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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
133/170

鋼鉄に宿る心

再びアヤメ視点に変わります

 ベルセルクの群れと自走砲を退けた直後、黒煙の奥から轟いたのは見たこともない獣の咆哮だった。巨大な爬虫類のようであるが、蝙蝠のような翼も持っている。その容姿にしばし思考が停止してしまった。きちんと警戒していなければ、口から吐き出された炎を全身に浴びていただろう。 

地面を転がるタイミングが少しでも遅れていたら黒焦げだった。


起き上がるのと同時、転がっていた死体の腰から手榴弾をもぎ取った。ピンを抜き、獣めがけて投擲する。風を切って迫った手榴弾は、獣に到達する半ばで火炎に阻まれて爆発した。飛び散った破片が視界を塞いでいるうち、私は地を蹴って遥か上空へと舞い上がった。刀の柄尻に掌底を添え、鍔に両足を預けてそのまま急降下する。狙うは油断しきった獣の脳天である。

 

ズグ、と

垂直落下の勢い殺さず飛来した刀の先端が、獣の頭蓋を突き破って脳にまで達した。すぐさま刀を引き抜き、既に察知していた次なる敵の攻撃に対処する。野獣よりも野獣らしい声を発して飛びかかるベルセルクだ。その懐に素早く飛び込み、鼻先から頭部までを真っ向斬り落としで吹き飛ばす。

 迫って来たベルセルクを切り伏せたと思ったら、足元では敵兵の放った弾が光と共に爆ぜる。銃弾を斬り裂き、先へ進もうとすれば新たに飛来した獣がこちらを見咎め、口から炎を吐き出してくる。

 

針の筵に立たされているも同然であった。すこしでも気を抜けば、銃弾か刃か炎かのいずれかに体を貫かれるだろう。


「ああもう、うっとうしいな! 疲れてきた!」


 そう叫んだルリも先ほどから集中的な銃撃を受け、思うように前進できない状態が続いている。

 ルリのもとまで跳躍し、彼女を囲んでいた敵部隊を即座に斬り伏せた。


「いくぞルリ!」


「うん!」


 私たちが会得した夢幻神道流閃くところ、悲鳴が相次いだ。平素の相貌をかなぐり捨て、まったく別人となった殺気を従え、二本の刀は万剣と化して敵を屠る。

ベルセルクと呼ばれた者達もなかなかの瞬脚であるが、銃弾の軌道を見切って切り落とす私たちの目から見れば遅い。


 私たちは戦場を駆ける鎌鼬だ。つま先で地を蹴れば突風が巻き起こり、瞬脚は出発点に残像を残す。一足で十余名の人垣を駆け抜け、瞬きする間に命を奪う。


「ソニア!」


「いいよ!」


 私たちが鎌鼬であるなら、彼女は稲妻だ。

 ソニアの光る剣は、斬るのではなく叩く。屈折した光が振るわれるたび、敵兵が紙人形かなにかのように彼方へと吹き飛ばされていく。

 剣と銃弾、果ては怪物とランダムに入れ替わって襲い来る敵だが、私たち三人の連携、斬る、叩く、を適所で生かせば突き進むことができる。まさしく一騎当千と呼ぶにふさわしい力により、数の不利は覆せるはずであったが。


「ワイヴァーンが上から来る!」


 ソニアが剣を振るいつつ言った。

 見上げれば牙をむき出しにした獣が炎を吐き出しながら舞い降りて来た。

 どうやらこの獣は仲間が殺されると、集中的にその場所へやってくる習性のようなものがあるらしい。私を含め、ルリやソニア、そして携帯式対戦車砲を持つ分隊が何匹か倒したのだが、それがかえって獣を呼び寄せてしまったらしい。


