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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
アヤメ篇
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執念と無力

 ルリはクリステルを担ぎ上げると、屋敷の寝室へ向かった。

 

 自分よりも身長の低い少女に軽々と担がれることにクリステルは恐怖した。

 寝室に辿り着くと大きなベッドにクリステルを放り投げ、荒縄のようなツル草で彼女を縛り付けた。

 ベッドの上で仰向けに転がされたクリステルは、大の字に拘束されている。


「さて、と。どうしようかな」


 ルリはベッドに腰掛けてクリステルを改めて見定めた。

 桜花の軍部が標的であるクリステルの写真を渡してくれた時、「もったいないな、どうせ殺すのならその前に楽しみたいものだ」と言ったことを覚えている。


 目の前の少女は確かに美しい。

 誰であろうと一目見れば抗えない引力に引き込まれ、見惚れてしまうだろう。美を宿す者は見る者の心に魅惑や妖艶を植え付けるのだ。


 腰まで届く長い金色の髪、それよりも光るのは碧い瞳。瞳の奥にある鮮やかな光は、覗き見た者を魅了する。

 ふっくらとしたミルク色の肌と薄いピンク色の唇。着ているのは柔らかな生地を使った、上品でシンプルなワンピース。


 その下には艶やかな曲線を描く体が隠されているのだろう。肩口やスカートの裾は花模様のレース編みがあり、そこから延びる手足もまた魅力的な肉体美を思わせるには十分である。


「お願いがあります」


 クリステルが言った。


「お願い?」

「付き人たちは私の命令に従っていただけです。どうか助けてあげてください」


 ルリはクリステルの頬を力いっぱい打った。そうして髪の毛を掴み、目が合うところまで引っ張り上げる。その瞳は痛みと動揺で揺れていた。


「あは、わかってる? お姉ちゃんはあたしに生死を握られているの。そんな人が簡単にお願いなんてできる立場なの?」


 クリステルは無力なのだ。それがわからず、こちらに要求をするなど何様のつもりなのだ。浅はかな発言をした罰を与えなければならない。もう一度くらい体に教えたほうが良いだろう。


 握りしめた拳で力任せにクリステルの腹部に殴打を加える。


「グっ、っ! がはっ」

「お前たちはあたしたちの国をめちゃくちゃにしたんだ! たくさんの人が死んだ――お母さんだって! そんな奴がっ! そんな奴が部下の命を助けてほしいだなんて、笑わせないでよ!」


 けほけほ、と苦しそうに咳き込む皇女を見て、ルリは満足そうに笑った。


「あなた、家族を?」

「みんな死んだよ」

「・・・・・・あなたの言う通り、多くの血が流れました。私たちヴェルガ人が罪を犯したためです。ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 瞳を閉じて謝罪する皇女の姿をルリは解せずにいる。

 たいてい命を握られている者は、泣き叫んで謝罪する。だがこの皇女の言葉は命乞いにしては、反省の色が濃いものだった。


 ルリはもう一度クリステルの頬を叩いた


「うっ!」

「ふーん、回りくどい命乞いをするんだね。そうやって憐みを引いて助かろうとする・・・・・・そうだよ、ヴェルガ人は口がうまいもんね。アヤメちゃんもそうやって騙したんだ」


 ただでは済まさない。死ぬまで痛めつけ、悲鳴と絶叫を上げさせて殺す。改めて心に決めると血が滾っていく。


「許せない、アヤメちゃんはあたしのなんだ。誰にも渡さないから」

「アヤメ、さん?」


 クリステルは痛みに悶えながらもそう口にした。

 その瞬間、碧い瞳の奥に光るものがあった。淡く、しかし決して消えずにほのめく恋の光だった。


「あなたは、アヤメさんのことを知っているのですか? 教えてください、彼女は無事なのですか?」


 皇女はこれまでにない動揺を見せた。想い人を気に掛けているというのが一目瞭然なのがわかる。

 ルリは音もなく立ち上がると、クリステルの顔を踏みつけながら言った。


「うるさい。お姉ちゃんの口から、その名前は聞きたくない」


 生まれ落ちた日より、踏みつけられる経験など皆無であろう皇女。頭蓋を砕く勢いでルリは力を込めた。ミシリ、と押しつぶされる音が深くなる。


「あっ、ああ、お願いです、教え、て」

「アヤメちゃんは捕まったよ。とっても苦しんで、痛い思いをたくさんしてるの!」

「そ、そんな、あうっ」


 クリステルのアヤメに対する想いが清澄であるのは一目でわかった。しかし二人の仲を邪恋と見る者にとって、ひたむきな愛ほど毒の針となって心に刺さる。

 アヤメもアヤメだ、と思う。

 アヤメの目にも恋慕の光が映っていた。それが自分にではなく、汚らわしいヴェルガ人に向けられていることがたまらなく嫌だった。


「ねえお姉ちゃん」

「いたっ」


 再び髪を鷲掴んで、顔を持ち上げる。


「アヤメちゃんと口づけしたんでしょ?」


 クリステルは瞳を大きく見開き、すぐに顔を逸らした。頬を引きつらせ、唇は噛みしめられている。真実を告げられない者の反応だ。

 一瞬の沈黙が大きな意味を持ち始める。


 この無言は肯定と見て間違いない。


 ルリの心には嫌悪やら使命やら怨恨やらが複雑に絡み合い始めた。


「そう。したんだね」


 この皇女が憎くてたまらなかった。理性が暗い谷底へ落ちていくような気分だ。

 もう大切な人を奪われるのは耐えられない。

 アヤメが好きなのだ。誰にも渡したくないのだ。

 クリステルを暗殺すると決めた時から、ルリの感情にはある変化が生まれていた。

 

 一度他の女に惹かれたアヤメの心を虐めてみたい。それは愛情を注いでいる相手に抱くには矛盾ともいえる感情であった。だがルリは、愛する者の苦しむ様を見ることで悦を覚えることもある、とこの時思い知ったのである。


 そのためにはアヤメが恋した相手が、絶望の中で果てる様をしっかりと堪能しなければならない。すぐに殺したのではつまらない、じっくりと時間をかけて殺す。そして首を切り取って、アヤメの眼前に掲げてやろうと思った。


「お姉ちゃんからはまだアヤメちゃんの匂いがするね」


 ルリは空いている手でクリステルの衣服を剥ぎ取った。着ていたワンピースが乱雑に破かれ、隠れていた乳房と体が露わになる。


「っ!? な、なにを」


 クリステルの顔が青くなる。


「今からあたしを刻んであげる。お姉ちゃんの体にアヤメちゃんの欠片は残さない」

 

 ルリは恍惚と微笑んだ。


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