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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
最後の戦い篇
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上陸 2

今回からアヤメ視点に戻ります!

 雪の国スネチカでアモンの獣に襲われ、分断されたアヒムと連絡が着いたのは三か月前だった。

 二度と母国の土は踏めぬと覚悟していたが、天姫様に連れられて帰国することができた。そして、堂々と桜花国の数ある通信機を使用することが可能であった。

 秘匿回線にてクリステル様達しか知りえない暗号文を送り、このように再び合流することができたのだ。

 

 ヴェルガ国西海岸、戦争の時は兵士としてヴェルガ本土を目指せと言われていたが、シュタインの部隊に捕らわれたことによりかなわなかった。まさかヴェルガを救うため、この国に足を踏み入れることになるとは。


 私とルリは武器を手に、デッキから港へと降り立った。

 ふと、目の前に粉のようなものが落ちてきた。見上げれば、曇天の空から白い結晶がちらほらと降ってくる。どうりで肌寒いと思った、今のヴェルガは冬なのだろうか。


「うぅ、さむさむ」


 白い着物の上に羽織を着こんだルリが、寒さに縮みあがりながら後をついてくる。私と違って手袋やマフラーまで着けているのに、内股になりながらヨボヨボと歩いていた。


「寒いよぅアヤメちゃん、温めて」


 小さな鼻を動かして鼻水をすするが、一秒と持たずして垂れている。半ば意地になったように吸い上げるから、鼻の頭はすっかり赤くなってしまっていた。手をすり合わせ、潤んだ瞳で弱音を吐く相棒にいたたまれない気持ちになる。


 ルリは寒さに弱い(暑いのもだめだったような気がするが)。天姫様が「今のヴェルガは寒いぞ! 一大事じゃ!」と、あれこれルリに防寒具を持たせたが、あまり意味を成さないらしい。こんな調子で戦えるのかこいつは。

 仕方なく私が来ていた羽織をルリにかぶせ、抱き寄せて背中をさすってやる。


「寒いよぅ、凍ってしまうよぉ、カチカチになるよぅ」

「胸を擦れ、そうすれば体が温まる」

「そんなの嘘だよ、なれるわけないよ。うぅ~、こたつ。この国にこたつはないの?」

「・・・・・・ほら、いつか来たいと言っていた海だぞ」

「違うもん、あたしが言ってたのはこんなかんじじゃないもん」


 我儘なやつだ。

 カチカチと歯を鳴らすルリを抱き、頬を膨らませているとアヒムがやって来た。


「話はついた、道も確保したぞ。荷を降ろしたらヴェルガ城へ向かう」

「わかった」

「連れは大丈夫なのか?」


 アヒムは私に抱かれて震えているルリに目をやる。ルリとアヒムはビレでの襲撃依頼の再会だ。あの時、クリステル様を襲ったルリにはあまり良い印象はないらしい。その目が苛立ちや歯がゆさを孕んで光っている。クリステル様が許したとはいえ、心の底では思うところがあるのだろう。


「問題ない、戦いが始まればきっちり役割を果たす。そういう子だ」

「ならいいが。それでソニアと連絡は?」

「既に単独でヴェルガに入っているだろう。元々、集合予定だった場所に暗号化した伝令を送ってある」

「返事はあったのか?」

「ない。伝令を受け取れなかったか、迷っているのか――」


 その時、空から不可思議な音が聞こえた。ッボッボッボ、と圧縮した空気が破裂したような奇妙なものだ。音に釣られて私たちは上空を見上げた。何層にも覆われた灰色の雲、その内で稲妻のような光が瞬いていた。

 やがて雲の中から何かが飛び出してきた。上空すぎてここからでは僅かな点にしか見えない。


「なんだ、敵襲じゃ――」

「待て」


 焦るアヒムを手で制す。

 瞬時に開放し、猫の目で迫りくる対象を凝視する。手にしている剣と、赤髪には見覚えがあった。


「心配ない」


 そう言った私が猫の耳と尾を引っこめると、数秒遅れて空から現れた主は港に降り立った。


「ふぃ~、到着」


 微笑んで剣を鞘に納めたのはソニアだった。


「ソニア」

「あ、アヤメちゃん。久しぶりだね~元気してた?」


 こちらの警戒や覇気を削ぐような、柔らかな微笑みが戻っている。それに空を飛ぶなど、これまでにはなかった力も身に着けたようだ。一見しただけだが、彼女が変わったことがわかった。


「まずまずだ」


 微笑み返し手を差し出すと、ソニアも人懐っこく微笑んで握ってくれた。


「また会えて嬉しい――クリステル様のことはすまない、護ると約束したのに」

「ううん、あの時の私たちじゃエルレンディアには敵わなかった。でも今ならさ、アヤメちゃんも相当修行したみたいだね。手を握ってわかるよ」

「私もソニアのことがわかる、強くなったんだな」

「うん」


 自信に満ちた力強い頷きを見せた。


「あっ!? それルリちゃん?」


 私の腰にしがみついているルリに、ソニアはキラキラな目をやる。


「えへへ~ルリちゃん久しぶりだね、元気だった?」

「あぅぅ、ソニアさんか。突風起こしてこないでよ、寒いんだからさ」

「なーに言ってんの、雲の上なんてもっと寒いんだよ? 私の手なんて氷みたいに冷たくなっちゃってさ、ほらっ!」

「ぎゃーーーー!!」


 ソニアの両手がルリの頬を包み込み、信じられないほど大きな悲鳴が上がった。

 

