第93話 新生の鎚音
団本拠の団長室で少女公王がガードナー私設狩猟団団長との歓談を行っている最中、狩猟団SF格納庫で狩猟団の技師長ダスティン・オコナーは副技師長であるベルティンと並び、回収され整備台に載せられたエリステラのSF、“誓約者”を見上げていた。格納庫の片隅にはいつもは存在しない大型車両が停められている。
「……ベル、設計図は引けてるかよ」
「前に言ってたお嬢の新型か? ……そいつなら、こないだ上がったばっかりだぜ。机上でなら機体骨格の剛性やら雑多な計算も全部完了してるよ。ほれ、これ見ろよな」
ベルティンは作業着のポケットから携帯端末を取り出して画面を操作、父親に向け放り投げた。ダスティンは受け取った携帯端末にが映し出す映像に視線を落とし、内容を確認する。
「ならいい。設計図は部分毎に分けて整備班の連中に回せるな? 手の空いてる連中を、なるべく多く集めろ。ひさびさに特急の大仕事を始めるぞ。現場は空の六番整備台だ。急げよ?」
携帯端末を投げ返すと通り過ぎ様に、手袋に包まれた大きな掌でベルティンの背を張り、ダスティンは格納庫を抜け資材の確認に歩き出す。残されたベルティンは叩かれた背中に手を伸ばして呻き声を上げ、六番整備台に足を向け歩き出しながら襟元のカフス型通信機に叫んだ。
「……ってぇな……オヤジの野郎。──オイっ、手の空いた奴から急いで六番整備台に集合しろ! お嬢の機体専任を除いた隊員各機の専任以外は全員だ! 以前から話だけはしていたお嬢の新型の新造を始めるぞ!」
ベルティンの声に弾かれたように格納庫の彼方此方から専任以外の技師達が集まり出し、程なく数十名のSF技師達が格納庫の六番整備台前にたむろした。そこへタイミング良くダスティンが資材確認を終えやって来る。
「おう、集まってんな! 副技師長から聞いただろうが、これからお嬢の機体の新造を始める。班分け後、機体の各部位毎に作業工程を分割化して建造作業を進める。各班は準備完了後、副技師長から設計資料を受け取れ! 一度、この場で設計図の内容を全員で確認だ、問題点なんかに気付いたモンは言い出せよ?」
言葉を区切ったダスティンは技師達の顔を見回し、全員が真剣な眼差しを返していることに頷き、ベルティンに顎をしゃくって促した。頷きを返したベルティンは技師達を促し、迅速に班分けを終えると技師達の端末に設計データを送信する。
その場の全ての技師達の手元に設計データが行き渡り、設計図に目を通すのを見て取ると、ダスティンは再度声を響かせた。
「……見ての通り新型の基本設計はほぼ、うちのSFからの流用だ。だが一方で、新機軸装備や機体骨格の改良点、刷新された機構なんかもある。よく似ていても全く別の機体だと考えろ。──お前ら、ここまでに疑問点はあるか? 後からでも良いぞ、何か気付いたなら俺かベルに言え。──では、作業を開始する! 各班班長は後で構わんから作業工程書を作製して俺の所にな。──お嬢の専任は俺に付いて来い。大破した機体を分解するぞ。SF用ジェネレータの“リア・ファル転換炉”には、予備が無いんでな」
ダスティンは数名の技師達を連れその場を後にした。
†
「それで、何の御用なのでしょうか、ファルアリス公王様?」
珍しくツンとした態度でエリステラは目の前でソファーに楚々と座る少女に訊ねる。ファルアリスは年嵩の少女に視線をやる。
「先ほど、お伝えしたと思うのですけれど? まあ、良いです。わたくしは“銀色の左腕”の操り手さんにああしてご挨拶する為にこうして遠路はるばる、公国よりやって参りましたのですわ。──まあ、“善き神”の翼ならば、それ程、時間は掛からないのですが」
扉の脇に控えた小間使い頭のメリッサの淹れた紅茶に満たされたティーカップを傾けて一口分だけ口に含み飲み込むと静かにカップをソーサーに戻し、エリステラに向かって少女公王は笑顔を向けた。エリステラの隣りに腰を降ろした祖父アーヴィングは少女達の様子にわざとらしく咳払いを一度する。
「……オホン、そちらの言い分は分かったが、それ以外には何か用件は無いのだろうか?」
「特にはありませんわね。強いて言うなら“銀色の左腕”の操り手さんとは実際に会ってみたくはありますけれど」
「なッ!?」
顎に手を当て何事か思案するような表情を見せ、少女公王はアーヴィングの問いに答えた。思わず声を漏らしエリステラはもともと大きな目を一際大きく見開くとファルアリスを見やった。アーヴィングは孫娘の反応に小さく首を横に振ると唇を開いた。
「ならば、あの機体のパイロットであるジョン君を呼ばせよう。少々待って居られよ」
「お爺様!? どうして!?」
アーヴィングは孫娘を視線で制すとカフス型通信機を作動させ、この場にジョンを召喚した。
「その扉を出た廊下に居たようだ。すぐにやって来るそうだから。ファルアリス嬢、済まないがしばらくそのままでね」
アーヴィングが客人にそう声を掛けるのとほぼ同時に団長室の扉をノックする音が響いた。
†
『ジョン君だね?』
「はい、お呼びだそうですね」
『ああ、待っていたよ。来客中だが構わない、そのまま入って来なさい』
「では、失礼します」
アーヴィングからの呼び出しに格納庫に向かっていたジョンはとって返し、団長室の扉をノックする。室内から返って来たアーヴィングの声に従いその室内へと足を踏み入れた。
十四、五歳程の年頃の高価そうな服に身を包んだ見知らぬ少女と、祖父アーヴィングと並んでその対面のソファーに座るエリステラ達からの視線が少年を射抜いている。特にエリステラからの視線はとても不機嫌そうなもので、ジョンは思わず身構え、アーヴィングとエリステラの間に視線を彷徨わせた。
「あ、あの……? なんでエリスはそんなに不機嫌そうなんですか?」
「ふふ、わたくしとあなたを対面させたくなかったようですわよ。やっとのお目覚めですのね。“銀色の左腕”の操り手さん?」
「……君は!?」
おののきながら訊ねる少年に、アーヴィングでもエリステラでもなく見知らぬ少女が答えを返す。その声にジョンははっとして今まで気にしていなかった少女へと目を向けた。
「ええ、そうですわ。先程は“善き神”の中から失礼を致しましたわ。改めてご挨拶いたします。わたくしはファルアリス・セラフィム=パーソラン。パーソラン公国という小国の公王などをしております。“よろしくお願いしますわね、銀色の左腕”の操り手さん」
少女公王はソファーから腰を上げ立ち上がると、呆然として自身を見詰める少年に向かってカーテシーを送った。
「……そうか、君が」
ジョンは皮膚に爪が食い込む程に強く拳を握り締め、平静を装いながら無邪気に微笑みを向ける少女公王に返した。
「わたくし、あなたとのお話しに参りましたのよ。さあ、こちら、わたくしのおとなりにお座り下さいませ!」
「な、な、な、なんでジョンさんがあなたの隣りに座らないとなんですか!?」
ファルアリスは再度座っていたソファーに腰を下ろすと、手のひらで空いている自身の隣を指し示す。エリステラはそれに悲鳴のような声を出して抗議した。
次回、11/1更新予定




