第95話 公王家の秘事
時は暫し遡る。北東の公国を治める少女公王ファルアリス・セラフィム=パーソランは団長室に据えられた革張りのソファーに身を預け、ジョン達に向かって語り掛けていた。
「そも初代様が見つけ出したモノは大きく分けて二つ有りました。そして、そのどちらもが、あなた方の手にある“銀色の左腕”と同じ時代に産み出されたモノですの。その内の一つは、今はこちらの格納庫に厄介になっている“善き神”、そうあの子の事ですわ。そして、もう一つ、こちらこそが特に秘匿されるべきモノと口伝されておりますの。ですのでこちらについては、わたくしもお教えできかねます。それでもお伝えできるとすれば、“銀色の左腕”についても、“善き神”についても、“それ”によって公王家の者は知りうる事が出来たということかしら。……ああ、そうですわね、もう少し付け加えるとしたら、“銀色の左腕”も“善き神”も、ずうっと古いモノですわ。きっとあなた方が知るどんなモノよりもずっと。それこそ現在、古代文明と呼ばれる時代ですら現代とさして変わらないと思えるくらいには」
居合わせた者達にとって“善き神”という確たる証拠が無ければおよそ信じようのない秘事を瑣末事のように告げた少女は狩猟団の老団長へと朗らかな笑みを向けた。
「わたくし少々話し疲れてしまいました。休ませていただいてもよろしいかしら? 出来ればお部屋を貸していただきたいですわ、アーヴィング卿」
「……そうですな、直ちに用意させましょう。ファルアリス嬢からすれば、このような我が団本拠など酷い四阿でありましょうが」
アーヴィングの返答をファルアリスはにこやかな笑顔でやんわりと否定した。
「いえいえ、公国にはあまり広い建物は建てられませんもの。確かにわたくしの公城は、この建物より大きいですけれど、わたくし、個人的にはこのくらいの狭さの建物の方が好みですのよ」
「貴女にそう言って戴けるとは望外な事ですな。客室を手配します故、しばしそのままお待ち下され」
少女公王の要望に応え、アーヴィングは自身の執務机に据えられたパネルに指を這わせ、小間使い頭のメリッサとの通信を繋ぐ。アーヴィングもカフス型の小型通信機を身に付けてはいるが、団本拠内の通信に限るならば、こちらの方で十分だった。
「メリッサ、客室は使用できるね? 大切な御方だ。至急、客室まで御客人の案内を頼むよ」
『はい、いつもの通り部屋の支度は整え終えております。お客様をご案内についても承りました旦那様。只今、レナが傍に居りますので、彼女とともにそちらへ参ります』
まるで直ぐ傍に控えていたかのように、通信を終えてからさほど間を空ける事なく小間使いのメリッサがお仕着せに身を包むレナを従えて入室する。
「初めましてお客様方。私はガードナー家の小間使い達のまとめ役を任されております。メリッサ=ドースンと申します。こちらの者はレナ、御滞在の間にご要望が御座いましたら、私どもになんなりとお申し付け下さいませ。それでは私共がお部屋へとご案内いたします」
促されるままに立ち上がったファルアリスは頭を垂れるメリッサの背後に控えるレナへと面白いものを見つけたような視線を向けた。レナは楚々とした仕草でファルアリスへと礼を返す。
「あら、先ほどお見かけしましたけれど、あなたは狩猟団のSF操縦士の方でしたわね。ガードナーでは操縦士の方でもこういったお仕事をされるのですの?」
「いえ、……わたしは小間使いが本分ですので」
「元々、レナは幼い頃からのわたし付きの小間使いなのです。今はわたしのわがままで、一緒に狩猟団の操縦士もやって貰っておりますけれど」
小首を傾げ問うファルアリスへ、レナとエリステラが答えると、少女公王は軽く手を打ち合わせ破顔し、背後に控えるセドリックを見上げた。
「まあまあ、そうなのですね、それは良いことを聞きました。わたくしも公国に戻った際には付きの者に随伴させる事にいたしましょうかしら。セドリック、その時の人選はあなたに任せますわね?」
ファルアリスにそう宣言され、セドリックは右手を胸に当てて主へと頭を下げる。
「はい姫様、公国へとお戻りの際には速やかに」
「ええ、よろしくお願いします」
ファルアリスとセドリックの主従二人のやり取りが終わるのを見計らい、メリッサは声を掛けた。
「では、御嬢様、御付きの方もこちらへ。私共の後に続いて下さいませ」
少女公王達が室内から去るのを見送って、後にはジョンとエリステラ、アーヴィングの三人が残された。
†
明け方、ガードナー私設狩猟団格納庫の片隅に、屋外で倒れた後、牽引された“救世者”が倒れたその時のままの格好で整備台に載せられていた。
狩猟団整備班のSF技師達が慌ただしく動き回る中、不意にそれまで機関ごと停止していた機体の双眸に光が灯る。それを待っていたように“救世者”の載る整備台へと近付く影があった。技師長のダスティン=オコナーだ。
「目ぇ覚ましたか。機体の状態はどうだ? 自己診断は出来るか?」
軍手を嵌めた手を挙げ声を掛けるダスティンへと“簡易神王機構”は宙を眺めたまま挨拶を返す。
『……ダスティン=オコナー技師長、おはようございます』
「おうよ、おはようさん。で、どうなんだ?」
腕を組み鷹揚に頷くダスティンに“簡易神王機構”はようやっとといった様子で頭部を巡らせ技師長へと無機質な視線を向けた。
『再起動の直後から“簡易神王機構”および機体各部の損傷状態の診断を開始、只今、精査中です。……残り10カウントで全精査を完了。……5、4、3、2、1……完了しました。当SF“銀腕の救世者”の現状についてダスティン=オコナー技師長に報告、機体四肢関節部各擬似筋繊維アクチュエータの破断、内部骨格及び外部装甲の破損箇所を多数確認、しかしながら、機体中枢、操縦区画部の損傷は軽微、ジェネレータリアファル反応炉周辺部、“簡易神王機構”には重大な異常及び損傷は検知されませんでした。全損傷箇所は自己修復が可能。通常修復には約96時間を要すると予測。即時の損傷修復には搭乗者ジョン=ドゥによる認証が不可欠です。──当SF“銀色の救世者”は即時の機能修復の必要性を認め、ダスティン=オコナー技師長へ操者の召喚を要請します』
ダスティンは腕組みをしたまま眼前のSFを見上げると、引っかかりを覚えた点を問い掛けた。
「まあ、機械のお前が機能修復を求めるのはわかる。だが、なんでそんなに急ぐ必要がある?」
『団本拠管制に接続し、樹林都市周辺の最新のレーダー情報を取得しました。それによると北西の方角に未だ遠方では有りますが飛行型フォモール、ビショップ種と思しき群れの反応を観測。対象の速度はそれ程ではありませんが群れの進路上にこの樹林都市“ガードナー”が存在。一直線にこちらへ向かって飛行中、これより緊急出撃となる事が予想されます』
“簡易神王機構”がダスティンに返すのとほぼ同時に格納庫内に緊急警報が鳴り響いた。
次回更新未定です。
今月中に連載再開予定、再開時には割烹で報告します。
 




