モノノケのルリ
ウヅリギという花がある。
桜花国に現存するこの植物は、夏口に皺の多い赤い果実を実らせる。暗く寂れた場所に繁茂し、その場に潜んでいた鳥や獣たちは一斉に逃げ出す。
ウヅリギには毒があった。
甘みのある果実、茂る葉、伸びる茎の全てに有毒成分を含んでいる。一度、摂取すれば、痙攣、呼吸困難、心不全、視聴異常などを引き起こし、最悪の場合は死に至る。
その致死性の高い有毒植物の煙を、クリステルの護衛達は吸い込んでいた。
心筋が収縮し、呼吸困難に陥っている者。全身痙攣を起こし、打ち上げられた魚のように喘ぐ者がいた。今や全員が床に伏し、各々が懸命に生を紡いでいるような状態である。
ルリはクリステルの居場所を突き止めていた。
ルリ達が宿泊する町を南東に少し逸れると獣道のような林道がある。それを辿っていくと大きな屋敷が佇んでいた。その屋敷は或るキャバリア人が所有する別荘であったが、クリステルの護衛達が数日前に買い取っていた。
邸内にはクリステルとその護衛達のみ。ヴェルガの希望であるクリステルを護衛するのだから、技量のほどは語るまでもない。
その護衛達が、たった一人の侵入者に手も足も出せずに床に伏しているのだった。
ルリは広間の中央に立ち、倒れた護衛達を冷酷な目で見つめていた。
「これねウヅリギの葉を練り固めて作った線香。あたしはいい香りだと思うけど、あんた達には刺激が強すぎたみたいだね」
ルリは手にした線香の香りを吸い込み、悪辣な笑みを浮かべている。
「昼間はありがとう、おかげで水が買えたよ」
その視線の先にはクリステルと、彼女を守ろうと銃を手にした少女がいた。
「皇女のお姉ちゃん、写真で見るより綺麗だね」
ルリの言葉にクリステルと付き人のピアは全てを察した。
何故ビレで桜花の少女兵に襲撃されるのか解せなかったが、ヴェルガ皇女と見破られている以上、何者かの依頼を受けた暗殺者であることは間違いない。
「お嬢様! お逃げください!」
「だめピア! あなたも一緒に!」
震える手で銃を構える少女を見てルリは失笑する。
「あはは、手が震えちゃってるよ? 怖いのかな」
主を守らんと懸命な姿であるが、ルリにとってそれは滑稽でしかない。
獣は一目見て獲物の技量を計れるというが、そのような慧眼すら不要なほど実力差は歴然としていた。
死を覚悟して銃を手にしているようだが、か細い体を震わせているのでは脅威に映らない。
「銃は重いでしょ? もったのは初めて?」
「う、うるさい!」
「悪いけど、あたしは一人も逃がさないから」
語気には明確な敵意がありありと浮かんでいた。今やルリの体からは殺意の念が溢れ、屋敷全体を覆い尽くしているのだ。
重圧に耐えかねたピアの指が引き金を引いた。
しかし、銃口がカッと閃いた瞬間、ルリは少女の懐に飛び込んでいた。
「遅いよ、欠伸がでちゃう」
ルリは手にしていた種を掌底に乗せ、少女の胸を突いた。
えっと、ピアが愕くのに、ルリは微笑みを浮かべた。ピアの胸に埋め込まれた種からは、無数のツル草が躍り出た。木の穴から虫が湧き出るように、大の男の腕ほどもあるツルが飛び出して、少女の体を締め上げたのだった。
ツルという植物は剛性を有していないため、樹木に巻きつき、それを支えとして茎を伸ばしていく。
ピアの体はさながら、ツル草に絡まれた樹木のようであった。
「しっかりおさえといてね」
ルリが言うと、ツルは成長を加速させた。
みるみるうちにツルの直径は大樹のように太くなり、ピアは完全に緑に呑まれた。丸太のように太くなったツルに、四肢を縛られたピア。緑の縄が成長すると、それに合わせて肘と肩の関節が無理に引き伸ばされる。
「あっ、あああっ! う、腕がっ!」
激痛に少女が悲鳴を上げる。
「ピア! ピア!」
助けようと動いたクリステルをルリは逃がさなかった。クリステルの口元を右手で思い切り掴み上げた。手で口を覆い、指先を顎に食い込ませて骨まで軋ませる。
「うるさいよ、お姉ちゃん・・・・・・あんまりうるさいと、このまま握りつぶして殺しちゃうかも」
ルリの朱い瞳は血に飢えたモノノケのそれだった。
目で射殺す、というものがあるならまさにそれであった。ルリに睨まれて体の力が抜けたクリステルは、抵抗をやめてしまっている。
碧い双眸が恐怖に震える様を見て、ルリは幾分か機嫌を直す。
「うふふ、うそだよ。そんなことしないよ。皇女のお姉ちゃんにはね、もっと痛いことしてあげる。この人達の何倍も時間をかけてね、ゆっくり殺すの」