反乱~ヴェルガ城内 2
アリスが姿を消してから三か月、アウレリアは一日の大半を捜索に費やしていた。
指輪を渡した想い人は何故消えてしまったのか。酷く嫌われたのか、そもそもが謀られていたのか、今となっては確かめようもない。そういった疑問に苦悩しつつも、アウレリアはアリスを信じることにした。
皇女が指輪を渡すというのは、婚礼の義に等しい厳粛なものである。乙女の中でアリスがいかに燃えているか、十分に伝わる行為と言ってもよかった。アリスも自分の覚悟を承知でいたと信じている。世界の終焉が近いことを知ったあの夜、確かに互いを信じて求めあったのだという記憶が、辛うじてアウレリアを突き動かしているのだ。
アリスは酷い人ではない。突然消えたのには、きっと何か理由がある。
このような考えに至ったのは、恋する乙女特有のもの。
恋とは決して一人では成し得ない。二人の手で愛をすくい取ってこそ生まれる奇跡である。それがどれほど輝かしいことであるか、これは陥った者にしか理解しようがない。アリスが注いだ愛情は夢となり、乙女の胸を憧憬や信頼の炎で燻ぶるのだ。
アリスが自らの意思で消えたとは考えにくい。であれば、誰かに捕らわれているのではないか。
アウレリアの勘が確信に変わったのは、アリス捜索をエルフリーデに窘められた時だ。
――エルフリーデ、あなたですわね
仮に相手がエルフリーデであるならば、下手をすればアリス捜索が物理的に阻止される。そう考えたアウレリアは、大人しく言うことをきくフリをした。
――わたくしがエルフリーデだとしたら、アリスをどこに隠すかしら
エルフリーデとアリスはエルレンディアと呼ばれる特異な者。ヴァーミリオンの起動には二人の力を合わせることが必要である、とアリスから聞いていた。
ならばアリスは手元に置いておきたいはず。
この城のどこかに、アリスはいる。
それも正規の部屋ではなく、誰の目にも触れない場所であるはず。
歴史の長いヴェルガ城は、建て替えを繰り返す度に古びた部屋は閉鎖されていった。壁で埋められたり、封鎖されたりで数百の部屋が陰に埋もれているのだが、一部の部屋が隠し部屋として使用されていることをアウレリアは知っていた。何を隠そう、かつてクリステルとの連絡手段に用いていた通信機も、隠し扉を使ってのものであった。
執事に集めさせた過去百年分の城の見取り図を記憶し、一つ一つの隠された部屋や通路を捜索していた。そしてこの日の早朝も、同じように隠し部屋を探していたら、ドドーンという音と共に壁が揺れた。
三十年前の改築で埋められた通路。そこはアウレリアの小さな体をもってしても、横向きに歩かなければならないほど狭く、おまけに照明などは一切なかった。暗くて狭い洞窟のようである。
歯を食いしばりかろうじて進んでいたところに、突然の爆音と揺れである。驚いて小さな悲鳴を上げた時、手にしていたランプがするりと落ちてしまった。硝子の砕ける音がして、光がフッと消えた。
突如として暗闇の世界に放り出されてしまった。
遠くから悲鳴と、たくさんの人が走り回る音が聞こえてくる。暗闇の中、得体の知れないことが起こっているというのは至極心を締め付ける。
ガサリ、と進む先から何か音が聞こえた。
悲鳴や足音は辿って来た道の方から聞こえるが、今しがた聞こえた音は明らかに進む方向から聞こえた。暗闇の奥で、妖しいモノが息を荒くしてこちらを見ている気がしてならない。早く逃げなければ、今にでも飛びかかってくるかもしれない。
恐怖から、アウレリアは来た道を必死になって戻った。
暗い道をなりふり構わず進んだため、手や足を壁にぶつけて擦りむいたり、頭に煤を被ったりした。そのようにして、なんとか隠し通路の入り口となっていた図書室に戻ることができた。
「誰かいませんの?」
この時間になれば図書室には顔なじみの司書がいるはずであったが、広い空間はがらんとしていて人の気配がなかった。扉を開けて廊下へ出てみても誰もいない。
ただ、城下町の方から銃声や怒号が聞こえるのみである。
「いったい、なにが――あっ」
聞き覚えのある足音が迫った。
咄嗟に図書室の中へ戻り、扉を小さく開けて廊下を見る。
前を横切ったのはエルフリーデであった。
――エルフリーデ、どこへ?
アウレリアは足音が十分に遠のいてから扉を開け、エルフリーデの後を追った。
この時、エルフリーデは高揚から、アウレリアが後をつけていることに気づけなかった。




