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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
141/170

反乱~第七環境地区 東側 聖堂前~

アリスとレキの視点が交差します

 クリステルがエルフリーデに連れ去られた同時刻。

 ヴェルガ城、城内。アリスの部屋。

 エルフリーデが言った通り、メルリス騎士団の新しい衣装はベッドの上にきちんとたたんで置いてある。アリスは誰が見ていようとも構わないといったふうに服を脱ぎ棄てて丸裸になった。そうして新しい服に手を伸ばそうとした時、首元に着けていたチェーンがじゃらん、と音を立てた。


「・・・・・・」


 これまで気づかなかったが、首にチェーンをつけていたらしい。一体いつからつけていたのだろう。記憶までも封じられていたアリスは、これがどういったものなのかわからない。首を傾げ、何気なくチェーンについていた指輪を摘まみ上げて眺めた。


 とても美しい指輪だった。

 自分で買ったものであったか、誰かからもらったものであったか。

 ふと、誰かの顔の輪郭が浮かびかけた。

 眉をひそめて手を握るところ、こちらの様子を上目遣いで伺う様子などが閃光の如く蘇り、すぐに消えてしまった。


 浮かんできたものは他にもあった。

 刺繍の施されたカーペット。二人掛けの白い机に木彫りの椅子。椅子には赤いクッションがあり、座り心地がとてもよかった。机の上には紅茶が用意されている。ティーカップから湯気が立ち上り、なんとも上品な香りが立ち込めていた。それよりも香しい少女が座っていた。その少女は、微笑んで「アリス」と呼んでくれた。


 と、その時。第七環境地区の東側にある門が吹き飛ばされた音が届いた。


 我に返ったアリスは、すぐに服を纏った。剣も腰に差して、一息ついた後に時計を見て思わずゾッとした。部屋に来てから既に十分も経過している。

 エルフリーデに言われた通り敵を排除することだけを考え、五分以内に着替えを済ませようとしていたはずなのに。それ以外のことに気を取られ、こうも時間を取られてしまうなどあり得ない。


「・・・・・・」


 アリスが壁に向かって手をかざすと、炸裂音と共に堅牢な石壁に穴が開いた。石壁を破壊した際に立ち上った砂塵が風に乗って消え去ると、穴の先には外の風景が広がっていた。この穴の真下に、第七環境地区東側へと続く通路がある。時間を浪費した分、近道をしようという魂胆である。


 床を蹴って穴から外へ飛び出した。


 アリスの部屋は城の五階であるが、バイズの力を使えば自らの肉体を宙に浮かせることも可能。

 重力を操作し、何事もなく大地に降り立ったアリスは音のする方へと歩みだした。


・・・・・・・・・・


 第七環境地区、ヴェルガ城東門通路

 

 ここには皇室の者も足を運ぶ大聖堂がある。

 ヴェルガ城と同じく白を基調とした石造りの建物。その入り口には巨大な女神像が設置されており、その周囲にはワイヴァーンを模った巨大な彫刻があった。その彫刻の頭の上に立ち、見下ろしているのはレキである。

 彼女は第七環境地区の門が破壊されたと同時、舌打ちをして飛び降りた。黒衣のマントを靡かせて着地する様は、巨大な魔物が翼を広げているかのようであった。

マントを脱ぎ捨て、メルリス騎士団の衣装となって意識を集中させる。地獄の炎をこの世に呼び出すためである。


「アウレリア様はどこに行っちまったのかね、知らねえけどよ」


 門を破壊して突入してきた兵士達の前にレキが立ちはだかる。

 握りしめていた手を開くと、閉じ込められていたものが噴き出す勢いで地獄の炎が躍り出た。炎は生物のように幾重にも重なり合い、やがて漆黒の鎖へと変化した。


「要はてめえら全員中に入れなきゃいい話だろ。ちょっと焦がしてやるよ。ああ、命乞いはやめとけよ。捕虜はいらねえからな」


 鎖がうねり、地面に叩き付けられるとそこから猛烈な火炎が吹き上がった。

 慌てて飛びのくものや、尚も勇敢に攻めようとする者がいたが、その全てが炎に呑まれて骨となった。勢い込んで攻めてきた兵たちは、一瞬のうちに消え去ってしまった。


「へへ、今日は審判の日だ覚悟しな」


 レキの挑発は多くの兵士達が上げる雄たけびにかき消された。

目の前で数名の兵士を消し炭にしたというのに、反乱兵たちは尚も怒号を発して突進してくる。

 鎖を収めたレキは口端を歪めた。愚直すぎるほど真っ直ぐな連中である。彼らはオーブンの中に自ら飛び入る食材のようなもの。戦場で勇猛たらんとする兵士たちは扱いやすくて気に入っている。


