり。だが、満身創痍の状態であろうと獅子の群れに挑まねばならぬ時もある。そんな時にはどうする? 愚直に突っ込んで華々しく散るか、生きて戦い抜き、勝つことを考えるか。ルリはこの辺りを学ぶべきじゃ』


天姫は一時中断、というように体に滾らせた覇気を納め、刀を握る手もだらん、と力を抜いた。

引き換えルリは肩で息をしている。真剣勝負と同等、或いはそれ以上の危険から解放されたのだ。遅れて吹き上がる汗で、背中はぐっしょりと濡れていた。


『死神の戦いかたを参考にせよ。奴は見苦しくもがき続けるも、決して相手に呑まれず、自分の攻撃性にも呑まれず、耐え忍び、最後の最後には勝つ。こうした戦闘が得意じゃ』


『でもアヤメちゃんてクリステルさんが絡むとそういうの・・・・・・』


『・・・・・・』


『天姫さま?』


『金髪の小娘が絡んでない時の死神を参考にせよ。まずは逃げる。そして相手の攻撃を全て避けてみろ』


『逃げるのはあたしの趣味じゃないな』


『ドたわけ』


 そこで頭をポカリと小突かれた。


『逃げるのは体であって、心ではない。闘気は常に心の奥底で滾らせておけ』


 水平になった刃が空を切った。紙一重でそれを交わしたルリは、天姫の背後へ飛ぶ。


『そうじゃ、それでいい。相手に纏わりつくように逃げるんじゃ。押されているように見せかけ、されども引かず。押したと見せかけて、一歩引く。これを繰り返せば相手は神経を逆なでされるじゃろう。何度も攻撃を避けられれば、必然新手を出すしかなくなる。そうして全てを避けきった時、ぬしの中には相手の攻撃が全て刻まれておる。さすれば必ず隙も突けよう』


 天姫は言った。




――やってるよ天姫様、やってるけどさ


 蔓や根、花吹雪では対応の仕様がない。火と草のどちらが優位かなど、確認するまでもない。


「おらぁああ!」


 その時、レキの放った鎖が上空から真っ向唐竹割りに落ちてきた。ルリが水から飛び出した瞬間、大理石で作られた噴水は粉々に砕かれてしまった。

 地中に埋められていた水道管が破裂したことにより、今や水は間欠泉のように、勢いよく大地から噴出している。


――これを使えば


 ルリの袖口からツルが飛び出した。ツルは急激に成長し、その先端からは巨大な葉が生み出される。葉は二枚、四枚と増えていき、遂には完全に水を包み込んだ。水を内包した葉が膨らむ様は、開花前の蕾を思わせた。先端には小さな穴ができており、それがレキの方へ角度を変えた。


「くらえ!」


 ルリが叫ぶと、葉が思い切り閉じた。圧縮されたことにより、中の水が勢いよく躍り出た。

 吹き出し口の範囲を小さく絞ったことで、水は細い水流となり、当たった部分を削ぎ飛ばすほどの威力となった。


 レキの体に水の槍が突き刺さる。

 熱せられた鉄に水を注ぎこむが如き音が周囲一帯に響き渡った。届いた水はあまりの熱に蒸発し、白煙となった。細かな飛沫で煙って周囲が白く覆われ、目視では状況がわからない。


「やったかな・・・・・・あ・・・・・・やったか、って言っちゃった」


 ルリが失態を嘆いていた時。


 くだらねえ


 煙の奥から声が聞こえた。

 危険を察知したルリが飛び上がると同時に、横なぎに伸び鎖が襲い来た。鎖はルリを狙ったのではなく、水を浴びせる葉を狙っていた。

 業火を孕んだ鎖が少し触れただけで葉は燃え尽き、横なぎの風圧で崩れた石が噴水の吹き上げ口に詰まり、溢れ出てきた水はピタリと止まった。


「水が」


「こんなもんであたしの炎が消せるわけねえだろうが」


そう言ったレキが腕を振ると、それに連動し、彼女が握っている鎖もうねる。ジャラジャラと金属音を奏でる鎖は、もともとが生み出した炎を編み固めたもの。意思のままに操ることが可能なのである。


通常の鎖ではあり得ないような軌道を描き、それ事態が生物のようにルリに襲いかかった。


業火で熱せられた鎖が、ルリの右肩口に襲いかかった。

ビシッ、という音と共に鎖が肌に食い込んだ。

鞭で打たれるのとはワケが違う。重みと強度のある鎖で打たれれば、その衝撃は骨まで達する。鉄の棒での殴打に等しい。


ルリの体は真横に吹き飛んだ。

解放しているとはいえ、石を粉砕するほどの威力をもつ鎖で打たれた。ルリは右肩に電撃のような痺れを感じる。


――まずい、右手が


利き腕は肩から先の感覚を全く失っていた。


「ぐっ!? あつっ」


熱せられた鎖はマグマの如き熱も含んでいた。モノノケの力を解放しているため、常人よりは強度が増している。そうしていなければ今頃は、失った多くの緑たちと同じく燃えていたであろう。

 だが、解放をもってしても被害は甚大である。傷口が音をたてて焼けており、脳天まで痺れる激痛となるのだ。


「逃がすかてめえ!」


吹き飛ばされたルリに更なる追撃。

咄嗟に手のひらからツルを伸ばし、家屋の屋根に引っかけた。伸縮したツルは、少女を素早く屋根の上まで引き上げる。

数秒遅れて、レキの放った鎖が大地に叩きつけられた。


「痛いな! このっ!」


 ルリが手にした種を放ると、それらは地面に落ちた瞬間に砕け、中から巨大なツルがいくつも躍り出た。


ツルは直接レキを攻撃するのではない。転がっていた銃や剣に巻き付き、それらを用いて攻撃するための“手”である。

 

 ツルがルリの意思に呼応し、銃弾を放ち、或いは剣で襲い掛かる。


「ふん」


 レキがツルをひと睨みすれば、緑の大群は一瞬で業火に包まれて灰となってしまうのだ。

 放たれた銃弾も剣も溶かされ、炎の悪魔の体を通さない。


「っち」


 ルリが舌打ちをすると、レキはギロリとした目で睨んできた。

 悔しさに表情を歪ませたルリが後方へ飛ぶと、レキが追撃しつつ炎を浴びせる。


「クソ、ちょこまかとうざってえな」


もうかわすのが精一杯。

右手の感覚もいつ戻るかわからない。一生戻らないかもしれない。

ここで出し惜しみをしていては、死んでしまう。


「もうやだ、あいつ嫌い」


――エルフリーデ倒すとっておきだったのに。そうも言ってられないねこれ


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