一匹ならなんとか倒せるが、これが五匹、十匹と次々に舞い降りてきて私たちの侵攻を阻む。強度は戦車並みで、機動力は戦車以上と非常に厄介だ。

 見上げれば、未だ数十匹が輪を描きながら上空を舞っている。まだまだ援軍を送り込まれそうだ。


「困ったな、モタモタしてたらまた自走砲が出てきちゃうよ」


「だがあれの相手を疎かにはできない、油断すれば一瞬で丸焼きにされるぞ」


 空から迫る獣の群れを見た私とルリが歯噛みしていると、


「アヤメちゃんとルリちゃん、ちょっと耳塞ごうか」


 ソニアが言った。


「なに?」


「耳、塞いどいて。エルフ以外の人が聞いたらまずいらしいから」


「今この時に耳を塞げと?」


「いいからいいから、まかせて」


 ファルクスの剣を口元に当てたソニアは何事かぶつぶつと唱え始めた。一定の感覚で同じ言葉を繰り返しているようだが、聞いたこともない言語で何を言っているのかはわからない。だが、その言葉が少し耳に届いただけで途端に意識が朦朧とし始めたので、慌てて耳を塞いだ。


 ソニアの剣が輝き始めた。


 刃の輝きは陽の光を凌駕していた。一本の刃は光の芯と化し、その銀色の焔は周囲一帯に影すらかき消すほど燃え盛る。

 ソニアが何事か叫び、剣を高々と振りかざすと、空から強襲してきた獣たちはつんざく悲鳴を上げ、バタバタと地に落ちた。この時、ソニアが何を叫んだのかは定かではないが、決して私たちモノノケを宿す人間が聞いてはならないものだと思った。


獣たちは傷を負った蛇のように地面の上をのたうち回り、苦し紛れに口から炎を吐き出している。

銀の光にやられた獣めがけてルリが種を投げつけた。種はすぐさま巨大な蔦を生み出し、それは獣の口や翼に巻き付いて大地に縛り付けた。蔦は成長を止めずに広がり続け、ついには獣を緑で覆いつくしてしまった。まるで水をかけられた火のように、勢い消された獣はぴくりとも動かない。


「ソニアさんすごっ! 今のなになに?」


「ふふーん、エルフの魔法だよ」


「おい、この隙に突っ込むぞ」


 空には未だ獣が飛び回っているが、周囲の獣はあらかた片付いた。先へ進むには今しかない。私たち三人は全力で第七環境地区へと続く道を駆けた。


「誰かがここに残んないといけないね」


 私の横を駆け飛ぶルリが呟いた。


 誰かがこの場で残り戦う、という選択肢は何度か頭をかすめていた。

 敵の数が多すぎるのだ。倒しても倒しても続々と現れる敵兵たち。群がってくる彼らを一掃するか振り切るかしない限り、この先に待つ強敵たちと満足に戦うことができない。


それならば誰か一人が――


いや、或いは全員で倒してから先へ進むか――そうだ、誰が欠けてもいけない


戦場で誰かを斬り捨てるという判断はしたくなかった。私はもう、十分すぎるほど斬り捨てられた人間の末路を見て来たから。

しかし、それでクリステル様の元までたどり着けるのか。


私はかぶりをふる。


「残る残らないの判断はまだ下す必要はない」


「まぁたアヤメちゃんは。ならどうするの? ワケでも話して通してもらう?」


「道を塞ぐものはみんなで一緒に倒す、がいいと思うな。敵の数が多い今、戦力の分散はちょっとねえ」


「ソニアさんまで。そんなこと言ってられる状況じゃないと思うんだけど。っていうか火を吹くオオトカゲがいるなんて、あたし聞いてなかったよ! あれは誰かが止めないと駄目でしょ」


「オオトカゲって、この国じゃ神聖な生き物なんだけどなー。まあいいけど。私もこれは予想外だったんだよ。たぶんメルリスの誰かの能力だと思うけど」


「獣を使役する能力者がいるのか?」


「持ってるのは復活の力かも。あれドラゴンて言うんだけど、大昔に絶滅したはずだから」


「ソニアさんもメルリスなのに、どんな力を持った人がいるのかぐらい把握してないの?」


「ルリちゃん、メルリスって全部で五千人くらいいるのよ。さすがに無理」


「五千人・・・・・・まさか全員が首都にいるわけではないよな?」


「普段なら国中へ散ってるんだけど、エルフリーデが呼び戻してるかも。この戦い、エルフリーデも本気で私たちを潰すつもりならそれくらいはやると思う。メルリス達がいるとしたら第七環境地区、この先の門を開ければわかるよ」


