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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
展開篇
102/170

エルフリーデ

獣には死を恐れるという概念がない。時として無謀なまでに猛進するのはそうした理由である。

 しかし、自身よりも強大な相手を前にした際はすぐさま逃散する。自然の中で生きるものとして、力量を推し量る術があるのだ。

 モノノケの力が宿る私にもそのような獣の習性が宿っている。

それは突然に訪れた。

 急に空気が鋭さを帯びた気がした。


――何か来る


 そのような異変を感じた。

私たちを乗せた車はのどかな田舎道を走っており、切迫した状況が起こりうることなど考えられない。だが、どこか口では説明できない危機が。強大な何かが迫っている気がした。


 運転手に声をかけようとしたのと、彼が車を止めたのは同時であった。


「何をしているんだ道の真ん中で」


 運転手の苛立った声が聞こえる。

 腰を上げて覗き込むと、田舎道の中央に一人の女性が立ち竦んでいた。

 クリステル様と同じ金色の美しい髪。そして整った顔立ち。その美貌は類まれなるものだと思うが、彼女を見た瞬間、体の中枢から髪の先まで寒気が行き渡った。


「ど、どうして」


 振り返ると、クリステル様もまた青い顔をしていた。


「エルフリーデ」


 身震いしながらそう言った。

 その名は何度も聞いていた。エルフリーデ・ランゲマルク。ヴェルガを牛耳り、世界に混沌をもたらした張本人。そして私たちの最大の敵である。

 運転手が車の窓を開け、「おい、道を開けてくれ」と言った。クリステル様が苛立つ運転手を止めようとした時、彼は瞬時に砂の塊となった。


 先刻まで「人」が座っていた場所に、砂の山ができている。それを見るよりも早く、私はクリステル様を抱え、ルリは短刀を抜いて車から飛び出した。

 すぐさまクリステル様を地に下ろし、私も剣を抜く。

 目の前にいる女は穏やかな午後の風を頬に受け、不敵に微笑んでいた。


異常を察知したのか、後続の護衛車両から幾人かの兵士が銃を手に私たちの前に立ったが、彼らもまた瞬きする間もなく姿を消した。兵士のいた場所には砂の山ができている。クリステル様は彼らを止めようと声を上げたが、とても間に合わなかった。