「レキ様を助けろ!」


「反乱者達を許すな!」


 背後からはようやく近衛兵たちが姿を現した。本来であればこの場にも小隊がいるはずだが、反乱に指揮系統が麻痺しているらしい。

だが、近衛兵たちの士気は十分であった。レキの力で勢いづいたこともあり、精神は極めて高揚している。彼らは身を犠牲にしようとも戦い抜くことが伺えた。


「第七環境地区をなめんなよクソども、さあ炎を味わいな」


 せめて一瞬で炭にしてやろう、と邪悪で陰る表情に物理的な影が差す。上空にいたアイオーンが、陽を遮っていたのだ。

 巨大エンジンを搭載した輸送機に空輸された機械兵器アイオーン三機。油圧式のワイヤーを切り離して大地に降り立つ。

 先刻、レキがいた大聖堂の彫刻よりも巨大なアイオーンが着陸すれば、その振動で大地が揺さぶられてしまう。反乱軍に銃を向けていた近衛兵たちは、足をもつれさせ、立ち止まってしまった。戦車やワイヴァーンをも圧倒する兵器を前に顔を青くする。


「おもしれぇ」


 再び地獄の炎を呼び戻そうとした時、レキの隣を平然と横切った人物がいた。


「なっ!?」


 精神を猛々しく昂らせていたとはいえ、決して油断をしていたわけではない。何かあればすぐに動けるように身構えていたはずであるが、その人物はいともたやすくレキの警戒の隙間を抜けていった。


「アリスか?」


 銀色の髪、翡翠色の瞳、腰に下げた剣の全てがかつてのアリスであったが、レキが感じとったのは、以前とは比較できないほど変貌した内面であった。

 アリスは悠然と、あまりにも大胆に、三機のアイオーンと無数の反乱兵達の方へ向かっていく。


「お、おい! アリスっ!」


 アリスは答えない。

 未だゆっくりと歩を進めている。


『エルフリーデの右腕だ! ここで討ち取れ!』


 隊長機と思われるアイオーンが叫ぶと、残り二機も銃口を向けた。巨大な銃は明らかに人間を倒すために作られたのではない。戦車や建造物に穴を空けるためのもの、あれで撃たれれば人は粉になるだろう。

 その狂気を向けられて尚、アリスは歩き続ける。自分よりもはるかに巨大なアイオーンを前にしても、それを見上げるようなことはしなかった。

 レキが慌てて飛び出そうとした時、アリスが右手を横に払った。小うるさい虫を払うような動作であったが、三機のアイオーンは遥か上空へと放られた。ほんの一瞬で空の彼方へ消え去り、既に行方を目で追うことすらできない。

 その光景に、敵は愚か味方ですら驚愕に固まった。


「マジかよ」


 レキは戦車よりも重いアイオーンが、突風にあおられた羽毛の如く吹き飛ばされたのを見た。強引に軌道を変えられたため、コックピット内にいたパイロットは圧力に押しつぶされているはずだ。

 敵が消え去った上空からアリスに視線を戻すと、彼女は分かれ道の真ん中で立ち止まっていた。どちらの道を行くべきか悩んでいるようであった。


「撃て!」


「撃てえええ!」


 反乱軍たちが銃を構えて引き金を絞ったのはその時であった。

 火薬がさく裂し、弾丸が発射する音が何度も響いた。

 しばらくは怒号と銃声の音が響き渡っていたが、アリスには傷一つつくことがなかった。

 むしろ血まみれになっていくのは、銃を撃つ反乱軍たちの方である。

 アリスのバイズにより、銃口から発射された弾はくるり向きを変え、全て銃を撃つ当人たちの体を貫いている。いくつもの銃声と悲鳴が続いた後、アリスの周りには死体しか残らなかった。

 その姿を見てレキは確信する。アリスがいればこの反乱はすぐにでも収めることができると。アウレリアの身に危険が及ぶこともないし、アンジェリカを捜しにも行ける。こんなくだらないことは、さっさと終わらせてしまいたかった。


「アリス」


 駆け寄って声をかけてみるが、アリスは顔を向けようともしない。未だどの道を行くか思案しているようである。


「爆破された城門の方がまだ騒がしい。恐らく敵の主力だ。あたしが先行して焼き尽くしてくるからよ、お前は取りこぼしを頼む」


 アリスは少しだけ顔を上げ、レキの方を見た。


「わかるか? あたしの後ろを抜けた奴を頼むよ、お前はここにいてくれりゃいい」


 そう言ったレキは未だ怒声や鉄の打ち合いが聞こえる門を見やる。ギロリと睨みを利かせた鳶色の瞳が真紅に変わる。うねる炎が体を這いまわり、栗色の髪をも赤く染め上げていく。レキの体は炭火の如く猛々しい熱に包まれ、舞い上がった火の粉が周囲一帯を熱気で包んでいく。側道の花壇で育てられていた草花は全て炭と変わり、アリスが倒した反乱軍の兵士達も燃え上がって骨となった。


「じゃな」


 レキは首を傾げるアリスを残し、城門の方角へと飛び去った。

 彼女が踏みしめた個所に足形の炎が刻まれ、それは消えることなくいつまでも燃え続けていた。


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