「開けてびっくり、ってやつ? もぅ、胸が躍りすぎて息切れしちゃ――って! まえまえ!?」


 第七環境地区の門はもう目の前、というところでルリの声が響いた。

 門は中央広場を抜けた先にあるのだが、そこには戦車大隊が主砲をこちらに向けて待ち構えており、曲がり角から出て来た私たちと鉢合わせになった。距離にして約百メートル。

 武器を構えて突入しようとした時、数台の戦車の砲身から弾が発射された。その砲弾の音を聞いた瞬間、背筋に悪寒が走った。


 砲弾が放たれる直前、戦車内で装填手がどの砲弾を指示されたのか、猫の耳が捕らえていた。

 あれは榴弾だ。鉄鋼弾とはわけが違う。この距離でそんなものを受ければ木端微塵だ。


「つかまって!」


 そう言ったのはソニアだった。

 モノノケの力がないソニアには聞こえるはずもない会話であったはずだから、この判断は彼女なりの直感だろう。ファルクスの剣を空にかざし、飛び立とうというのだ。

 私とルリがソニアの腕にしがみついたと同時、私たちの体は大地にもうもうたる粉塵を巻き上げて飛び上がった。


 直後、ずうん、と重たい破砕音と共に、放たれた砲弾が大地を削り取った。


 目の前が白くなり、両脇に聳えていた建物がガラガラと崩壊していくのが見える。

 放たれたのはやはり榴弾。

 着弾と同時に爆ぜ、周囲一帯を飲み込む驚異的な飛ぶ爆弾だ。あれを刀で斬ろうとしていたら、今頃は粉になっていただろう。

 私たちは立ち並ぶ建物よりも高く浮かび、眼下で灰塵が煙幕のように広場で立ち込めているのを見ていた。


 と、私たちの更に上から巨大な影が次々と襲い掛かってきた。

 空にはまだ恐るべき獣達が飛んでおり、突如として空へ舞いあがって来た標的を喰らおうと蠢いている。


「やっ、ちょっ! アヤメちゃんとルリちゃん抱えたままじゃ戦えない! っていうか重い」


「おもっ!? 失礼なこと言わないでよ!」


「言ってる場合か! ルリ、降りるぞ。私たちは空中で戦う術を持たないし、ソニアの邪魔になる」


「ふん」


 私たちが飛び降りる寸前、数匹の獣がこちらに向けて口を開いた。獣たちは牙も、足の爪も使うつもりはないらしい。薄気味の悪い口の奥から、無数の火の粉が噴き出すのを見て胸の底がざわめく。空中であれを向けられたら、避けることができない。


「だめ!」


 手を放した私とルリの体を、ソニアはもう一度掴み。そのまま大地へと一直線に飛ぶ。

 火箭(かせん)が私たちの後を追うようにして迫った。二人抱えて空を飛ぶソニアにとって、空の王者たる獣の攻撃は厄介だろう。辛うじて炎を躱し続けているが、獣はこの好機を見過ごすはずはない。


「粉塵の中に飛び込むよ! 煙に紛れたところで反撃しよう!」


 ソニアの提案に、私たちは瞳を向け合って頷く。

 鈍く鋭い獣たちの咆哮が鼓膜を揺さぶる中、私たちはなんとか大地にたどり着くことができた。


「散会だ! 奥からはまた戦車が――」


 そう言った時、榴弾の着弾によりできた灰塵の幕が拭い去られた。

 風が吹いていた。


「うわっ! なにこれ!」


「っく、突風!? どこから」


 その風は髪が浮き上がってしまうほどの強さで、目を開けることも困難であった。塵は一瞬にして吹き飛ばされ、私たちがどこにいるのかが浮き彫りになる。広場にいる戦車大隊が砲身をゆっくりとこちらへ向け始めた。


