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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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反乱~第六環境地区 東側

 ヴェルガ城、城下町第五環境地区をほぼ制圧した反乱軍は第六環境地区へと侵攻していた。

反乱軍のため、道を切り開いているのは桜花の二人のサムライである。


「ルリ! 合わせろ!」


「うん!」


 モノノケの力を解放したアヤメとルリの瞬脚は、並みの人間では捉えられない。石畳の上、赤煉瓦の壁、屋根瓦などをまさしく疾風の如く駆けた。一陣の風であるかのように、足音もなく、衣擦れの音もなかった。


 ヴェルガ軍は陣を組んでの一斉射撃にて侵攻を阻止せんとしたが、天姫により鍛え抜かれた二人のサムライはものともしない。二人は銃弾をはっきり目視しているわけではない。ただ銃声が響けば、空気をつんざいて飛来する弾丸の方へ、刀を導いているのみだった。自らへ向かい来る何かを本能で察知し、無意識のうちに(ほふ)っているのだ。


 いくらトリガーを引いても、聞こえるのは宙空で弾丸が斬り裂かれる音。両断された弾丸の名残である火花が散ったと見るや、いつの間にか体を斬り裂かれるという有様である。

 ほとんどの兵士は弾倉にあらん限りの弾を使い切る前に斬られて倒れた。

 通常の銃弾は躱され、或いは斬り裂かれて足止めにもならない。


 ヴェルガ軍第六環境地区駐在の指揮者は、ここでフォトンと呼ばれる弾丸の装填を命令する。

 フォトンとは、特殊合金で錬成された弾丸であり、恐るべき破壊力を持つ。かつてアヤメの刀はこの弾丸によって折られている。


 地上部隊がこのような対応を行っている時、アヤメとルリは四階建ての建造物内に突入し、駐在していた兵士たちを無力化していた。民間居住区、軍の施設、あらゆる建造物に敵が潜み、待ち伏せをしている。疑わしき場所には突入し、安全を確保しなければ、後から続く味方がやられる。

 建物と入り組んだ道が多い市街戦で、戦車等の車両は侵攻が難しい。だからこそ歩兵の戦力で勝負は決まると言ってよい。アヤメとルリは戦線を左右する立場にある。


「はあっ!」


「やあっ!」


 既にモノノケの力を解放した二人の剣は恐ろしいほどに冴えわたっている。

 右に飛んだと見るや、天井を駆け抜け、後退したと見れば背後を取られ、到底、補足すべくもない。右往左往するうちに、全員が一太刀の下に倒れ伏すような始末である。


「投降しろ! これが最後だ!」


 アヤメの声は銃声が反響する室内であっても確かに届いていた。

 しかし、屈強な精神の兵士たちは仲間が斬られても怯まず、むしろ憤って命を懸けて戦いに臨んでいる。下の階から、上の階から、怒号を発しつつ、ぞろぞろと目の前に現れる。敵の数が減らないので、三階で足止めをくっているのが現状だ。


「きりがないな。ルリ、種は使えるか」


「うん、五秒後に」


「わかった」


 銃弾の雨を躱しつつ、ルリが懐から取り出したのは胡桃(くるみ)ほどの種。それが放られ、床に落ちた途端、種が砕けてツルが躍り出た。

 しなやかに伸びるツルは瞬時に肥大し、周囲一帯で驚愕を浮かべる兵士の体を絡み取った。兵士たちは四肢を縛り上げられ、壁際や天井で磔にされた。その光景はまるで室内に張り巡らされた蜘蛛の巣である。


「終わったね」


 ふぅ、とルリが一息つきながら言う。


「ああ、次は第七環境地区の門へ続く大通りだな」


「うん、休んでる暇ないね。時間をかけすぎると奇襲の効果が――」


 パリン、と窓ガラスが割れ、何か思い鉄の塊が床に落ちた。ゴトゴト音を立て、床の上に半円を描きつつ転がるそれ。


「手榴弾だ!」


 アヤメが叫ぶと同時、二人は殆ど反射的に飛び上がり、窓を突き破っていた。


――なんて奴らだ、味方ごと私たちを殺すつもりか


 三階の窓から身を投げた瞬間、アヤメの中に怒りが浮かんだが、すぐに、あっ、と表情を固くした。

 窓から飛び出すのを見越していたのか、路地には数十名の部隊が既に待機しており、アヤメ達の降り立つ場所を狙うようにして、重機関銃の銃口が向けられていた。

 頭上で手榴弾が炸裂する音が響いた。それを合図とするかのように着地の前から、既に弾丸は放たれていた。銃口から火炎が躍り出て、一発が致命傷となる狂気の弾丸が迫る。


「私が食い止める! ルリは退け!」


 斬鉄の気合で、弾丸を斬り裂く。弾はアヤメに触れる寸前で両断され、背後の壁や石畳の地面へと埋もれた。鉄を斬り裂く音と共に火花が散り、背後では壁に埋め込まれていく弾の欠片が粉塵を巻き上げていた。


「アヤメちゃん一人じゃ無理だよ!」


 ルリはアヤメの前に出て、身を低くして構えた。アヤメの下半身に迫る弾丸を請け負っているのだ。二人は刀を車輪の如く回転させ、迫りくる弾丸を両断し続けた。


「っぐ」


「これじゃっ、動けないよ」


 汎用重機関銃は二百連発の布製ベルトにつなげた弾丸を、毎分四百発の速度で連射する性能を有していた。まるで迫る激流を叩き割っているようであった。僅かな隙で二の太刀を生み出せなくなれば、瞬時に体は粉と砕けるであろう。

