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第94話 斯くて少女の語りしは

大変、お待たせしました。

お付き合い頂ければ嬉しいです。


 少年の前で、華やかな容貌の少女がにこやかな微笑みを浮かべている。ジョンは挑むような目で少女公王ファルアリスを見やった。


「あらあら、銀色の左腕(アガートラム)の操り手さんたら、ずいぶんと怖い目でわたくしを見ますのね? そんな瞳で見詰められたらわたくし、身体に穴があいてしまいそう」


 ファルアリスは何処からか取り出した羽根扇子を広げて口元を隠すと、傍らに腰を下ろした少年を流し見、自身の身体を抱いて茶化すように言う。


「──僕はジョン、ジョン=ドゥだ。銀色の左腕の操り手なんて、そんな名じゃない」


「まあまあ、それは失礼致しましたわ。……銀色の左腕(アガートラム)の操り手さん? ですが、何処かの誰か(ジョン・ドゥ)などと名乗るのですもの。本当は呼び名など、なんと呼ばれようと構いはしませんのでしょう?」


 険悪な雰囲気を漂わせる少年と少女のやり取りを対面から見ていたアーヴィングは、わざとらしい咳払いを一つ、少女公王に視線を送り、穏やかな声を響かせた。


「……ファルアリス嬢、貴女はどうして、このジョンの機体、“銀腕の(セイヴァー・)救世者(アガートラム)”について知っておられるのですかな? もしよろしければ、この老骨めに教えてはいただけないだろうか?」


「ええ、構いませんわ。もちろん、事細かにつまびらかに殊更詳しく、とまではお教えできませんけれど」


 ファルアリスは微笑みを老団長へと向け、軽い調子でアーヴィングの問いに答える。


「まあ、良い機会ですわね。銀色の左腕(アガートラム)の操り手さん共々、この場に()られるあなた方にもお聞きいただきましょうかしら。とは言っても、ほんの触り程度ですのよ。……それでも、よろしくて?」


 その言葉にジョンは先程まで少女へと見せていた態度を忘れ、弾かれたようにファルアリスへと振り向き、エリステラもはっとした顔で対面の少女へと顔を向けた。


「うふふ、その前に、少々失礼しますわね。──セドリック、わたくしのもとにいらっしゃい。わたくしのヒミツ、少し話そうと思いますの。……ええ、あら、貴方もそんな事を告げていたのね。では貴方がこちらに着てから始めるわ。あまり、(あるじ)を待たせるものではなくてよ?」


 唐突にソファーから立ち上がり、ファルアリスはほっそりとした腕に嵌められた小さな装飾された腕環(ブレスレット)型の通信機へと語り掛け、その場の一同を悠然と見回す。


「わたくしの侍従、セドリックが参るまで、少々お待ちくださいませ。彼がやって来てから、わたくしのヒミツのお話を始めます。それまではわたくしの国、パーソランについてお聞かせしますわね」


 笑顔を浮かべる少女公王の声がガードナー私設狩猟団団長室の内に朗らかに響いた。





「あなた方はわたくしの国、パーソランという国についてはどの程度を知っておられますの?」


 ファルアリスは自身の周囲を見回し首を傾げて問う。真っ先にアーヴィングは不思議そうな顔をし、顎に手を当て返答した。


「そうですね、一般的に知られている程度でありましょうな。この人類領域における四大国の一角にして、大陸中に流通する鉱物資源の有数の産出地。一年の大半を雪と氷に閉ざされる北限の公国、そして、ファルアリス・セラフィム=パーソラン、つまり、貴女が公王として治められる公国であるという事。また、国家としての軍隊を持たず、鉱物資源の対価たる有り余る財貨を背景として傭兵を主戦力とする。加えて言うならば……、我々のような狩猟団としてはこれが一番の関心事でありますが、その風土の為かフォモールが侵攻しないとされる。とまあ、こんな所でしょうか」


 少女公王はアーヴィングの言葉にこくこくと頷きを返し、満面の笑みを浮かべる。


「本当に、一般的に知られている事だけですね。──あとでセドリックを誉めてあげなければいけませんわね。隠すべきは……ちゃんと隠しているのですもの」


ファルアリスはジョン達の顔を見回し、唇の前に人差し指を立てた。


「……アーヴィング卿の話されたお話ですけれど、まずは一点、訂正をいたします。──我が国パーソランにフォモールが侵攻してこないと言われましたけれど、それ、本当は嘘ですのよ」


 アーヴィングは腰を浮かせ、掴み掛からんとする勢いでソファーから立ち上がる。


「……どういう事ですかな? ファルアリス・セラフィム=パーソラン公王閣下」


 アーヴィングの顔を間近にしながら平然とした表情で少女は答えた。 


「先日、ネミディアにおいても国境の北辺からフォモールが首都近郊まで侵攻して来たように、当然、我が国(パーソラン)にも大陸北辺からフォモールの群はやってきます。……まあ、我が国の場合、国土の北岸に上がる前には張り切った“善き神(ダグザ)”がほぼ全てを独りで片付けてしまうのですけれど……」


「では、巷に伝えられている話にはデマが混ざっている、と?」


「──ええ、ですが御安心くださいませ。我が国にいらした他国の方々も、我が公国民達もフォモールの姿を見ることはまずありませんのよ。一般の方々の目にはつかないように排除しておりますので。一生涯、フォモールの姿を見る事のない方も多い我が公国民の方々からすれば、確かに公国においては、フォモールなど存在しないようなものですわ」


『セドリック、まかり越しまして御座います。団長殿、どうか入室の許可を』


「どうぞ、扉は開いておるよ、入室したまえ」


 ファルアリスが唇を閉じたのを測ったようなタイミングで団長室の扉がノックされ、セドリックが入室する。そのまま侍従は年若い主人の前に進み出ると右手を胸に当て深く腰を折った。


「お待たせ致しまして、申し訳ありません。姫様」


 少女公王は閉じた羽根扇子で自らの侍従を指し、にこやかな笑みを浮かべたまま、ただ視線のみを鋭く光らせる。


「──セドリック。わたくし、待たせるなと言いましたわよ? ……うふふ、ですが今回は、あなたの為した働きに免じて不問と致します。日頃の行いはあなたを救いましたわね」


「有り難い御言葉、傷み入ります。姫様」


 腰を折ったままのセドリックが返す言葉を、聞き流すようにしてファルアリスはジョン達に顔を向け、三人の顔へとゆっくりと視線を巡らせた。


「セドリックも参りましたし、そろそろ本題に入ろうかしら」


 そして、部屋に集った中でも一番年若い少女は彼らの前で徐に口を開く。


「そもそもの始まりはパーソラン公王家、初代様の時代。未だに人類領域に国が唯一つだった時代、大陸中央での政争に敗れ、わたくしの祖先は今の公国の礎地となる大陸北限へと封ぜられました。当時、初代様はそれはそれは過酷な生活を強制されたそうですが、公王家の封ぜられた極寒の北の地にて或るモノを発見したのです。……それこそがわたくしへと連なる公王家の、そして、世界に隠されていた秘密……」


 数分後、儚げな唇から信じられない言葉を紡いだ少女は自身の胸に手を当て瞳を綴じた。セドリック以外のその場に居合わせたジョンも、エリステラも、アーヴィングも世界の人類史を覆す少女公王の告げた内容に、時が止まったかのように言葉もなく動くことすら忘れてしまっていた。

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