・・・・・・・・・・



 海岸から一日かけて移動し、数キロ先のヴェルガ城を肉眼で視認できるほどまでやって来た。そこは深い森の中。ヴェルガ城対地防衛ラインの砦、カラ=リース。こちらにも西海岸と同様、エルフリーデに異を唱えていた軍人たちがいた。

 彼らは私たちを招き入れ、皇族救出のため地下の作戦室を解放した。


私たちの目的は二つ。エルレンディアを倒すこと、クリステル様たち皇家の人間を救うこと。


ヴェルガ城にはエルフリーデ率いる軍人達が根を下ろしている。これを排撃、または殲滅しても頭脳であるエルフリーデが生きている限り、城は陥落しない。


また、城内にはエルレンディアの力で動くヴァーミリオンが存在する。天姫さまが朱石と忌み嫌うものだ。

これはアーバン国の城を一瞬で消し去るほどの力を持っている。危険な力のトリガーはエルフリーデと、アリスというもう一人のエルレンディアが握っている。



「恐らくエルフリーデは皇帝の間にいるはず。城勤めのメイド達によれば、ここ数ヶ月エルフリーデは皇帝の間に人を入れていないし、そこが赤く光っているのはこのカラ=リースから望遠鏡で確認済み。君たちの言うヴァーミリオンと見て間違いないだろう」と、カラ=リースの守備隊長は言う。


「ただ、アリスの居場所が掴めていない。このところメイドですら見ておらず、アウレリア様自らも探しているとの情報がある。アリスはエルフリーデの右腕、こいつが城にいるといないのとでは敵戦力が大きく変わる」


報告を聞いたソニアは目を暗くすることもなく、ただ静かに佇んでいる。エルフリーデの名を聞いた私が猛っていく一方で、ソニアは穏やかな静寂を保っていた。


「アウレリア様がアリスを探しているっていうのは?」


「少し前までメルリスとしてアウレリア様の護衛についていたのはアリスだ。アウレリア様はアリスに命を救われ、それから親しくなったとか。その護衛が急に消えたとなれば探すのは自然だ」


ソニアは目を細めて考え込んだ。


「私はスネチカに派遣される前までさ・・・・・・アリスの前にアウレリア様を護衛していた。アウレリア様はクリステル様と違って、護衛の顔が変わることにこだわらない方だった」


「先程も言ったように命を救われたことが大きかったのだろう」


「そうかな・・・・・・なにか別の。アウレリア様とアリスの関係は本当に主人と護衛っていうだけ?」


「報告ではな」


「そっか」


ソニアがまだ腑に落ちない表情を浮かべている時、ルリが手を挙げた。


「今のクリステルさんとアウレリアさんの護衛はだれなの?」


「クリステル様にはアンジェリカ、アウレリア様にはレキという二人の少女が付いている。写真と能力の情報もあるから、配布する」


配布された資料には、皇家を護る二人の少女と能力が記されていた。レキという少女は年でいえば同じくらい、アンジェリカはピアと同じくらいだ。


この少女達を倒さぬ限り、この手はクリステル様にもエルフリーデにも届かない。


「そもそもここに辿り着くまで、どうなるかだな」


私が呟くと、守備隊長は机上に広げられている巨大な城の俯瞰図を指差した。


「ヴェルガ城は七つの階層に分けられている。第一環境地区ごとに数千の兵が常駐し、第三環境地区からは戦車、装甲車などの武装がより強力なものとなる」


「正面突破はまず無理だな」


「そうだ。第一から第三環境地区には対地、対空の防衛設備が整っている。特に第三環境地区の迫撃砲など、地形が変わる威力だ。人がくらえば粉になるぞ」


「ならどうする」


「地下通路を作る」


守備隊長は地下を指差して不適に微笑んだ。


「海底資源発掘のために使っていた大型ドリルをこの下に潜らせてある」


「いつ頃までには掘り終わるんだ?」


「既に終えた。我々は夜間のうちにこの大穴を通り、城の第五環境地区まで向かう」


「私たちの勢力は千あまり。この大所帯だといくら夜でもバレないかな?」


「そのために陽動を起こす。ここからニ十キロ先の首都航空防衛基地を派手に爆破する、城からでも火炎と爆音は十分に伝わるだろう。その混乱に乗じて侵入、あとは上を目指すだけだ」


「居住区の住民の避難は?」


「各環境地区にいる同士達が内側から城門を破壊、市民の避難誘導を終えたあとはこちら側に参戦する。と、ここまで行けば問題ないが実際は簡単ではない。

我らの武装はせいぜい人が持ち運びできる程度のもの、大きくてもバズーカ砲くらいだが向こうには戦車が。それに、数で勝る兵の他にもあの女の操る直属の部隊、その上にはメルリス達、アリス、最後にエルフリーデだ」


純粋な力比べでは勝ち目がない。兵力、武力共に劣っているのは明らかだった。


「貴国の言葉であるだろう。蛇の頭を切り落とせ、と。それをするだけだ。エルフリーデを倒せば、その下の奴等も止まるだろう」


私は言った。


尖兵が深夜のうちに潜入、突入は明朝だと作戦は決まった。



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