弾丸を斬り裂くことに手いっぱいで、動く余裕がない。足を縫い留められてしまった。

 そんなサムライの表情を察したヴェルガ兵たちは、手にした手榴弾のピンを抜いた。この状態で、手榴弾を弾き返す余裕はない。

 力の解放は著しく体力を奪うが、ここで朽ちては意味がない。そう決心したアヤメが、左手の包帯を解こうとした。


――が、その時。空から飛来した赤髪の騎士が、サムライと重機関銃の間に立ちはだかった。突風と共に舞い降りたその姿は、雷の化身たる妖精を思わせた。


「ソニアさん」


 ルリが言うより早く、ソニアはさっと剣を横に振り抜いた。

 騎士の剣は、サムライの刀とは似て非なるもの。

強固なつくりである刃は、弾丸を斬り裂くのではなく、砲手に向けて打ち返すことを可能とするのである。

 弾かれた弾丸の全てが、ヴェルガ兵の胸部、心の臓を正確に射抜いた。彼らは揃ってどうと倒れ伏した。



・・・・・・・・・・


 危ういところをソニアに救われた。

 そう。この左腕を今使うことは、とても危うかった。


「すまないな、助かった」


「お、アヤメちゃんがお礼なんて。いいよいいよー」


 剣を鞘に納めたソニアは髪をなびかせ、微笑みで応じた。戦場であるが故、さすがに常のような人懐こい笑みではなかった。

 助かったと思った途端、体にずっしりとした重みを感じた。一時的な緊迫からの解放で、疲れが現れてしまった。いけない、まだまだこれからであるのに、と自分を激励する。

額に浮かんだ汗を指で拭い、ルリの様子を見ると、彼女は潤んだ目で短刀を眺めていた。


「あぁ、刀が、あたしの刀ぁ」


 ルリの短刀は虫に食われたように所々が欠けてしまっていた。フォトンと呼ばれる弾に耐えられなかったのだ。

 サムライにとっての刀は半身そのもの。大切に磨き、共に鍛え、いくつもの死線を乗り越えてきたのだ。刀が折れるのは、かなり心にくるものがある。


「心中察するが、天姫様から頂いたものを使え。ヴェルガの弾は固い。通常の刀ではそうなってしまうぞ」


「・・・・・・うん」


 ルリは腰に差していたもう一つの短刀を抜き、鋭い視線をソニアに向けた。


「ソニアさんあたしたちに合流すんの遅すぎ、何してたの。まさか空飛んでるのに道に迷ったわけじゃないんでしょ?」


「ま、迷ってないよ。ただ予想より戦車の数が多くてね、空からだと色々見えちゃって」


 それを聞いたルリはますます頬を膨らませてソニアに詰め寄る。


「作戦通りやってよね、まだ折り返しでもないんだからさ。あんまり色々なとこに顔出してると消耗するよ」


「うん、気をつけるね、ごめんごめん」


「刀のことはソニアのせいではない。落ち着け」


 ジト目で迫るルリを窘めるため、背中をさすってやる。


「さて、この地区はあらかた片付いたか」


第六(ここ)って第五(さっき)に比べたら、大分兵隊の質が違うね。投降を呼びかけても相手にしないかんじ」


 第五環境地区の兵士たちは私とルリが突進して数名切り伏せれば、何名かは武器を捨てて降伏したが、この地区の兵士は命を捨ててでも戦いを選択する者しかいない。先刻も兵隊に呼びかけたが、誰一人として武器を捨てる者はいなかった。


「作戦で言ったとおりだよ」


 ソニアは倒れ伏した兵隊たちを見つめながら、苦々し気に言う。


「第六環境地区以降は、エルフリーデが信頼を置いている部隊しかいないから。残虐非道で好戦的だよ」


「そのようだな。味方ごと敵を殺そうとする奴らだ、察しはついている」


「簡単に言うと、シュタインみたいな兵隊がたくさんいるような感じかな」


「・・・・・・それは投降しそうもないな」


「そう。これからは一層気を引き締めてね」


「ねえねえアヤメちゃん。シュタインってだれ?」


「ヴェルガの軍人。あまり思い出したくない奴だ。今のうちに水を飲んでおこう、これからは飲む暇などないと思うからな」


 私たちが一息入れていると、ようやく反乱の同志たちが追いついた。百人を超える兵たちがそれぞれの銃を手に、こちらへ駆けてくるのが見える。


「道は開いた。ここは彼らに任せて私たちは北側から攻めるか」


 ひと段落したこの場と違い、北側の方からは未だに銃声が響いている。苦戦しているようだ。第七環境地区までの門は全て開け放たなければ、作戦の成功は遠のいてしまう。


「ルリ、時間はどうだ? 遅れてるか?」


「そんなことない、予定の時間ぴったりだから」


「そうか。だが、奇襲もここまでのようだな」


 奇襲が功を成したのも、大勢のヴェルガ軍を無血で制圧できたのも第五環境地区までのことである。銃声が響き、時間も経った。これより先の兵達には、私たちを迎え撃つ用意が整っていると見るべきである。

 武器を持った同志たちが次々に目の前を通過していった。路地を進む者、屋根の上を警戒して進む者、ここまではほとんど犠牲を払わずに前進できている。


「すまない、ご苦労だった。少し休んでいてくれ」


 ある隊長がそう言い残して前進していく。既知のこととは思うが、これより先の敵兵の危険性について言おうとした時、悲鳴と共に肉を斬り裂く音が響いた。音のする方を見据えると、数人が軽々と宙に吹き飛ばされていた。彼らは皆一様に血を噴き上げ、地面に叩き付けられるより前に絶命しているのが見えた。


 ベルセルクだ! 


 叫び声が聞こえた。


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