戦いの始まり
ある兵士からの視点、アヤメからの視点、と様々な入れ替わりがございます。
なんということでしょう。投稿から丸2年が経過しました。
今日は記念日です笑
最近は投稿ペースが落ち気味で本当に申し訳ないですm(__)m
今日からは可能な限り一日一回の投稿頑張ります!
曇天。空は濁り水を含んだ綿のような色をしていた。陽が遮られた寒空から、やがてちらほらと雪が降り始めた明け方のこと。
七つの階層から成るヴェルガ城、その第五の階層。第五環境地区の者達はいつもと変わらない朝を迎えた。これから起こる反乱の火種が間近に迫っているなど、誰も想像できなかった。
それが起きたのは午前六時を少し回ったあたりだった。
ヴェルガ城からニ十キロほど離れた場所にある、首都航空防衛基地から爆炎が上がった。
火柱に少し遅れ、次いで凄まじい爆発音が周囲一帯を震わせる。
この爆音は、夢現のままでいた人々を一気に覚醒させた。何事かと、軍人と市民揃って、各環境地区にある見晴らし台へ上った。彼らは城を守る砦が燃えているのを見て、言葉なく立ち尽くした。
紅蓮の炎は地の底から吹き上がったようで、周囲にはもうもうとした黒煙が広がっていた。
その時、第二波の爆音が響いた。先刻よりもさらに大きな火柱が上がる。
今回は爆発の音だけでなく、衝撃波もヴェルガ城に伝わった。
城下町の石畳も、屋内の机やベッドなどの家具も、振動と同時に飛び跳ねた。まるで巨大な何かが地の底を這ったような感覚。経験したことのない揺れに、屈強な兵士でさえも尻もちをついた。
警報がヴェルガの首都に鳴り響く。
軍人は持ち場へ、市民たちはそれぞれの家や、シェルターへ向かった。
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「来たわね」
ヴェルガ城、皇帝の間から炎上する航空基地を見ていたエルフリーデは口端を歪めて笑った。
彼女は焦りもせず、沈着冷静そのものの足取りで向かうべき場所へと歩んでいく。
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同刻、第五環境地区北部
駐在する幾人かの兵士が、足元の揺れに気づいていた。
周囲はパニックに陥った人々が右往左往している。事態を収拾するために出動した戦車も動いている。しかし、この足元の揺れはそのどれとも違うのではないかと感じていた。
中には足が震えだした兵士もおり、自らの足を拳で叩きながら気のせいだと思い込もうとした。
しかし、歴戦の強者達は気づいていた。大地の揺れは行きかう人々のせいでも、戦車のためでも、まして武者震いでもない。まるで地面が蛇のようにのたうつような、こんな揺れは――
戦車隊長である一人の男が無線で支持を乞う。
「こちら第五環境地区、第二中隊戦車団。地面の様子がおかしい」
再び地面がうねり、洗車がグラグラと揺れた。
「この揺れは地鳴りではない! 爆発の衝撃波に紛れて、地下から何かが迫っているんだ! 繰り返す! 下に何かいる!」
無線機からはザザ、ザーという砂嵐の音しか聞こえてこない。
舌打ちをし、たまらず拡声器を使って怒鳴り散らした。
「市民は兵士の指示に従って速やかに避難しろ! ここも戦場になる可能性が高い!」
兵士たちが車や戦車で通路を塞ぎ、市民の避難経路を自然と作り出しているが、パニックに陥った人々は四方に散ってしまい収拾がつかない。中には兵士に掴みかかる者達までいて、暴動の兆しも見え始めている。
戦車隊長である男は声を張り上げて、一人一人の兵士に指示を出し続けた。顔面は火を噴くほどに赤くしても、心は常に冷静である。周囲の様子を見ていて、ある事実に気づいた。
第五環境地区の広場へと続く通路の方だけ、白い煙で覆われている。先ほどの振動のせいでどこかの家から火が出たのかと思うが、それにしては煙の臭いがない。
次いで、やけに周りが静かになっていることに気づいた。いつの間にか市民の姿が消えている。嵐が過ぎ去った後の周囲は、先刻とはうって変わり、不気味なまでの静けさが漂っている。
「市民はどうした?」
