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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
展開篇
105/170

桜のきみは風に乗って

ドクン、ドクン、と心臓が脈打つと同時にアヤメの左腕、切断個所から血が噴き出していた。左腕は肘から先を失い、右腕は剣による激しい打ち合いにより感覚を失っている。

 

アヤメの怒りに呼応し、体内で激流の如く循環していた熱き血が次々と大地に零れていく。ふらふらと二三歩よろめいたアヤメは、がっくりと膝を落とした。


「っが、がぁあ」


 無念と苦痛が入り混じったような吐息が口から洩れた。

 敵の鮮血の香りを胸に吸い込んだエルフリーデは晴れ晴れとした表情である。


「アヤメさん!」


 クリステルが震える声で叫ぶのと同時。七間先にいたルリが地を蹴った。放たれた矢の如く、瞬きする間にエルフリーデとの距離を詰めていたルリが発止となった。蜘蛛の巣に絡めとられた蝶のように、空中で身動きが取れない。


 ルリが不可思議な力で拘束されるのは二度目である。

一度目はソニアとピアを護るためにアリスと戦っていた際。あの時は咄嗟に解放し、相手の機を削ぐことで拘束を逃れた。ならば此度も、とそう考えていた時である。エルフリーデの指先から無数の(いかずち)が放たれ、ルリの体を突き破った。


 電撃の刺すような痛みと、肌を焼かれる痛み。経験したことがない激痛に、ルリの口からはち切れんばかりの悲鳴が上がった。

 その悲鳴がアヤメの四肢に力を蘇らせた。

 激しい出血による体力の消耗が著しいアヤメである。しかし、大切な仲間の悲鳴が沈みかけていた心に活力をもたらす。


 怒りである。


「っや、やめろ貴様! ルリに手を出すな!」


 立ち上がろうとしたアヤメの体がすぐさま傾いた。

 血だまりにどしゃりと崩れたアヤメの焦点は定かならず。片腕を失ったことにより、体の重心が変化していた。常のような平衡感覚で臨めば、このように倒れてしまうのである。


「無様ね」


 エルフリーデの言葉と共に、アヤメの体も空に浮いた。


「楽しかったわよ、サムライ」


 アヤメとルリの体が放られた小石のように、クリステルの元へ吹き飛んだ。

 咄嗟にクリステルは両手を広げ、二人を受け止めた。それでも勢い殺すことができず、そのまま地に打ち付けられたのである。


「しっかり受け止めなさい。あなたの大切な従者でしょう?」


 剣を鞘に納めたエルフリーデが言う。

 





 力が入らない。血を流しすぎた。


「アヤメさん!」

「クリステル様」


 クリステル様は来ていたブラウスを脱ぎ、私の左腕に縛り付けた。


「っぐ」

「じっとして」


 圧迫された傷口からは、斬られた時の数倍の痛みが湧きあがる。


「っぐあ、あぁ」

「我慢して・・・・・・血を止めないと・・・・・・死んじゃう」


 涙でくしゃくしゃになった顔。私の血がこびりついた手は震えていた。


 それを見て、衝動が湧きあがる。


 幼い頃の私がずっと欲していたものは温もりだった。誰かに抱かれ、不安や恐怖から護られたかった。そうすればどんな運命にも耐えられる気がしていた。

 けれど、そうしてくれる人はいなかった。誰にも護ってなどもらえなかった。

 やがて軍に入った私は力を得た。

 そうすると、護られたいという欲求は違う形へと変化していった。

 剣を振るうことで、昔の私のように救いを求める人を護りたい。モノノケの宿る体といえど、人の持つ愛の力を示したいと願った。

 そうして心からお護りしたいと思える方に出会えた。


 クリステル様。


 クリステル様に降りかかる災難や、重たい義務がもたらす恐怖から護りたい。

 そうだ、私はこの方を護るために――今のような事態を覆すためにこれまで鍛えてきたのではなかったのか。


 出生やら人種やらは関係ない。ただ命一杯に愛を注ぎ、彼女を抱きしめ、笑わせ、襲い来る恐怖の盾になってあげたい。

 あなたには、そんな顔をしてほしくない。

 そう思っていた時、クリステル様が私の腰から短銃を引き抜いた。


「ク、クリステル様、何を」

「あなた達だけに手を汚させはしません」


 銃口はエルフリーデに向いた。


「私だって」


 立ち上がったクリステル様が引き金を引こうとした瞬間。

 何かがはじける音が響いた。その直後、銀色の砂が地に零れ落ちる。見上げればクリステル様の手にあった銃は消失しており、指の隙間から銀の砂がサラサラと零れ落ちていた。


 無意味。

 砂の山がそれを物語っていた。


「やめときなよクリステルさん」


 片腕を抑えたルリが立ち上がる。


「いてて、電気なんて浴びせてくれて。びっくりしておしっこ漏れそうになっちゃったよ」

「ルリさん」

「あれ、駄目だ。あたしたちとは畑が違う――だからさ、同じ畑の人に助けてもらおう」


 そこまで言って、ルリはガクンと倒れた。クリステル様が慌ててルリを抱きしめる。


「いったぁ、もう立つ力も残ってないよ・・・・・・あたし死んじゃうかも、だからさ」


助けてよ、天姫様


聞き取れないほどの小さな声。

何を言ったのか聞き返そうとしたその時である。

 

さっと風が吹き、辺りの木々がざわざわと枝を揺らした。

ふいに懐かしい香りが鼻をついた。桜花の春、辺り一面に咲き誇る桜の香り。

そのお方は、エルフリーデから護るようにして私たちの前に立っていた。

左右で結った長い髪と、桜色の和服が風にはためいていた。

桜花の姫、モノノケの王。

天姫様がそこにいた。


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