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皇女の猫【抑制版】  作者: WAKA
展開篇
101/170

煌く皇帝の間で

ヴェルガ国城内部、皇帝の間にてエルフリーデはヴァーミリオンの五石と対峙していた。皇帝の間は光を取り入れられるよう、巨大な硝子窓が設置されているが、今やその全てに幕が掛けられている。


 室内はヴァーミリオンの放つ禍々しいまでの赤色で染まっていた。

 ヴァーミリオンは五つ揃った瞬間、ゆらゆらと宙に浮いた。まるで海底に沈んでいた金貨が浮き上がり、陽の光を反射して光りながら浮上するようであった。そうして今や天井付近で五つの赤い石は万物を照らす陽の如く輝いているのである。


 五石はゆったりとした動作で回転を続けており、真下に赤色のスポットライトを降ろしていた。その中に立っていたエルフリーデは口端を歪めて笑っている。


「素晴らしいわ、これほどの知識」


 ヴァーミリオンは孕んでいた知識と力を余すことなくエルフリーデに注いでいた。

 人が生まれる遥か昔、まだ神々が存在していた頃の力や記憶が次々に目の前で展開されていく。


 神はこの世を清らかで美しいものにしようとした。神の恩寵を信じた故に、生き物は世界を敬い生きていた。しかし神々が去り、人間という種がこの世に蔓延った時からなにもかも変わってしまった。

 この生き物は権力を欲するあまり、殺し、奪い、果ては犯すに至るまで。神への敬いを忘れ、尊厳を振り捨て、地を汚した。


 エルレンディアは人間を導くために遣わされた。だが、光と闇のエルレンディアであろうと、もう人間を変えることはできない。奴らは増えすぎた、そして知識と力を持ちすぎた。

 数多の暴虐な振舞いを見てきた。それを阻止しようと何度も恩恵を与えてきた。


 結果、何も変わりはしなかった。

 彼らにとってエルフリーデの力は金塊に等しい。金塊が撒かれればそれに群がり、他者のことなど意に介さない有様である。


 人は変わらない。危険な本能を宿す種は、排除すべきである。

 ヴァーミリオンの力を集積し、解放できればこの星の未来を変えることができる。

 頭上で輝く石を見て、エルフリーデは胸が高鳴った。


 もう少しだ。

 もう少しでヴァーミリオンは完全に同調する。そこに光と闇のエルレンディアの力を注げば、計画は盤石なものとなる。

 この時をずっと待っていた。真の救済は近い。

 願いの成就が近いとわかったエルフリーデの瞳は異様に輝いていた。常は白い頬が、歓喜のあまり染まっているほどである。感情を表すことが稀な彼女が酔心する様は、ある種の妖艶さと美しさがあった。


「エルフリーデ」


 そこへやって来たのはアリスである。


「なあに?」


 ヴァーミリオンを見上げていたエルフリーデは、笑顔のままアリスに向き直った。


「もう随分ここにいるけど、石の調子は――え、なにこれ?」


 アリスが赤く染まる部屋の異常に気付く。

 扉から玉座までの床には、いくつかの砂の山が築かれているのである。麦袋をひっくり返したような砂の山は、規則性なく点々と存在している。


「これって」


 密閉された室内には煤けたような匂いが立ち込めている。砂とヴァーミリオンに目をやったアリスにはこれがなんであるかすぐに理解した。


「うふふ、入るなと言ったのに。その通りよ」


 エルフリーデは言う。

 この砂は人間だった。

 エルフリーデの許可なく皇帝の間に入った者は皆、ヴァーミリオンの力に焼かれて砂になったのである。


「石の調子がいいの、もう共鳴し始めたわ。うまく作用するまでは守らなければいけなかったけど、その心配もないわね。私たちエルレンディア以外がここに来れば、すぐにそうなるわ」


 頬を染めて満足げに言うエルフリーデに、アリスは奇怪なものを見たと思った。

 これまでもエルフリーデの笑みは見てきたが、今のような怪しい笑顔は見たことがなかった。


「それで何の用なの?」


 アリスはバイズの力を以って床の砂を吹き飛ばし、エルフリーデの元へ歩み寄った。


「ちょっと交代してほしいのよ、三日も缶詰めだったから。それでね、私が外に出ている間、ヴァーミリオンを見ておいてほしいの」

「いいわよ。これまで任せっきりだったし」

「石が共鳴した今、特にすることはないの。けど、念のためにね」

「ええ。心配しないで、きっちり見張っておくから。エルフリーデは休んで」

「ねえアリス、私たちだけの世界がもうすぐ訪れるの。そこでマリアに会えるわよ」

「・・・・・・ええ」

「あら、嬉しくないの?」

「嬉しくないわけない」

「そうよね、何年も待ったのだものね」


 エルフリーデは玉座から降り、扉へ向かって歩き始めた。

 カツンカツン、と踵を鳴らして遠ざかる音が響いた。その音が思い悩むアリスの心を逸らせる。


「ねえ、エルフリーデ」

「なに?」


 呼び止めておいて、アリスはそこから何も言わなかった。


「なんでもない」

「そう? ならいいわ」

「私はどれくらいここにいればいいの?」

「数時間で戻るわ」

「食事ならもっとゆっくりとっても――」

「食事じゃないわ」


 エルフリーデはアリスを見て再び笑う。


「ヴァーミリオンの力のおかげで、クリステル様がどこにいるのかわかったのよ。だからちょっと挨拶に行こうと思ってね」


 今のエルフリーデにとって、もはやこの世界の全ては無意味であった。ヴァーミリオンがある以上、ヴェルガを操って戦争をする必要もなくなった。


 無人島に遭難した者が救助されて島を後にする時、どこか後ろ帯を引かれることがあるという。

 煩わしく思えていたものが、ふと愛おしいように感じることがある。まさにそのような感情が降り立った。


 計画を邪魔するクリステルには怒りを孕んだこともあったが、こうなってみると気になり始めた。実際の所、エルフリーデはクリステルという人間に興味があった。人心の心を惹きつける皇女は今何を思い、何をしているのか。

 ヴァーミリオンの知識を一身に受けたエルフリーデは、即座にクリステルの元へ行くことが可能となっているのである。

 今更皇女を篭絡しようなどとは思わないが、話をしてみたくなった。


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