ハッチから身を乗り出して、近くにいた歩兵に聞いてみる。
「他の環境地区から応援が来まして、その兵たちが市民の誘導を」
「他の環境地区? どの地区だ、何も聞いていないぞ。そいつらをここへ呼べ」
「それが市民と一緒に消えてしまって。先ほどから無線も通じません――それよりあの煙は火事ですか? それなら消防に要請をしなければ」
「火事には見えない――そう、スモーク弾のような」
それはヴェルガ軍でも最近導入された煙幕を発生させる爆弾の煙に似ていた。
彼らがそんなことを話していると、この日初めて灰色の雲が空に揺蕩って消えた。未だ雪がちらほらと降っていたが、晴れていく空からは陽が差し始めた。陽は風とともに現れ、通路に蔓延していた白煙を拭い去っていった。
そこにいたのは、数百人とも思える兵士達である。
兵士たちはヴェルガ軍の制服を纏っていた。他の環境区画からの新たな援軍かと思えるが、すぐさまその異変に気付いた。
誰もが混乱を収束しようと躍起になる中、目の前に現れた集団の瞳は明らかに異彩を放っていた。明確な目的を持ち、信念のためであれば死をもいとわない。戦場で見る兵士たちの目そのものである。
「我らはヴェルガ国皇家のために身を捧げる者達である! 皇帝陛下を傀儡とし、非道な戦争を起こしてきたエルフリーデを打倒するために参った! 無用な血で城下を汚したくはない! 武器を捨てこの場を離れよ!」
ゆっくりと歩み寄ってくる一団から声が上がった。
これを聞いた戦車隊長はすぐさま車内に指示を出した。
「まさか、地面の揺れは奴らか。反逆・・・・・・反逆だ! 奴らを狙え!」
戦車の砲身がゆっくりと動き出す。
砲身が動く速度は遅い。人力で動かしているかのような速度である。戦車に乗り込む者達にとってはもどかしい時間であり、砲身を向けられる者達にとっては恐怖が蓄積される時間である。
「我らは皇家のために戦う! 繰り返す! 無益な殺生は望まない! そちらが発砲すればこちらも応射する!」
再度、反逆者達から声が上がった。
戦車長にとってその声は命乞いにしか聞こえない。
「反逆者共、どちらが優位か見えていないのか」
生身で歩く人間と戦車に乗り込んだ人間。どちらが優位なのかは明らかである。
開閉ハッチの隙間から、こっそりと覗き見る。とーー
「なんだあれは?」
こちらへ向かって歩いてくる一団の中に、桜花人と思しき者達が確認できた。
「キモノだと!?」
戦地から届けられた戦場写真を見た日は、未だ記憶に新しい。
桜花人は着物を来て、戦場に立つのだ。
「何が皇家のためだ、なぜ桜花人が紛れている・・・・・・裏切り者どもめ。この国はもうエルフリーデ様のものだ」
鬱屈とした思いが脳裏をかすめている内、砲身が迫る反逆者達の方へ固定された。
「撃て!」
そう命じたと同時、戦車の砲身が真二つに斬り裂かれた。
砲身はゴトン、と地面に落ちて行った。
「ええ!?」
有り得ない、とハッチから身を乗り出すと、白く透き通った足が目に入った。
「おはよ、隊長さん」
その声に顔を上げる。
赤い髪と、緑の双眸。そして隙がなく整った顔立ち。絵画から飛び出してきたような女神の顔を見間違えるはずもなかった。
「ソ、ソニア・エルフォード」
メルリス騎士団でも群を抜いて優秀なソニアが反乱に加担している。そのことに衝撃を受けたが、あることにも衝撃を禁じ得なかった。
ソニアの唇は、桃色の紅が差されていたのだ。
・・・・・・・・・・
突入より十分前。
「ピアちゃん、私頑張るね。だから見ててね」
ソニアはピアの形見となった桃色の口紅を取り出した。
もう作ることができないピアとの思いで。
だからこそ、決して忘れないために。ピアのことを想うが故に。ソニアは唇を桃色に染めたのである。
・・・・・・・・・・
にこりと微笑んだソニアが戦車の上に立っていた。
その手には光り輝く剣が握られている。磨き上げられた鋼身が空の光を反射させ、戦車長の目をくらませた。次に目を開けた時、ソニアはいなかった。光の剣を手にした女騎士は、空気をつんざく音を残して飛び去っていった。
オオオオオオオオ!