 獣が、路地にいる私たちを見ていた。

 前から、後ろから、屋根の上から。

 気づいた時には完全に囲まれていた。


 こいつらの羽が生んだ風が、私たちの姿を露わにしてしまったのだ。


 はたとして固まっている私たちに向け、その大きな口が開かれた――


 と、その時だった。


 モノノケの力を解放していることにより、私の猫の耳は遥か頭上を飛行する何かを察知した。その轟音は排気タービン型の双発エンジンがプロペラを回転させている音だった。見上げれば高度二千メートルほどを飛行しており、目視でも確認できる。

 最も恐れていた事態である敵の増援ではないかと思ったが、妙なモノが目に入った。その大型戦略爆撃機と思われる飛行物体は、腹にワイヤーを垂らして何かを吊り下げていた。それは巨大な人型の何かで、手足をブラブラさせながら空に浮かんでいるようにも見えた。


「アイオーン」


 エンジン音に釣られて上を見たソニアが呟いた。


「なんだそれは?」


「アーバン国の・・・・・・フィオ王女の国の鋼鉄の兵士だ! あれは私たちの味方だよ!」


 ワイヤーの切れる音がして、それは私たちの目の前に落ちて来た。

 ズズゥン、と重い振動が足を通して伝わってくる。

 人型のそれは私たちを飲み込むほどに大きく、右手に巨大な銃、左手には巨大な剣を持っていた。腰部に内蔵されたエンジンが、見る者全てを威嚇するような咆哮を上げる。

砂塵が漂う中、堂々としたいで立ちの巨大な兵器はまるで巨人であった。


 さらに注視する。

 全身を覆う装甲はオリーブドラブに染められており、右肩の部分にはアーバン国の王族の印が刻まれている。


「フィオ様・・・・・・本当に援軍を」


・・・・・・・・・・


 それは機械大国アーバンで造られた兵器、アイオーンと呼ばれる搭乗型のロボットであった。

人型を模して造られた兵器であり、体長は六メートルほど。背中にある後部ハッチを開けて、一人の人間が乗り込む作りになっている。

関節駆動部分にある円形のジョイントから、全身を覆う鎧のような外部装甲に至るまで、全て特殊合金でできている。この合金はあらゆる重火器に対し、驚くほどの強度を見せた、アーバン国自慢の一品である。


・・・・・・・・・・


機械兵器アイオーン目掛け、獣たちが一斉に火を吐こうと口を開いた。


が、次の瞬間にはアイオーンの放った散弾銃の餌食となっていた。


ガアン、とけたたましい炸裂音と共に、二匹のワイヴァーンの顔を無数の鉄球が喰い破った。リロードと同時、銃から飛び出した薬莢は戦車の砲身ほどもある。


アイオーンの上半身がぐるり、と反転し、背後にいた二匹のワイヴァーンもまた散弾銃の餌食となる。

巨大ななりではあるが、恐ろしいほどに素早い。ロボットというよりは、大きくなった人のような動きである。

アイオーンは上下左右の揺れを軽減しつつ二足歩行を行うため、両足は椀部よりも巨大な作りである。従って素早く走ることはできないが、腰の部分を180度回転させたり、腕の関節を反転させたりと、上半身の機動性はかなり高い。


両腕の先には人と同じような拳と五本の指があり、その手に機械兵器アイオーン専用の銃器や剣を持つことが可能になっている。巨大ロボットの持つ銃器ともなれば、それは戦車以上の破壊力を持つ。皮膚の厚いワイヴァーンといえど、これには一たまりもなかった。


『助太刀する、ここは任せて進むがいい!』


 アイオーンの頭部から聞き覚えのある声が聞こえた。


「エアか」


 フィオ王女の警護をしていた女性が、このアイオーンに搭乗しているらしい。


『さあ、盛大にいこう』


 駆動音と共に、アイオーンの右手がぐいっと持ち上がる。その銃口の先にあるもの。

 それは前方の広場で慌てふためく戦車団ではなく、その背後にある第七環境地区へと通じる扉であった。


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