第92話 少女公王
ガードナー私設狩猟団団本拠敷地内に入って来た公王家の紋の付いた大型車両が未だ組み合う“善き神”と“救世者”の傍に向かって走り寄る。
“善き神”はその車両の存在に気付くと組み合いを続けていた“救世者”を去なし、その機体を地に倒すとその場に跳躍、竜型に姿を変えると十二の翼を開きやって来る車両へと飛行した。狩猟団の面前に急停車した車両は大型の後部貨物室の隔壁を開放、竜となった“善き神”はその開放された後部貨物室に飛び乗り、隔壁は迅速に閉ざされる。
一方、地に倒れた“救世者”は機能停止、その間際にコクピットハッチが自動で開放、意識を失った少年の身体が投げ出された。
「そんな、ジョンさん!?」
「おい、無事かジョン=ドゥ!?」
「レナ、アナタは団本拠に走って、担架と救護班を! お嬢、レビン君そこどいて!」
ガードナー私設狩猟団SF部隊の者達は急いで機体を乗り捨て、投げ出された少年に駆け寄って行き、ジェスタに指示されたレナは団本拠へと駆け出した。時を同じくして車両から降りた公王家の侍従長、セドリックははガウンを手に少女公王へと歩み寄る。
侍従長から手渡されたガウンに腕を通したファルアリスは侍従のその働きに労いの言葉を贈る。
「ご苦労様、セドリック」
「勿体ない御言葉、有り難く頂戴致します。姫様」
年若い主人の言葉に礼を返し、セドリックは深く腰を折った。
「そうそう、ガードナー卿とのお話し合いの為の衣装は用意出来ていて? まあ、貴方の事ですから、疑ってはおりませんけれど」
「は、客室にお戻りいただければ」
「あ、その衣装、貴方が選んだわけではないでしょうね?」
「姫様には専属の衣装係がおります故、その者の仕事で御座います」
担架に載せられ、団本拠の建物に運ばれていく少年を横目にしながら、茶目っ気たっぷりに侍従長へとからかうように言う少女公王へ、セドリックは真面目な表情で返答する。
立ち並び会話を交わす主従二人の佇むそこへ、一人の人物が歩み寄って行った。セドリックは静かに一歩後ろへ下がるとやって来た人物に対して腰を折る。少女公王は笑顔を向け、カーテシーを贈る。
「ガードナーの若い者に随分な事をするね。パーソラン公国公王、ファルアリス・セラフィム=パーソラン嬢」
「ただいまそちらへ伺うところでしたのよ? アーヴィング・エルド=ガードナー卿?」
やって来た人物は、ガードナー私設狩猟団団長のアーヴィングへと少女は互いに貼り付けたような笑顔を交わし合い、中身の無い言葉を送りあう。
「こんな格好では失礼ですもの、衣装を替えてから団本拠とやらの建物に伺いますわ。少々お待ち下さいませ、アーヴィング卿」
先に視線を外したファルアリスは老団長へとそう告げると、その身を翻し背後の大型車両へと戻って行った。
†
「…………ん……くっ! ……あ……僕は……」
小さく呻き白いシーツの上に少年は目を覚ました。いつかと同じ様に頭を回し、室内に視線を這わせる。
「……ここ団本拠の…………」
「そう、団本拠の医務室よ」
期待せず放った独り言に返事が返され、少年は慌てて身を起こし室内に視線を巡らせ、その場に存在する自分以外の人物を知った。
「…………シャロンさん」
「おはよう、ジョン君。痛い所とか苦しい事とかは無い?」
「いえ、特には」
ベッド脇の椅子に座る団本拠の医務室で医師を勤めるシャロンにジョンは首を横に振る。並んでジョンの寝ていたベッドに突っ伏して眠る小さな二人の背中を優しくさする。
「……そう、良かったわ。この子たちも君が起きるまで待ってるって言っていたんだけどね。ご覧の通り寝ちゃったのよ」
「アクセル、ファナ……ありがとう」
並んで眠る小さな兄妹に少年は頭を下げた。それを見て二人の母親が慌ててジョンを制止する。
「ああ、良いの良いの。この子たちが勝手にしただけなんだから。頭を上げてねジョン君」
「でも、アクセル達にも心配させたみたいだから」
少年は俯き気味に言い、規則正しい寝息を立ているアクセルとファナの寝顔へ視線を向けた。
「ジョン君、ちょっと失礼するわね?」
シャロンはジョンの顔に両手で挟み無理矢理上を向かせると、少年の瞼を開いたり口を開けさせて簡単に少年の具合を診察する。
「ん、とりあえず、診た感じは大丈夫そうね? でも後で詳しく検査はするから、覚悟はしといて。じゃ、エリスちゃんが待ってるから、行って安心させたげなさい」
「あ、はい、行ってみます」
少年は女医に背を叩かれ小さな兄妹の頭を撫でると医務室を後にした。
慣れた様子で団本拠の廊下を歩き、階段を上って隊長をしている少女の部屋を目指す。エリステラの部屋に向かい歩いていく途中、階段を上りきったよく見知った顔に遭遇した。
「あら、ジョン。もう起きても大丈夫なの? あ、そうそう、お嬢は今部屋に居ないわよ。アーヴィング翁に来客中でね。あの娘もそれに付き合ってるの」
「来客って?」
「パーソラン公国って知ってるかしら? そこの公王様よ。ネミディア連邦とは中央山脈を挟んで東にある国土の広大な小国ね。この人類領域大陸の四大国の一つで唯一、自国の軍隊を持たない国としても有名なのよ」
青年の意味の解らない物言いに少年はクエスチョンマークを顔に浮かべる。
「国土の広大な小国ってどういうこと?」
「言葉通りよ。国土は広いけど、国としては小規模なの。都市の数も多くはないし、その広大な国土も年中の大半は雪と氷に閉ざされているから利用できる時期も限られててね。フォモールも嫌がってパーソランにはあまり出ないらしいわ」
ジェスタの話しを聞き少年は感心した声を漏らす。
「へえ、でも、そんな国の公王とかいう偉い人が狩猟団に何の用で?」
ジェスタは肩をすくめ少年に答えた。
「気になるなら、格納庫に行って見なさい。それで分かるわ」
「そうか、じゃあエリスに顔を見せたら格納庫にも行ってみることにするよ」
ジェスタはジョンへ片手を上げると階段を降りて行く。少年は踵を返し、青年の背を追うように上がって来た階段を逆に戻り、降りて行った。
「まだ応対中、か。じゃあ、先に格納庫に」
アーヴィングの部屋に続く廊下の端に立つと扉の前に見知らぬ男性が立っていた。男性は少年の姿を見留めるとジョンへ手招きしする。訝しみながらジョンは男性に近付く。
「久しいな、“08”。私はセドリックと名乗っている者。今のお前の名はなんという?」
自身に対する男性の呼び方にジョンは知らず身構えていた。
「まさか、貴方は“nameless numbers”の者か!?」
「そうだとも言えるし、そうでは無いともいえる。私には最早、“01”の野望にも“02”の理念にも興味は無い。私の今の主の廊下はこの部屋の中にてアーヴィング卿と歓談中だ。主の正体が知りたいのならば彼方へ行ってみる事だ」
セドリックは飄々と言い、ジェスタと同じくSF格納庫を指差した。ジョンはその足を格納庫に向ける。
「見れば分かるだろう。……私の主人の、その一端は。……時間が作れるならば、あとで私の下に来るといい。知りたかった事の少しくらいならば教えてやれん事も無い」
歩きさる少年の背中に男性の声が掛けられた。
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