第96話 長い夜、戦いの場へ
『館内に通達します。樹林都市に向かって接近中のフォモール群を観測。SF部隊各員は直ちに格納庫へお願いします。……繰り返します。館内に通達します…………』
エリステラの平時におけるマネージャー役、狩猟団の広報職員エイナ=ブラウンの声が警報音に続けて団本拠館内全てに響き渡った。
狩猟団の技師長ダスティンは“救世者”へと向けていた視線を格納庫壁面に据えられた年代物の館内放送スピーカーに移す。
「お前には悪いが、坊主の奴は呼ばねえ。今、格納庫内にある戦闘可能なSFは三機、ジェスタとレナ、レビンの機体だけだがな。まあ、この警報だ。坊主もお嬢も自分の機体が動かなかろうと飛んで来るだろう。だが、アイツに機体の即時修復はさせられん」
視線を戻したダスティンは腕を組み、イーズィへと諭すように告げた。
『ダスティン技師長、それは何故でしょうか? 当機が復帰すれば、機体数は現状より確実に一機増えます。樹林都市森林警備配属のSF隊と共闘するにしても、コチラ側の機体数も多い方が良いはずです』
明らかに疑問符の付いた声音で簡易神王機構は技師長へと問い返す。ダスティンが何かを答えかけたそこへ、彼を呼びに副技師長ベルティンが駆け込んで来た。
「お、居た居た! 親父、六番整備台まですぐに来てくれ! ほら!」
駆けてきた息子に腕を掴まれ、ダスティンはそのまま引き摺られそうになる。腕を振ってベルティンの手を振り解き、技師長は不満げに言った。
「……ったく、騒々しい。いきなり、なんだってんだ!」
「いや、例のお嬢の新型がな……」
ベルティンは周囲を見回し、言い辛そうに父親に頭を垂れる。
「おう、お嬢の新型がどうした。ありゃまだ、パーツを組む段階でもねえ筈だろ。それより、今はジェスタ達の“テスタメント”だ。三機共、出動準備は出来てんだろうな?」
「んなん、何時も通りに手ぇ抜かずにやってあらぁ。いや、聞けよ親父っ、お嬢に何も言わずに破損した機体を改修に回しちまっただろ。そんで、この警報だ。機体が有ると思って知らずに格納庫に来たお嬢が、自分のSFが分解されてんのを見て、ぶんむくれでよ……」
「しゃあねえ、だが、特にレナの機体は短期間に腕を何度も付け替えてんだ。念入りにチェックしといてやれ。ほれ、後から行ってやる。お前はさっさと戻ってろ」
「チッ、ああ、頼んだぜ親父。なんとかなだめとくが、絶対、後から来てくれよな!」
ダスティンは足早に去る息子に顔すら向けず大雑把に手を振り追いやると、整備台へと視線を戻し“救世者”を見上げた。
「話を戻すがな、お前を修復させた時、ジョンの坊主はどうなる? 俺がお前の即時修復を止めんのはそこが気に懸かるからよ」
『それは……』
言いよどむ“簡易神王機構”に技師長は重ねて言い。格納庫の入り口から四番整備台に走りよる人影が見えた。
「言えねえって事なら、やっぱなんかありやがるんだろ。時間が掛かろうとお前だけでも機体修復は出来るんだったな? なら、乗り手にやたらな負担を掛けるな。……すまんが俺は行くぞ。ベルの所に行かにゃならん。後でな」
ダスティンはさっさと歩き出すと、四番整備台に近付いてくる人影に気付いて歩み寄った。一言二言、すれ違い様に人影に声を掛けると技師長はその人影と連れ立って六番整備台へと向かって行く。
『ワタシが……、御主人様に負担を……』
慌ただしく動く格納庫の中、傍らの三基の整備台上からSFが発進して行き。人気の失せたその場に残された機械音声の呟きを聞く者は誰も居なくなっていた。
†
『くふ、ぐふふふ………、やっぱり良いなあ。格好いいぞ。ガードナー専用機!! わははははっ!!』
