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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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ベルセルク

 これまで戦争に勝利し続けてきたヴェルガ国が、首都に大群の侵入を許すなど前例がなかった。アウレリア暗殺のため数名の賊が入り込んだ過去はあるが、今回は規模そのものが違う。数百人に及ぶ反乱者達が、既に第六環境地区まで侵入しているのだ。

 ヴェルガの首都は今や戦場と同じ緊張と士気が漂っている。反乱者たちの勢いは衰えず、このままでは城へ通ずる最後の砦、第六環境地区までも制圧されようとした時、エルフリーデの命令が下った。


“第六環境地区に全兵力、及び兵器を投入せよ”


 その第一陣となるのがベルセルクと呼ばれる者達であった。

 ヴェルガにおける光の騎士がメルリスであるとするならば、闇の騎士と呼ばれるのがベルセルク。



・・・・・・・・・・


 

 かつて星々をめぐっていた闇のエルレンディアが、人間を隷属させるために作り上げた力の剣があった。全体が闇で覆われたこの黒剣、呪いや毒など様々なものが込められている。


 アベヌガム地方で、太古より生き続ける大樹の中にあったこの黒剣は、当時のメルリス達によって引き抜かれ、今はヴェルガで保管されている。闇の力を制するため、研究が始まったのもこの時期であった。

黒剣の刃には口にしてはならない闇の言語が刻まれ、それが使い方を示していた。曰く、一突きされれば、たちまち心に潜めた闇が膨れ上がり、悪の眷族となるのだという。かつて闇のエルレンディアは、人間の心を闇に染め、意思を奪い、自らに従属する恐るべき兵隊を作り上げていたのだ。

 剣は僅かな傷からでも、容易に人間を闇の住人へと誘う。闇に呑まれた人間はいくつかの自然ならざる力を得ることができた。

 

 吐息、言葉、視線を相手に向けるだけで、並みの人間であればたちまち深い絶望に突き落とすことができる。そして身体的にも、本来人の持つ力を十倍に引き上げた。唯一の弱点として光りにめっぽう弱く、日中は屋外での活動ができないほどである。

 こうしたメルリス騎士団の記録に目を向けたエルフリーデとアリス。恐怖を忘れ、死をも厭わず命令には忠実。闇の騎士は役に立つ、と踏んだ二人はこれまであらゆる場所へ騎士達を派遣していた。その騎士達、戦争の必要がなくなった今は、このヴェルガ城へ戻ってきていたのである。

 彼らは光を浴びぬため、全身を覆う銀の鎧を纏っている。鎧は光だけでなく、銃弾からも守れるようかなりの重量である。だが、常人には重すぎる鎧でも、身体能力が向上している彼らにとっては絹の衣となんら変わりはなかった。

 

 人を魔物に変える恐るべき黒剣の名はベルセルクと言う。いつしか闇の騎士達にも、その剣と同じ名がつけられた。



・・・・・・・・・・


「ベルセルクだ! まともに立ち会うな!」


「鎧を壊せ! 光を当てれば弱る!」


 混乱の最中、そう言った声がいくつも飛び交っていた。だが、突如として現れた敵に心を乱した兵隊と、意気揚々と待ち構えていたベルセルク達とでは、戦力の差よりも有利な点があった。

ベルセルクの戦闘能力は極めて高い。人間を超越した身体能力と、獅子の爪を模した手甲を用いて敵を屠る。瞬きする間に人並みを縫って進み、それに遅れて兵士たちが空中へと舞い上がっていく。その直後に悲鳴がこだました。まるで遅れてやってくる衝撃波のようであった。一挙手一投足が大気を爆発させているのだ。


 銃を撃っても、頭部、胸部、四肢とそれぞれの部位に装着した銀色の鎧が、全て弾き返してしまう。肩や内股など、鎧をまとっていない剥き出しの人体に当たっても、眉一つ動かさずに攻撃を続ける。一騎当千の狂戦士である。

 


・・・・・・・・・・



 血なまぐさい光景が眼前に広がっていた。

 このままでは作戦そのものが崩れかねない。


「新手か!」


 柄を握りしめ、得体のしれない戦士たちを見据える。人波を進む者が十、壁を走っているのが十三、合計二十三人が数十人の味方を次々と蹴散らしていく。

 踵で地を蹴って飛ぼうとした時、私の頭上の上をいくつかの影が飛び越えて言った。

 緋色の着物を着た少女たち。頭や臀部からはそれぞれ、犬、猫、猿などさまざまなモノノケの力の証が見て取れる。少女たちは刀を握りしめ、ベルセルクに迫撃した。


 やあああ! と掛け声と共に放たれた横一線が、一人の狂戦士の首を彼方へ吹き飛ばした。


「首を落とせ! そうしないとケダモノは死なない!」


 首を落とした一人の少女が叫んだ瞬間、その体がくの字にのけ反った。壁を走っていたもう一人のベルセルクが突進したのだ。着物の胸元がはだけ、そこには鋭利な爪が深々と突き刺さっている。顔を顰めた少女は、それでもこちらを振り返った。


