天使と悪魔
こちらは表現を規制させていただいております。
【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください
大変なことを忘れていました。
準レギュラーのお二人です。
どこで出そうかと悩んでいるうちに、出番を与えていなかった笑
この炎がなにかわかるかいレキ。赤黒い火だろう? これは地獄の炎なんだよ。
眉唾ものだが、数百年前に出現した悪魔が地上にもたらしたもので。以来、ずっとこのランプの中で燃えているのだとか
ガチガチと顎が震える。
今からこれを君に食べてもらうよ。耐えられるね?
ランプの中で身を踊らせていた赤い火。それは研究員が手にしたマッチの先に乗り移った。
さあ、口を開いて
開口具で無理やりひらかれた口に、マッチを押し込まれた。
あたしが住んでいたのは孤児院とは名ばかりの研究所だった。研究の目的は人工的に超人を作り出すこと。これまで地獄の炎を埋め込まれた奴らは何人も爆発した。絶叫と灼熱の業火が、そいつらの最後の思い出。
ここで生き延びるか、実験に失敗して死ぬか。この強制二択が人生だった。
何の因果か、あたしの体は地獄からの贈り物に耐えやがった。
ありえねえだろ。生まれた時、教会で神様の祝福とやらを受けなかったのかねあたしは。まあ、親の顔も知らないから、文句も言えないけど。
地獄の炎は屑どもを締め付ける鎖もくれた。
鎖で碌でなしどもを打ち砕き、何もかも焼き尽くして、外の世界に逃げ出した。
これで自由だって思ったけどとんでもない。外で生きるには金が必要だった。
結局、どこへ行こうとも人の作った誓約の中で生きなきゃいけない。研究所だって、外だって、それは同じだ。
孤児の仲間たちが言ってた。研究所の外は楽園が広がっていて、そこは苦しみのない天国だって。
大嘘じゃねえかよ。
本気で信じてたあたしは絶望した。
裸足でじゃり道を歩きながらわんわん泣いたけど、空の上の人も人間も誰も助けてくれない。
今更、研究所には戻れない。これからどうやって生きていけばいいのか。外のことは何もわからなかった。
この力があるなら人を殺してお金をくれる所へ行くべきだったんだろうけど、恐がりで泣きべそかいてた当時のあたしは人を殺すことなんてできなかった。
身寄りのない小娘を雇ってくれる所なんてなくて、行き着いた先は●●。
知りもしない相手に●●●●●●お金をもらう。それでなんとか食いつないで暮らしてた。
そんな暮らしが何年も続いた。
その日も深夜まで働いたあたしは、住んでいるマンションまで歩いて帰っていた。午前二時。暦では春を迎えているけど、この国にはそんなものない。冬とそれ以外の季節だけだ。
客に買ってもらったコートに首を埋めて、寒い風がふく夜の道を歩いた。
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こちらは表現を規制させていただいております。
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まだ若いから未来があるだの、好き勝手ほざきやがる。
どいつもこいつもやかましい。あたしの側から世界を見る覚悟もないくせに好き勝手ほざくな。
どうしていつもあたしばっかりがこんな目に遭わなくちゃいけない。
と、そんなこと言っても何も変わらない。明日からまたいつもの日常が始まるだけ。
暗くて冷たい風が感情を覚ましていき、ニヒルな気分になってきた。
ふと目にしたのは街に立つ白い教会。いつもは唾を吐き掛けたくなるから見ないようにしてたけど。こんな日の夜は教会がやけに美しく見える。あたしが犯した罪とか、悩みとか全部消し去ってくれそうな優しい存在に思えた。
神は留守かな、もしご在宅なら文句を言いたい。できれば助けて。
自然と足が教会へ向かっていった。
最初はただの気まぐれだったけど、空気の違いを感じ取ってからは違った。いつもの夜と何か違う。夜気が停滞しているんじゃなく渦巻いている感じがする。
あたしの体の一部は地獄だ。暗い夜は落ち着くはずなのにどうして心がざわめく?
石段を上る足を止めたい、この先には行きたくない。それと同時に早く進めと急かされているような気持ちもある。
何かあるのか?