その様子を見ていた私とルリは、すぐさま動くことができずにいた。相手の力が未知数すぎる。人を一瞬のうちに滅する技など、これまで目にしたことがなかった。


「久しぶりね、クリステル様」


 エルフリーデは言った。


「なぜここがわかったのですか」

「今の私にわからないことなんてないのよ。そこの二人」


 クリステル様と話していた時は緩やかであった瞳が、途端に鋭いものに変わる。


「最初に言っておく。私は話をしに来ただけよ、下手なことはしない方が身のため。あなた達が妙な真似をしたら私も容赦しないわ」


 その口調は、まるで飼い犬を躾ける主のようであった。

 私もルリも戦士だ。それをまるで何の意味もないように軽視されるなど、最大級の屈辱であった。


「話とは何ですか?」


 今にも飛びかかろうとするルリの手を握ったクリステル様が言う。


「私の宿願はもうすぐ成る。それを前にしてね、あなたと話してみたくなったのよ」

「・・・・・・それは私にとっても好都合です。あなたとは話し合いをして、国を変えたいと思っていましたから」

「この期に及んで話し合いか――変わりませんねあなたは」


 エルフリーデは微笑んだ。これまでとは違い、心の一部が垣間見えるような本心からの笑みであると悟る。

 対してクリステル様は笑わなかった。このような状況で尚、冷静で荘厳な姿を保っていた。


「あなたのしていることを正すには、力を用いてはならないと考えていました」

「そう? かなりの手練れを連れているようだけど」

「この方々は私を護るために力を貸してくれています。今のヴェルガのように暴力で無理やり押さえつける人たちではありません」

「よく言う。双子とシュタインの部隊を屠るほどの者達が危険でないと?」


 エルフリーデは煩わしそうに髪をかき上げた。


「あんた達がクリステルさんを殺そうとしたからじゃん!」


 クリステル様は勢いよく言うルリの肩に手を置いた。

 ルリはしばしクリステル様と向き合っていたが、やがて刃の先をそっと地に向けた。


「エルフリーデ。あなたが世界にした不遜な振舞いの数々。全て暴かせていただきました。言い逃れはできませんよ」

「ほう」

「あなたがこれほどまでに力を行使できた理由。それは世界銀行です」


 うららかな陽ざしで柔らかかったエルフリーデの瞳に光が走った。


「世界銀行が武器の密売をしているということは突き止めました。戦争を始めた国の双方に最新の武器を売りつける。お金を管理する銀行がなぜそのようなことをするのか・・・・・・全てあなたの知恵ですね?」


「――面白い、続けて」


「銀行は武器を売っているのではない。買い取った国に借金を背負わせているのです。戦争が終わった後も残った莫大な借金は、戦勝国にも敗戦国にも残る。それらを吸い上げた銀行は力をつけ、また次の戦争に介入する。

 そうして巨大になっていく銀行はあらゆる世界情勢に潜り込む。戦争は元より、政治にいたるまで。

 それを支持していたのがエルフリーデ、あなたです」


「・・・・・・いつから気づいたの?」


「ずっと前から。私も病に伏せていましたが、ただ天井を見続ける日々を送っていたわけではありません。雪の国、スネチカであなたがヴェルガから追放した議員と、世界銀行職員と接触しました。

彼らはこの真実を全て公言すると約束してくれましたよ。皆今の世界情勢を憂いているのです、このままでは数百年にわたり人類は殺し合いを続けなければなりません。それを止めようとしてくれているのです。だから私たちは、なんとしてもあなたを止めなければならない」



・・・・・・・・・・


 僅かな違和感から真実を突き止めたクリステル。

今のヴェルガは間違っていると壇上で述べた日、彼女は多くの人から叱責を受けた。身勝手な行動をしてしまったと反省する一方で、彼女の中に眠っていた信念が強くもなった。多くの人々を苦しめる戦争。大手を振って行使する国などあってはならない。必ず他の道があるはずである、と。


 病に伏せながらも、クリステルは世界情勢に目を向けていた。戦争には少なからず出資者が存在する。戦争への脅威を知る者は攻撃と防衛のために武装を強化する。そのための武器を入手するには、資金が必要である。

 ヴェルガ国の軍資金はどこから流れてくるのか。税金か国債か、或いは他に資金を提供する機関が存在するのではないか。そのようにして金の流れを追う内に、公式記録と実情では説明のつかないものがいくつかあった。


 その年の税収と軍備に用いた金の勘定が合わない。あらゆる記録を調べたが、明らかにヴェルガの軍備予算を上回る金が動いていた。

 クリステルの依頼を受けた者達が極秘に内部調査を進めるうち、世界銀行からの資金提供へと辿り着いた。

 自分の意見に賛同する議員からの情報をまとめ、信頼のおける諜報員に命じて世界銀行の内部を秘密裏に調査させた。


 銀行側は戦争の利益をもたらすヴェルガには寛容な面があり、クリステルの派遣した調査員はさほど苦労せずに情報を得ることができたという。

 驚くべきことに、ヴェルガ国城内には身分を偽った世界銀行の職員が数名紛れ込んでいた。大国と銀行の癒着(ゆちゃく)はこの時点で確定したものへと変わった。

 後は関わった者達の証言を得られれば、不正を暴露することができる。


 世界銀行の重役の一人が、戦争で家族を失っていた。その男はそうなって初めて自身の卑劣な振舞いを恥じたのだという。彼は証言台に立つことを約束してくれた。その他にも各国の数名が証言することに名乗りを上げていた。

