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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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アリスとアウレリア 4

 アウレリアの立っている位置からでは、アリスの起こした惨劇は見えなかった。仮に見えたとしても、アウレリアは何より先にアリスの元へ駆け寄っただろう。

 共に過ごした最後の夜。肌を重ねた後、不安に押しつぶされそうになりながら指輪を渡した。受け取ってくれた想い人は、その日から三か月もの間姿を消していた。

 消えてしまった想い人が、今は目の前にいる。


「あぁ、アリス」


 ようやく出会えた。

 アウレリアは両手を広げて駆け寄った。

 ぶつかり合い、もがき合いながら、ようやく二人で拾い上げた愛の欠片。それを捨て去って消えてしまう人ではない。アウレリアはずっとアリスを信じていた。


 エルフリーデがアリスを閉じ込めているのではないか、という疑惑から毎夜、城内の隠し通路を捜す日々が続いた。手応えがまるで掴めずにいたが、今朝廊下を歩くエルフリーデを偶然見つけた時に、第六感が電流の如く頭蓋の中を駆け巡った。外からは銃声や怒声が響いており、それを耳にしているはずのエルフリーデは表情にどこか含みのある笑みを浮かべていた。


 外の事態に対処するため、アリスの元へ行くのではないだろうか? そう思い、後をつけた。

気づかれないように距離を開けすぎたためか、光の間で完全にエルフリーデを見失うという下手を打ったが。その後も諦めずに探し続けた甲斐があった。なぜなら、アリスは目の前にいるのだから。


「よかった。無事でいてくれて」


 しっかりとアリスを抱きしめ、瞳を閉じて唇を重ねた。

 待ち焦がれていた再会。しかし恋人とのキスは、アウレリアに奇妙な違和感をもたらす。うまくは言えないが、いつものアリスとは違う気がする。そんな感情が冴えわたる。

 瞳を開けて見ると、アリスは目を閉じていなかった。その顔には表情がなく、植物のようであった。


「アリス?」


 温かかったアリスとは違い、妙に寒々しい。


「アリス。わたくしのことがわかりまして?」


 返事はない。ただ、光のない瞳がアウレリアを射抜くように見つめている。何かがおかしい。そう思った時、アリスの額にヴァーミリオンの欠片が埋め込まれているのに気づいた。


「これは? どうなさいましたの・・・・・・エルフリーデに何かされましたの?」


 体を揺すってみても、まるで反応がなかった。

 困惑するアウレリアの背後から数名のメイドが現れたのはその時だった。


「アウレリア様!」


 アウレリアが振り返ると、血相を変えた彼女たちが駆けてくるのが見えた。


「反乱です! 早くシェルターへ避難を!」


「さあ私共と一緒に!」


 声が聞こえたのはそこまでだった。

 メイドたちは一瞬にしてその場から姿を消した。いや、正確には人間が“物”に変えられてしまった。

皆等しく内側から膨らんで破裂した。魂が宿っていた器は破壊され、いくつかの部分的な“物”になってしまった。壁が赤く彩られ床は血の海。飛び上がった臓物と骨は天井のシャンデリアにひっかかってゆらゆらと揺れている。


「あ」


 アウレリアは目の前で起こった惨劇に声を上げることができなかった。

 こんなことができるのは、知っている限り目の前の人物だけである。もう誰も殺さないし恨んだりもしない、そう言ってくれたアリスが人を殺した。


「これはあなたが? なぜ・・・・・・わたくしと」


 震えながら振り返ると、アリスがこちらを見ていた。

 正気とは思えないほど肥大した瞳で、ずいっと顔を迫らせてくる。本能的に恐れて逃れようとしたが、ずいっと伸びた手にうなじを掴まれてしまった。抵抗する間もなく、もう片方の手が腰に巻き付き、そして――


「んっ!」


 アリスはアウレリアと再び唇を重ねた。


「んはっ! っくぅ、あ、いや!」


 逃れようと暴れても、アリスの手は全身に絡みつくようで振りほどけない。舌は早くもアウレリアの唇を割り、奥へ進もうとしてくる。


「やっ! んん!」


 何の感情もない口づけがアウレリアには苦痛だった。感情に熟れた瞳と、温かな吐息と、優しい舌使いを教えてくれたアリス。記憶にあったそれらが微塵も存在しない。大切な思い出が消されていくような気がして、瞳も歯もぎゅっと固く閉ざした。