石段を登りきると、そこはがらんとしていた。教会の灯はすでに消えていて、広い敷地に人っ子一人いやしない。いつもの暗い夜だ、それなのに。
「誰かいるのか?」
教会の壁にもたれて、蹲っていたそいつがビクっと震えるのが見えた。
この温度の中、白いワンピース姿で震えていたのは、まだ六つか七つくらいの子供だった。
剥き出しのうなじと腕は血が凍ったように白くて、華奢な体を抱くようにして小刻みに震えてる。
「お、おい」
あたしを見て逃げ出そうとしたのか、腰を浮かしたけどすぐに前のめりに倒れた。裸足だった。つま先は白いどころか青くなってる。
「怖がらなくていい、なんにもしやしないよ」
着ていたコートを羽織らせてやると、そいつは怯えた目をしていた。
黄金色の瞳だ。
黒髪の分け目の下、満月のように輝く双眸があたしを見ていた。
「こんなところにいたら朝までに凍死しちまうぞ? 誰か待ってんのか?」
そう尋ねたらふるふると首を振った。
「なら家に帰りなよ、朝になってから出直せば――」
「お家、ないの」
すぼめた唇から頼りない声が漏れた。顎はガチガチと震えている。
その姿が、数年前の自分と重なった。
「ワケありか・・・・・・家がないなら、うちに来るか?」
あたしを見て逃げ出そうとした女の子に、気が付けばそんなことを言っていた。
小動物みたいに怯えてたんだから来るわけない。それにあたしだって面倒はごめんだ。うまくは言えないけど、こいつはとんでもない面倒を運んでくる気がする。
仕事をしてそれなりに人を見る目は養ったつもりだ。どんな変態共にも平静を保てるはずが、この子の前では心がざわついて落ち着かない。きっと何かある。
なんで家に来るか、なんて言っちまったんだあたしは。昔の自分みたいだったからか?
「あの・・・・・・」
「ん?」
「行きたい、です・・・・・・助けて」
震える手があたしのスカートを掴んだ。
こうなったら断れない。
助けを求めて教会に来たあたしが、女の子を助けることになった。
お客を取れることで、そう悪くない暮らしを送れている。このマンションだって本当なら家族四人くらい使える広さだ。そこに一人で暮らせてるんだから、勝ち組って感じだ。
「肩までつかれよ? タオルここに置いとくから、出る時に使えな」
『はい』
脱衣所から浴室に声をかけると、鈴の音みたいな声が返ってきた。冷え切った体が温まって少しは元気になったかな。
ここには誰も入れないつもりだったのに、女の子なんか拾ってきて何してんのかな。
拾う、か。そういえばいつだったか猫を拾ってきて、少しだけ飼っていたことがある。甘え上手な奴で、よく足に絡みついてきて喉を鳴らしてたものだった。可愛がっていたけど、或る時帰ると猫はいなくなっていた。あちこち探したけど見つからない。時々、道を歩いている時に鳴き声が聞こえて思わず振り向くけど全く違う猫だった。あいつは今もどこかで生きているのかな。
ヒタヒタと遠慮がちな足音を立てながら女の子が入ってきた。貸してあげたシャツは大きすぎたらしい。
温まって上気した頬と、とろんとした瞳。唇は緊張気味に噛みしめているけど、教会で見た時よりは元気になったみたいだ。
「あの、ありがとうございました」
そう言って頭を下げた女の子の髪は、まだ水気があって艶々と輝いている。
「いいって。それより髪」
「あっ」
「おいでよ、拭いてあげるから」
ヘアブラシを手にソファにどっかと腰を下ろした。俯いている子に手招きすると、おずおずとこちらへ近寄ってくる。
「あはは、別にとって食いやしないよ」
肩を掴んで床に座らせ、まずはバスタオルで髪をふきあげてやる。
「っきゃ」
可愛い悲鳴だな。
面白くなったあたしは両足で女の子の肩をがっちり挟み込む。
「え、あの」
「ほら、動くとうまく拭けないだろ」
「あっ! あはは」
小さい頭を指でくすぐるようにふいていると、聞いたこともないくらい可愛い声がした。うなじに赤みが増していき、っきゃっきゃと声を上げる。そうだよな、女の子はこういう声を出して笑わないと駄目だ。あたしみたいになっちゃいけない。
「はい、終わり。でもまだじっとしてなよ」
バスタオルを放り投げ、意識を集中させる。
ふっと息を吐きかけながら手にした櫛で髪を梳いてやる。地獄の炎が宿るあたしにヘアドライヤーは必要ない。あれ片手で持つには重すぎるしな。
それにしてもこの子、綺麗な髪だ。櫛通りが凄くいい。きっと贅沢な暮らしをしてきた貴族の子かもしれない。身に纏っていた衣類も、寒空の下ワンピース一枚ではあったけどなかなかの生地だった。
「ほれ、乾いたぞ」
「ありがとう」
頭をなでてやると、振り返った女の子が微笑んだ。
へえ、可愛い顔してるじゃん。というか、こんなに真っ白な顔でお礼を言われるのはいつぶりだろう。
「ん・・・・・・それで、名前は?」
「アンジェ・・・・・・私はアンジェリカ」
「アンジェリカ」
何の冗談か天使をもじった名前だ。これであたしの名前がサタニキアだったらジョークが一つ出来上がっちまう。
「お姉さんのお名前は」
「あたしの?」
「アンジェ、知りたいです」
「レキだ」
「レキさん」
「堅苦しいのはやめやめ。レキちゃんて呼べ」
「はい、レキちゃん」
マジで呼びやがった。
年下の女の子に無理やりちゃん付で名前呼ばせるって、結構痛いんじゃねえのかおい。
「レキちゃん。レキちゃん、えへへ」
立ち上がって姿見の前まで走っていき、整えられた髪を見て嬉しそうにしている。
え? そんなに嬉しいか?
