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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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反乱~ヴェルガ城内

 城内にいても怒声と銃声が聞こえるほど、反乱の音が迫っていた。

 鉄壁であるはずのヴェルガ城であるが、音から判断するに第六環境地区までは反逆者達の侵入を許したとみて良さそうである。

 

 思いのほか城内の廊下は混乱していた。兵士や使用人たちがひっきりなしに前を行き交う。身長の低いアンジェリカは混乱する皆の視界に入りにくいのか、何度もぶつかりそうになった。うまく避けても人の波の中、肘や足で小突かれたりした。それでもアンジェリカは息を乱しながら、必死にクリステルの手を引いていた。


「待ってアンジェ、待ってください」


 もう少しで皇帝の間へと通じる廊下へ出ようと言う時、クリステルに強く手を引かれ、アンジェリカは止まらざるを得なかった。


「はい、どうしましたかクリステル様?」


「アウレリアの、妹の無事を確かめたいのです。私一人が安全な場所に向かうわけにはいきません」


 恐らくはアウレリアを探し出し、共に皇帝の間へと考えているのだろう。この混乱の最中でも慈愛に満ちた紺碧の瞳は少しも怯んでいない。


「クリステル様」


 クリステルは肩で息をしている。とてもではないが、今から引き返して妹のアウレリアを探すなどできないと思えた。この数か月はずっと部屋に閉じ込められていたのだから、体力が著しく低下しているのは仕方のないことである。


「アンジェリカ、お願いです。お願い」


 アンジェリカが判断を告げる前にクリステルは言った。ふっと迫るクリステルの表情。大切な人のことを想っていることが痛々しいまでに伝わった。


「クリステルさ――」


 アンジェリカがそう言いかけた時、廊下の窓がパキ、と音を立てた。音のする方を見れば、一人の使用人がフラフラと足元のおぼつかない様子で歩いている。何事かと思っていたが、アンジェリカはすぐ異変に気付いた。使用人が歩く度、大理石の廊下に血の斑点ができているのである。


「大丈夫ですか!?」


 使用人はアンジェリカが駆け寄る前にどう、と倒れ伏した。


「大丈夫ですよ! 今治してあげますから、」


 サッと血の気が引いた。

 使用人は心臓を銃弾で撃ち抜かれて、即死であった。あのように歩けていたのが不思議なくらいである。

アンジェリカには天使の力で傷を治すことはできるが、死者は蘇らせることができない。ただ呆然と、目を見開いて天井を仰ぐ死体を見ていることしかできなかった。


 ガチャン! ガチャン!


 と、続けざまに窓が割れた。クリステルは小さな悲鳴を上げ、頭を抱えて床に伏した。


「アンジェ! あなたも伏せて!」


 クリステルが叫ぶ。

 これは故意にこちらを狙っているわけではない。戦いの流れ弾が偶然ここに来ただけだ。それほどまでに戦場は近く、また私たちの命も瞬時に刈り取られる可能性があるのだ。

 アンジェリカは再び背中から純白の翼を生み出した。そうしてクリステルの所まで飛翔し、体を抱きかかえるとすぐさま羽ばたいた。あらん限りの膂力で、懸命にクリステルの体を支えた。

 とにかくクリステルを皇帝の間へ連れていくことが最優先である、と判断した。

 


・・・・・・・・・・


 アンジェリカがクリステルと共に皇帝の間を目指す少し前。

 アウレリアの護衛であるレキは、城内を右往左往していた。


「アウレリア様! どこだ!」


 数分前、爆発の音でレキは飛び起きた。ベッドから降りて窓の外を覗いた時、第二の爆発が轟いた。


「奇襲かよ! んだよ! 城だけじゃなくて航空基地もちゃんと警備強化しとけよな!」


 数か月前、アウレリアの命がコンシェンの暗殺部隊に狙われてから、警備は一から見直され盤石なものへとなったはずであった。

 急いでメルリス騎士団の正装に着替え、アウレリアの部屋へ向かったのだが、


「う、うそだろおい」


 そこにアウレリアはいなかった。

 ベッドの中に手を入れてみると、もう温みは消えていた。

 誰かに攫われたのか。

 だがそれにしては争った形跡もないし、この部屋にアウレリア以外の残り香は漂っていない。暗殺や誘拐とは本来、形跡を残さないものであるがレキの胸にある疑惑が浮かぶ。

アウレリアは明け方のうちに抜け出していたのではないだろうか。


 近頃、アウレリアは失踪したアリスの行方を捜していた。アリスが城を出た形跡も、見た者もいないという理由で、アウレリアは必死になって城内を捜しまわっていた。アウレリアの護衛であるレキはさして止めもせず、自分もアリス失踪が気になっていたということもあり、一緒になって捜していたのだが、ある時エルフリーデから、捜索を止めるようにと言われた。理由は教えてはもらえなかった。深くは追求させないような、エルフリーデの持つ独特の覇気に気おされたレキは仕方なく言われたままをアウレリアに伝えた。


『わかりましたわ。もうやめにいたします』


 以外にも聞き分けが良かった。

 余計な言い争いが始まらなくて、ホッとしていたのだが。


「まさか、今までずっとあたしが寝てる間にアリスを捜してたのか? 今も!?」


 すぐに部屋を飛び出し、手当たり次第に探し回った。

 途中ですれ違ったメイドや兵士たちにアウレリアのことを聞いたが、一つとして有力な情報は得られなかった。

 城のすぐ外で聞こえ始めた銃声と怒号が、レキの心を余計に逸らせる。


「アンジェ、お前は無事なんだろうな。くそっ、アウレリア様見つけたらすぐに行ってやるからあんま無茶してんなよ」

 

 奥歯を噛みしめ、レキは廊下を駆け抜けた。


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