 そんな様子を見てやや思案したアリスは、腰を抱き留めていた手の中に意識を集中させた。エルレンディアの力“バイズ”を掌に集め、それを雷へと変換する。五指の先端でスパークしている電撃を、アウレリアの脇腹へ思い切り食い込ませた。


「きゃああ! ああああッ!」


 バチリ、という鋭い音が響き、アウレリアの体がのけ反った。

 閉じていた瞳も歯も、強烈な一撃故に開いてしまう。開いた口にアリスは自らの舌を深く差し込んだ。口中に入った舌で、アウレリアの口腔を蹂躙し、唾液を次々と送り込む。コクリ、コクリ、とアウレリアがそれを飲み込んでいく。


「ぷぁ、あぁ、く、ふぁぁああ」


 電撃の痛みと、激しいキスの息苦しさから、半開きになったアウレリアの口から唾液が零れる。それを舌で舐めとり、勢いのまま頬を数回にわたって舐めまわしたアリスは、その手をアウレリアの股へ伸ばした。

 ぐいっと押し当てられた指の感触に、呆然としていたアウレリアの意識が元に戻った。


「あ!? だ、だめですわ! それは!」


 目の前のアリスは、知っているアリスではない。

 この純血は、今のアリスに捧げるわけにはいかないのだ。


「おねがっ、やめ、て。やめてくださいまし」


 気が付けば、アウレリアの体は宙に浮いていた。バイズにより、空中で体を固定されているのだ。手は頭の上で組まされ、無理やり股を開かされた。


「・・・・・・いや」


 こんなところで、わけもわからないままに犯されるのか。あまりのことに声が出ない。


「お願いですわアリス、正気に戻って――」


 容赦なく伸びた手が胸元をはだけさせる。そこから覗いた二つの膨らみ。その一つの突起に、アリスは噛みついた。


「いっ! いた、ぃ」


 そのまま胸に、鎖骨に、首筋にと次々噛みつかれ、歯型を残されてしまった。痛みに体が飛び上がるたび、絶望が心に流れ込んでくる。


「アリス・・・・・・元に・・・・・・」


 アウレリアの瞳から、涙の粒がポタポタと流れ落ちた。

 アウレリアの首筋を舐めていたアリスの動きがピタリと止まったのはその時である。生暖かい舌が首筋から離れると同時、白い指が伸びてアウレリアの瞳から涙を拭った。涙の粒が残る指先を咥えたアリスは、がっくりと項垂れてしばらく何の反応もなかった。


「あんたといると・・・・・・心が浮き上がるみたいだわ」


 突然アリスの声が、アウレリアの耳に届いた。


「暗い海の底から、光る水面へ引っ張り上げられるみたい」


「・・・・・・アリス?」


「アウレリア」


 アリスはアウレリアの胸に顔を埋め、精いっぱいの優しさでぎゅうっと抱きしめる。

 途端にアウレリアを拘束していたバイズが解け、ゆっくりと床に足が着いた。


「アリス!? 元に戻りましたのね? あなたですよね?」


 アウレリアの問いにアリスは答えない。未だ胸に顔を埋めていた。


「じか、時間が、ないの。これ以上は、抑えていられないから・・・・・・早く私の前から消えて」


「何を言っていますの! 一緒に――」


「あんたを、殺したくない――もう一人の私はあんたを犯して殺すつもりなの、あんたを憎んでるのよ、だから――」


「アリ――」


「消えなさい」


 アリスの瞳は赤黒く変色していた。

 その瞳に声を失った時、アウレリアの体はバイズで吹き飛ばされた。通路の彼方にある壁に激しく打ち付けられ、アウレリアはぐったりとして動かなくなった。

 アリスは吹き飛ばしたアウレリアを見もせず、再び廊下をずんずんと進み始めた。

 エルフリーデは着替え、武器を取り、第七環境地区に現れた敵を全て薙ぎ払えと言った。その命令だけが、アリスの中に残っていた。


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