何人もの咆哮が通路から響き渡った。
戦場で響くはずの声がヴェルガの首都で上がっている。
「突撃! 城を目指せ!」
この掛け声とともに、反逆者達は歩むのを止めて走り出した。軍靴が石畳を踏みしめ、この城下町の日常を覆う。
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第五環境地区 東部
「止まりなさい! 動くな!」
街の一角。数十名の兵士が銃口をこちらに向けており、隊長と思しき男が警告の言葉を発していた。
こちらへ向けられた銃口を見ていると、饐えた臭いが蘇る。
苛烈な戦場での思い出が蘇る。ヴェルガとの戦争で、散華していった仲間達。
クリステル様達との旅が蘇る。私の目の前で、あの方は撃たれた。
あの穴からは狂気しか出てこない。銃を向けられると決まって私の心は暗く囚われる。
誰もが憎み合い、狂気をぶつけ合う世の中だ。
そんな世界には嫌気がさす。理不尽な運命を呪い、全てを消し去りたくなる時もある。
それでも私たちは生きている。
この世界で鼓動を続けている。
どうして私は生き延びるのか。なんのために生まれてきたのか。これまでずっと疑問だった。
わかったことがある。
きっと生まれたことに意味などない。生き延びて、意味を作り出していく。
だから私たちはこの世界で、可能な限り、全力で、生を全うしなければならない。
この世界のすべてを受けいれ、誰かを愛さなければ。
懐から取り出した紫色のリボンが風になびいてひらひらと揺れた。
先ほどまでは曇天であったが、今は水色を溶かしたように空が青い。晴天の下、紫色に染まったリボンはよく映える。
「クリステル様、あなたの名に恥じぬ戦いを。今参ります」
私はクリステル様から頂いたリボンを、頭の後ろで結った。こうすると、どんなに離れていても傍にいてくれるような気がする。
そこでヴェルガ兵がまた声を荒げた。警告を無視し続ける私に業を煮やしているようだ。
「最後の警告だぞ! 手にした剣を捨てろ!」
剣。この刀のことだろう。
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『お前に良いものをくれてやろう』
ヴェルガへ旅立つ前、天姫様は刀掛けにかかっていた一振りの刀を放ってよこした。
『わらわの刀、“桜”の姉妹刀である。銘を天耀という。天耀とは天に瞬く星々を指す。わらわの“桜”が桜花国の地であるならば、天耀は桜花国の天を指す。作ったのは誰じゃったか・・・・・・まあ、覚えておらんがの。とにかく折れず曲がらずよく切れる。桜花刀のお手本のような刀じゃ。きっとぬしの助けとなろうよ』
その刀、天耀は鋭い刃の輝きを放っていたが、注目すべきは刃文や鎬地にあった。黒き刀身に目を凝らせば、無数の輝きが見えた。夜空に点々と煌く、星たちの光に似ていた。
なんと妖しい刃の閃き。
磨き上げられた刀身に映るのは私ではなく、夜空を閉じ込めたかのようだった。
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この世界を護るため、私たちが明日を生きるため。
私は戦う。
「お前たちこそ武器を捨てろ! 無益な殺生はしない!」
私の発した言葉は、明らかに相手を逆なでした。
怒りを露わにした彼らは、今度こそ躊躇なく発砲したのである。
砂塵を蹴立て、空に舞った。
彼らの円陣まで飛んで着地した後、私は刃を鞘から引き抜いた。
ちょうど敵の円陣の中央に着地したことで、敵はぎょっとして身を強張らせている。
「待て! 撃つな! 味方に当たる!」
兵士たちの動揺をよそに、私は刀を滑らせるように振り抜いた。
刃は和紙でも斬り裂いたかのように、敵兵の持つ全ての銃身をはらりと真二つにした。