ガードナー団本拠のSF格納庫を後に、脚部機動装輪を全開にして樹林都市の西街門を飛び出した緑を基調にした妖精の騎士のような形状のSF三機。レビン=レスターは自身に与えられた二丁の突撃銃を装備する狩猟団専用機の操縦席内で瞳を閉じて感慨にむせび、ニマニマと頬を弛ませた。通信回線を開いたまま。
『……レビン、キミ……キモいわね』
その様子をレビンのSFと併走する、ほぼ同装備の自機の操縦席で、通信画像越しに見ていたジェスタは身も蓋もなく呟いた。唯一他の二機と違う右腕をした“テスタメント”の中、レナは彼等のやり取りが映る画像を横目に、少し遅れて先を行く二機の後を追いながら、ディスプレイにポップアップさせたウィンドウで方盾内の弾薬の内訳を確かめている。
「擲弾弾倉が三、あとは通常弾倉が六、これに腰の給弾装置の大型箱型弾倉か。ビショップ種相手にこれで足りるかな? エリスも居ないし、なるべく無駄弾は少なくしないと。でも複合型銃砲発射装置って、回転式機関砲形態だと、どうしても無駄弾が……」
そこへ団本拠内管制室から、SF部隊の各機に通信が届いた。縁無しの眼鏡を掛けたショートヘアの女性職員、エイナ=ブラウンがディスプレイの画像越しに平坦な口調で語り掛ける。
『こちら団本拠管制、エイナ=ブラウンです。SF部隊各員に対象フォモール群について補足情報を通達します』
新たに開いた通信画像に映ったエイナに、弛緩させていた表情を取り繕うとレビンは敬礼を返す。
『レビン=レスター、了解した』
ジェスタは手を振り、レビンとは対照的に軽く返した。
『ハァイ、エイナ、アナタも宿直の日に大変ねぇ。ワタシも了解よ』
「はいはい、エイナ姉。あたしもね」
レナはさっとエイナの顔を一瞥し淡々と返事をすると、視線を別のウィンドウに移す。エイナは三人の顔を確認し頷くと唇を開いた。
『はい、では皆様、しばらくご静聴くださいませ。対象フォモール群は大樹林北西部上空から樹林都市に向かって尚も侵攻中。観測結果から得られた情報によると、不自然なほどに対象フォモール群の飛行速度が遅い事が判明しました。現在の飛行速度のままだとした場合、樹林都市上空へ最接近の予測時間は06:20、現時刻より約三時間半ほどの後となります。直近の各衛星都市への樹林都市住民の避難にも、戦闘区域の選定にも充分以上に余裕があります。ですが、対象フォモール群が今のまま、その速度を上げないとは限りません。よって、なるべく迅速な行動をお願いします。樹林都市森林警備が都市周辺の直衛となりますので、ガードナーのSF部隊の皆さんには、少数を活かしての大樹林内での遊撃戦力となっていただきます。此方で把握している森林警備の予測戦闘区域を数カ所、各機に送信しますので、各自確認及び隊員間でのご相談の上、戦闘区域の選考にでもご利用くださいね』
「ねえ、エイナ姉。……言い辛いんだけど、あたしの機体、弾が足りないかも」
説明を聴き終えたレナがエイナに言う。女性職員は首を傾げ、パイロットの少女に答えた。
『うーん、それは困りましたねぇ。ですが、私に提案出来るとしても、早めに戦闘区域を設定して、事前に数カ所に補給地点を設置して置くとか、くらいでしょうか? とりあえずダスティンさんには伝えてみますね。それでよろしいですか、レナさん?』
「うん、それでいいよ。ありがと、エイナ姉。でも今日、これからで間に合うかな? 今回はなんとか、有るだけで遣り繰りしてみる」
少女は女性職員の気遣いに頷きを返し、笑みを浮かべて礼を返しす。
大陸西海岸まで延びる大陸樹幹街道を反れ、狩猟団のSF三機は高く伸びる木々の間に滑り込み、北西へ進路を向け、大樹林内の道無き道を進み出した。
今回から金曜日の午後8時頃に週一で更新の予定です。
よろしければ今後もおつきあいください。




