とあるメルリスの少女
メルリス騎士団に在籍する一人の女騎士がいた。
この少女、若干十六歳にしてメルリス騎士団に抜擢された天才である。
エルフリーデの推薦で、特に入隊の試験もなく騎士団入りとなったレキやアンジェリカとは違い、彼女は実力で勝ち取っていた。
血が通っているとは思えない白い肌、均質のとれた淡紫の髪。しっかりと着込んだ騎士団の衣装には汚れや皺など一つもなかった。
その美貌と、秘めた力からソニアの再来と囁かれ、中にはソニア以上の実力を秘めていると期待する者もいた。憧れていたソニアと似ている、と言われた少女は嬉しくなった。そして以前よりも、ソニアのことを尊敬するようになった。
少女は今、第七環境地区の門の内側にいた。
背後にはヴェルガ城、目の前には大きな門。門の向こうでは反乱者達と、それを食い止めるべく仲間たちが戦っている。
少女は大きな目を吊り上げ、唇を結んで立っていた。不機嫌な様は、虫の居所の悪い猫にも似ていた。
「もう、駄目! ワイヴァーンをこれ以上は操れない!」
少女の背後で傷だらけになった一人のメルリスがそう叫んだ。
息を切らして血を吐き出したメルリスは、古の龍を操る代償として、龍の傷や痛みまでも体に蓄積させてしまうという、厄介な制約を抱えた能力を宿している。
「ならば後退を。これより先は私が」
少女はそう言うと、腰の剣を引き抜いた。
「ソニア、そこにいるのでしょう。さあ、きてみろ」
アーバン国の搭乗型機械兵アイオーンが、その銃で城門を破壊したのはまさにその時であった。
「私はここだ」
意識を高めれば、少女の体に白銀色の鎧が浮かび上がった。古代の文字と紋章とが刻まれた鎧は、あらゆる攻撃を無に帰すとされている。
少女が剣を構えた直後、桜花国のサムライ二名が頭上を飛び越えて行った。猫の耳を持つ黒髪の少女、緑の香りがする白髪の少女。いずれも無視した。標的はただ一人と心に決めていた。
「来たわね」
その後から現れた赤髪の騎士をはっきりと捕らえた。その瞬間、少女の瞳に大きく驚きの色が走る。
――できる
ソニアの膨れ上がった力を見通せぬほど、少女は自らの力にうぬぼれてはいない。思わず剣を握る手が震えたが、すぐに思い直して身を屈めた。
――だが、勝てる
「いざ」
少女は軽やかな身のこなしで全身を浮かせ、只一直線にソニアと迫撃した。
――許さない。ソニア、あなたは祖国も私も裏切った。裏切り者には死を!
真っ向から袈裟切りにして、一気に片を付けるつもりであった。
そこで少女の思考は途絶えた。
気が付いたら地面に横倒れになっていた。
剣は折られ、白銀色の鎧の魔法も砕かれた。
「ば、ばかなっ」
胸に触れると、そこは刃で斬られた跡がある。袈裟切りにされたのは少女の方であった。
その傷は、見る間に治っていく。
かつてソニアが教えてくれた。この剣は悪しか罰せない、正しいものを斬ってもその傷はすぐに癒えると。
「おのれっ、こんなことが」
なんとか立ち上がろうと、手をついて体を持ち上げるが、震える腕は感覚を全く失っており、すぐに地面へと崩れ落ちてしまった。
「そんな、どうして――っく。なんでよ、傷が治るなら私は正しい者でしょう? どうして負けなくちゃいけないの。悔しいっ、こんなの悔しいよ。ソニアさま」
少女は悔し涙を流し、爆炎で黒く染まったヴェルガの空を見ていた。