 ヴェルガの闇が世界の目に晒されれば、エルフリーデと言え失脚する。

 ただ、やり方は慎重を要した。

 悪事を暴けば世界はヴェルガの犯した非を責めることになる。そうなれば、暮らしている国民にまで被害は及ぶのだ。

 クリステルはそのような話し合いを、スネチカで行っていたのである。


・・・・・・・・・・


「なるほど、力ではなく法によって私を捌こうとしたわけね。いやはや夢見がちなだけの女の子だと思っていたけど、実に頭が回るお方だ。お父上とは違うわね」

「・・・・・・あなたにどのような信念があるのかは知りません。けれど、これ以上の流血は・・・・・・もう終わりにしましょう、エルフリーデ」

「終わり。そう、もう終わりなのよ。今更あなた達がどうあがこうとも無駄なの」

「無駄?」

「そう。ここまで頑張ってきたあなたに全てを教えてあげましょう」


 ふいに陽が半分ほど雲に遮られた。斜めに降り注ぐ弱い日差しはエルフリーデの(なび)く髪の先を黄金に輝かせ、表情には影をもたらした。逆光ゆえに、どのような顔をしているのか判別がつかない。

 エルフリーデはつっと一歩踏み出した。


 私とルリは即座に構える。逆光は剣士にとって著しい不利となる。


「私はエルレンディアと呼ばれる光の種族。あなた達の言うような魔女ではない」


 ソニアがアーバン国王宮で告げたことと同じことを言った。


「元より星の意思たる存在であり、その目的は光の力で人間を正しく導くこと。私の知識や力はそのために存在する。だが、ここに来て数百年。人類とは救いがたい種であるとよくわかった。蛮行の数々、もはや看過できない。このままでは星そのものが汚染され、やがては崩壊を招くでしょう。

 だからかつての神々が用いた偉大な力を以って、この星を浄化することにしたの。それにはヴァーミリオンと呼ばれる特別な石が必要だった。そのためにヴェルガ軍を使わせてもらったわ」


「・・・・・・ヴェルガを乗っ取ったのは、全てその石のためだというのですか」


「その通り。ヴァーミリオンは聖遺物。ヴェルガほどの力でなければ捜索も略奪も不可能だっから」


「それを使ってあなたは何をしようというのですか」


「全ての建造物、及び全人類をこの世から抹消する」


 暗く翳っていたエルフリーデの顔だが、目だけが怪しく輝いた。


「全てを無に帰した後、私とアリスで新たな世界を作るの。破壊を求めず、自然や平和を愛する人間のみを生成、または復元する。新世界が完成した後は、私たちエルレンディアが秩序を作り上げます、そこには真の平和が訪れるでしょう」


 あまりにも大それた話であった。

 夢のようで現実味のない話だと、妄言をのたまっていると、一笑に伏したいところであるが、エルフリーデは大業を成せる人物であるという直感があった。

 不可思議な力、身に纏う覇気、その全てが絡み合っている姿は我が国の姫を思い起こさせる。モノノケの王である天姫様。エルフリーデからは天姫様と同じ底知れない力を感じるのだ。


「既にヴァーミリオンの石は共鳴し、力を溜め始めているわ。早ければ三か月後にはヴァーミリオンの緋色の閃光の元、世界は書き換わるでしょう。ですからクリステル様、もう何をしようと無駄なのよ」

「そのような話を――私が信じると思いますか」

「信じると思いますよ」


 エルフリーデが何かを放ってよこした。

 瞬間的に手榴弾かと思ったが、それは手のひらに収まるほどの丸い水晶であった。まるで水を(かたど)ったかのように透明なそれは、枯れ草の上をころころと転がって私の足元まで来ていた。


「覗いて見なさい」


 私はこくりと息を呑む。

 恐らくこの水晶は武器の類ではないだろう。あれほどの力を持っているのだから、武器を持つ意味もないはず。

 拾い上げて中をのぞくと、そこにはアーバン国の王宮が見えた。先刻、私たちが王宮を出る際に見かけた門番の姿が確認できる。


 なぜこのようなものを見せる?

 その疑問と同時に、すぐさま背筋を冷たい汗がつたった。


――まさか


「消して見せてあげましょう」


 その言葉に呆気にとられた私たちは、次の瞬間、朱い閃光を水晶の中に見た。

 目を焼かれるほどの閃光に思わず手で水晶を覆った。

 同時に、遥か彼方で巨大な爆音が轟いた。


込み入った話になってしまいました。

戦争資金とかこの辺りはもう少しじっくり書きたかったのですが、あんまり面白くないですよね笑

やや省略しました。


ストーリーの疑問が生じた際はいつでも書き込んでください!

誠心誠意お答えします!

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