あたしだってお金もらった時は飛び回るけど、髪整えられたくらいでは喜べない。
それなのに、アンジェリカは「レキちゃん、髪を整えるの上手ですね」とはしゃぎまわる。商売柄、上手くなるんだと答えると、キョトンとした顔で小首を傾げる。
でもすぐに鏡へ視線を戻して、また微笑んだ。
なんていうんだろう。その無邪気な喜びがこっちにも感染したのか、あたしも嬉しくなってきた。
あんまり幸せそうな姿を見て、ホットミルクでも作ってあげようという気になった。
鍋にミルクを入れてコンロに火をつける。そういえば飼っていた猫にも、ぬるめのミルクを出してあげていたことを思い出した。
「何してるんですか?」
「ホットミルクだ、飲むだろ?」
「ホットミルクってなんですか?」
「飲むの初めてか? うまいぞ。甘いの好きか?」
「はい」
「ならメープルシロップ多めにしてやるよ」
ミルクパックを持っていた右手にちくりとした痛みが走った。
手の甲に目をやると、弧を描いた縫い傷みたいな歯型が残っている。
そうだ、あの変態にあちこち噛まれてたのを忘れてた。歯がめり込むまでやられたから、手には転々とした赤い跡がくっきりと見える。
こんな手で、この子に触れたら罪深いかも。
「痛いんですか」
いつの間にかアンジェリカが無言であたしの視線の先を見ていた。手の傷を見られた。
「まあね、気にしなくていいよ」
そう言ったのと、アンジェリカがあたしの右手を掴んだのは同時だった。
小さな手だった。華奢な体なのに、ふくよかな指の感触がくすぐったい。
「治してあげます」
囁くような声。おどおどしていたこれまでと違う、落ち着き払った声だった。
紫色だった唇はすっかり桜色に戻っている。その割れ目から、小さな舌が伸びて手の傷を舐め上げた。止める間もなく、蜜を吸い上げるみたくあたしの手に唇を押し付けてきた。
「ばっ、ばか。やめろ」
「いいはら、じっとひていてくだひゃい」
そんなわけにはいかない。この子にこんな汚いもの舐めさせられるか。
「やめろって」
無理やり腕を振り切った。手には女の子が舐めた後があって、電球の光を浴びてきらきら光っていて――
「は?」
傷がなかった。
あったはずのものが消えていた。
「は、はあ? なん、これ・・・・・・お前、どういう」
「痛いの治してあげます、お礼です」
こいつ!? ただの女の子じゃない!?
何者だ?
まさか研究所の追手じゃねえだろうな?
あたしを殺しに来たか?
いやいや、こんな小さな子が。落ち着けパニクるな、想像が飛躍しすぎて――
「お、おい。背中が膨らんでねえか」
「これですか?」
アンジェリカは背中をはだけさせ、それをあたしに見せてくれた。
「本当は誰にも内緒なんです、でもレキちゃんになら」
左右の肩甲骨の辺りから、鳩が持っているくらいの大きさの翼が生えていた。
それは今まで見てきたどの色よりも白く、金ぱくでもまぶしてあるのかと思えるほどに輝いている。
「大きくもできます。えいっ」
翼が一瞬で大きくなった。
あたしなど一飲みにできるくらいに巨大化しやがった。
何かされる前に飛びのくべきだ。けど、それが決闘の合図になりかねない。
「アンジェ、ずっと研究所ってところにいて。でも、ナディアが逃げなさいって言ってくれて。この翼でここまで飛んできました。空を飛ぶの初めてだったから、わーって夢中になって、でも疲れて飛べなくなって。そしたらレキちゃんが助けてくれました」
呆然とするあたしに微笑みかけたアンジェリカは「内緒ですよ」なんて言いやがる。
お前・・・・・・マジか。