「アヤメ殿! ここは我らが! 行ってください!」


 そうして刀を逆手に握り、敵の背中もろとも自らの胸部に突き刺して果てた。「やめろ!」と叫んだ私の声は、届かなかった。

 互いに仲間を失ったことで、いよいよ悲鳴や怒りの叫びが上がった。金剛力士のような腕力と韋駄天のような瞬脚はほぼ互角。桜花のサムライとベルセルク達は互いにもつれ合っての戦闘となった。


「ソニア、ルリ! 突っ込むぞ! これ以上の犠牲は出させない!」


 言うが早く、刀を振りかざして混乱の最中へ突っ込んだ。

 この場を委ね、先へ進むことなどできない。命を賭して戦おうとする者達を、これ以上失うわけにはいかない。


 うあああ! とまた悲鳴。


 ベルセルクに注意が逸れた隙に、ヴェルガ兵たちの乗った小型自走砲が奥の通路から現れた。砲身から75mmの榴弾と、副武装である重機関銃が轟いた。ここまで進んできた味方達が次々と餌食になっていく。

 何名かのサムライ達が刀で銃弾を斬ろうと試みるが、防御が叶わず蜂の巣にされてしまうか、背後から迫ったベルセルクや、別の歩兵の放った銃にやられてしまう。


「散会しろ! 建物の中に逃げ込め!」


 ある隊長の叫びで、ようやく混乱していた兵たちが動き出した。

 体勢を低くし、急ぎ建物に避難する者や、負傷した見方を担ぐ者。各隊の陣形が乱れているので、各々の判断で散り散りになっている状態だ。


 その後を、容赦なくベルセルクが追いかけていく。


「っち」


 狡猾に隙を狙って飛びかかろうとした一人のベルセルクの前に飛び出し、真っ向から唐竹割に刃を振るう。黒い血煙を吹き出したバケモノは、ぐりんと目玉を白く剥いて果てた。このベルセルクを含め、何名か倒しはしたが、まだまだ奥から湧銀の甲冑をつけたベルセルク達が湧き出てくる。

 

 敵の兵士と、私たちとでは数に差がありすぎるのだ。ここまで反乱軍が全く無傷のまま進めたわけではない。兵と武器の数、はたまた地の利でも劣っていた私たちだ。戦車や小型自走砲、土嚢(どのう)陣地に固定された重機関銃など、武器に優れる敵陣。地下のトンネルから這い上がって来た私たちに、同じ武装はない。既に百名近い犠牲が出ているのは間違いない。

 単独で多勢を各個撃破するのは望むところ。そのための力も精神をすり減らさない術も心得ている。しかし、味方が目の前で奪われていくというのは、身を裂かれる思いである。


「大丈夫だよ」


 敵に向かって駆ける私に並走していたソニアが言った。


「これ以上の犠牲は出せない、ならさ」


 その手にファルクスと呼ばれる光の剣。高々と掲げてにやりとする。


「倒れるはずのない私たちが全部相手をすればいい」


 あまりにも堂々と言い放つその言葉と、愚直なまでの正面突破。恐れを知らないこの騎士に気圧され、数秒の間は自走砲の重機関銃が戸惑いを見せていた。


「先行くよ!」


 だん、と地を蹴ったソニアは、四方から迫るベルセルクの間を縫うように駆け抜けた。一瞬だけ光を帯びた剣が振られると、花吹雪の如く血飛沫が舞い上がった。

 それを目の当たりにしていた私とルリは、目配せし合って速度を上げた。


「遅れをとるわけにはいかないね」


「ああ」


 狙うは自走砲。

 砲弾と銃弾の雨が襲い来るが、三位一体となった私たちを止められるはずもない。


「おのれ化け物どもめがあ!」


 重機関銃を撃ち続ける兵士の言葉が聞こえた。彼に私たちはどう見えているのか。豪快に戦場を駆ける鬼神か何かを見るように、目に色濃く怯えが浮かんでいた。

 解放したルリの放つ根が重機関銃を締め上げ、私の斬鉄の横なぎが砲身を斬り裂き、ソニアの刺突が車両を中央から両断した。

 爆炎と共に崩壊した自走砲。そこから出る熱は空気を炙り、視界の先に陽炎を作り出している。水を通して見るようなぼやけた視界の先に、見たことのない驚異の生き物の目がギラリと光っていた。


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