桜花国宮殿にて
こちらは表現を規制させていただいております。
【ノクターンノベルズ】の「皇女の猫【解放版】」に完全な形で掲載しておりますので、そちらをご覧ください。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。
皆さまが時間を割いてこのお話を読んでくださることが励みになっております。
皆さまは小説以外にも漫画や映像作品を嗜んでいらっしゃると存じますが、その中に「皇女の猫」を加えていただければこんなに嬉しいことはありません!
最近は筆が進まず、投稿が遅れておりますが今後ともお付き合いいただければ幸いでございます。
故郷での夜。
宿屋でゆっくりと休養を取った後、布団に潜り込むとすぐに眠たくなった。その日は夢も見ずにぐっすりと眠れた。翌日の昼前に目が覚めた時は我ながら呆れたが、一晩眠ったことで昨日よりも体が軽くなった。
昼食を取った後、私たちは電車やバスを乗り継いで天姫様の宮殿へ向かった。
天姫様がなぜ神足通を使わなかったのかはわからない。
平日昼間の電車は人がまばらだった。私は手すりに額をつけて、窓から流れる景色や様々な人が乗り降りする様を黙って見つめていた。
電車内には親子や女学生などがいた。うつらうつら眠っていたり、世間話に花を咲かせたり。
人々の姿を見るうち、私とクリステル様にもこのような暮らし方もあったのではと思うようになった。誰かの命を奪ったり、大切な人の命を奪われたりせず、一市民として生きることができれば。
虚しい願いと同時に、私がエルフリーデを止めることができなければ、この人たちも消えてしまうのだとも思った。
コツン、とルリが肩にもたれてくる。くぅくぅと小さな息をして眠っていた。
「無垢な顔じゃ、悪戯してやりたくなるの」
天姫様が言ったので、私はルリの肩に手を回して護るように引き寄せた。
「わらわはの、こうした何気ない日常が好きじゃ。悲しいことも多いが、懸命に生きる桜花の皆を護りたいと思う。そのためには誰かが辛い思いをしてでも強くならんとの」
天姫様はそれきり言って、しばらくは窓の外を見ていた。
宮殿に着いた時は既に日が沈んでいた。
部屋に入るのは初めてだったので、いささか緊張気味に襖を開ける。八畳ほどの畳部屋。その四隅に蝋燭の炎の如き光が煌々と照って浮かんでいる。部屋の中であるのにどこか遠くで川の流れる音や鳥の鳴き声が聞こえる。サワサワと竹の葉がこすれる音と共に桜の香りまで漂っていた。
「さて、と始めるかの」
畳の上に腰を下ろした天姫様が私たちにも座るよう促した。
室内で何を始めようというのか意図が掴めなかったが、私とルリは正座した。
「昨日言ったようにぬしの左腕はまだ眠ったままじゃ。鍵をかけられた部屋のようなものじゃな。それを無理やりこじ開ける」
「鍵ですか?」
「ああ。これはお前の親父の意地悪ではないぞ、むしろ娘を気遣っていると言える。モノノケの力が扱えるようになったとはいえ、まだまだ未成熟のぬしにいきなり霊力を与えたのでは潰されてしまうのは目に見えておるからの」
「父が・・・・・・しかし、鍵を開けるとはどのようにして」
「わらわの力を少しだけぬしに移す。それがぬしの体に行き渡ったうえで鍵を開ける」
「天姫様の力を私にですか、そんなことが可能なのですか」
「わらわはモノノケの王じゃ。桜花のモノノケは皆わらわの子に同じ、ならば不可能なことはない」
「それって危なくないの?」
ルリが身を乗り出して聞く。
「危険も危険よ。水が合わんでは済まされんことじゃ。わらわの力は劇薬に等しい、人間なら血を一滴飲むだけでも体は溶けてなくなるじゃろうしの。普段はこんなことはせんが、緊急事態じゃから仕方ない」
「仕方ないって――え、ちょっと待って。力を移すってそういうこと?」
「察しがいいのルリ」
二人が何を言っているのかわからずに首を傾げていると――
「てっとりばやく力を移すにはわらわと契りをかわすのが一番」
天姫様はそう言って立ち上がると私の前まで歩み寄る。
契りをかわすなどと予想していなかったことを言われた私が狼狽していると、しゃがみこんだ天姫様が顔をぐいっと近づけてきた。
「反論はなしじゃとわらわは言った。ぬしも同意した、覚えておるの?」
「は、はい」
「よし」
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こちらは表現を規制させていただいております。
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――いやだ
咄嗟に身を竦めて飛びのいてしまった。
モノノケの王である天姫様に触れられて、意思とは関係なく体が喜んだ。少し触れられただけで体の芯から熱が行き渡り、乳房も花弁も火照ってしまっている。
「嫌か?」
天姫様の冷たい声にビクリと震える。
「わかるぞ。愛する者がおる娘の心はよくわかる。だが、その左腕の力を解放しなければ愛する者を救えぬと知れ」
薄い唇を噛みしめる。
それはわかっている。だがクリステル様以外の者と触れあうなどできない。この気持ちは理屈では覆せないのだ。
ごうっと室内の空気がうねった。
その気配に驚き、顔を上げると天姫様と目が合った。
必要であれば解放し、無理やりにでも。瞳はそう語っていた。
「ルリは出ておれ。わらわ達は奥の部屋に行く」
「え!? どうして!? あたしにもしてよ! 強くなりたい!」
「ぬしはモノノケの中でもずば抜けた力を有しておる。おまけに霊力の素質もあるんじゃ。こやつはとは違う」
「で、でもぉ」
「こやつはな本来であれば獲得できなかった力を脆弱な肉体に注がれた。解放も薬のおかげ、守護獣もわらわが力を注いでやるという条件で親父から受け継いだのよ。助けがいるんじゃ。比べてルリは潜在能力なら誰よりも優れておる、わらわの力を借りるのではなく自ら開眼する方が良い」
「で、でもでもあたしアヤメちゃんに負けたよ? アヤメちゃんの方が素質あるんじゃ」
「ああ、そんな記憶も見せてもらったの。あれはぬしが精神的に未熟であったためじゃ。純粋な力比べならぬしの方が遥かに勝る」
「でもでもでも、アヤメちゃんはあたしがいた方がいいと思うんだ。ほら、これまで触りっこしたりしてたから」
「・・・・・・ルリ」
「はい?」
「単に混ざりたいだけじゃな?」
「はい――ぎゃっ」
天姫様がルリの頭をポカリと叩く。
「出ていろ。ルリにこれから行うことを聞かせたのは、この部屋に誰も入らぬよう見張りを頼みたかったからじゃ」
「そんなぁ」
しょんぼりと項垂れるルリに向けて天姫様が目を光らせた。
「言っておくが絶対に覗くなよ?」
昔話のような警告を受け、ルリはすごすごと部屋を後にした。




