第91話 困惑の対面
“救世者”の光刃は“善き神”の放った竜吐息を切り裂き、“善き神”の吐息は“銀腕の救世者”の“神王晃剣”の光圧を乱散し、空中に光爆を起こした。太陽のそれと似た眩しいほどの輝きが収まった後、双方の攻撃は共に互いの機体に届く事なく無効化されていた。
「……お前は赦さない!」
空中に駆け上がった機体内で激昂する少年に応えるように、“銀腕の救世者”の左腕が発光、そこから溢れ出た燐光がジョンの機体を覆い尽くす。その眼前で竜型の機神は肩部と腰部の装甲として畳み込んでいた六翼を開いて背に十二枚の翼を展開、翼を帯電させる。“銀腕の救世者”は銀腕の掌を拳に握り、相手に対して一直線に突き出した。
『素晴らしいですわ、“銀色の左腕”の操り手さん。──ですが、それ以上の変異は止めておいたほうが良いですわよ?』
「なっ、女の子っ!?」
突然に対峙した機体から発せられたあどけない少女の声にジョンは愕然とし同時に、突進する“救世者”の軌道が“善き神”から反れ、何もない空間を“銀色の左腕”の拳が打ち抜いた。
『ご機嫌よう、“銀色の救世者”の操り手さん? わたくしはファルアリス・セラフィム=パーソラン。しがない小国の国家元首と、この“善き神”の主をしておりますわ。──では、これに耐えてみせてくださいませ』
笑み混じりの声と共に、ジョンの眼前で“善き神”は背部に展開した十二枚の翼を帯電させた光で繋ぎ、翼と翼の間に六つの光球を生み出した。
『いきますわよ? それっ、八陣戦鎚!』
ファルアリスと名乗った少女の掛け声と共に“善き神”と呼ばれる機体の背後から飛び出した六つの光球が個別の軌跡を描いて空中をなめるような動きで飛び空中で交差、収束して一つの塊となると八本の雷光の腕を伸ばし、回転しながら“救世者”へと襲い掛かった。
「こんなもの!」
ジョンは自身へと襲い来る光球に機体を後退りさせつつ、燐光に包まれる左腕を振るう。機体の周囲に振りまかれた“救世者”の燐光、量子機械群はその場に留まり、空を舞う“善き神”の光球を迎え討った。
“善き神”の光球は“救世者”の量子機械に触れた瞬間に爆発、周囲に伸びた八本の雷光の腕は光球の回転に従って爆発と共に縦横に振り抜かれる。“救世者”の機体は爆圧に宙を振り回され、雷光の鞭に幾重に打ち据えられた。
ジョンは着弾の瞬間に“銀色の左腕”を機体前方に翳して身を庇い、少年の機体は地面へと墜落、“団本拠”SF演習場にクレーターを穿つ事となった。
“善き神”は十二翼を羽ばたいて空を打つと元の竜の姿へと変型、墜落していく“救世者”の後を螺旋を描いて滑空し追う。視界の隅にそれを捉えながら少年、ジョン=ドゥの意識は暗転し、やがて彼は気を失った。
†
打ち身の痛みに、機能停止した暗いSFのコクピットの中で少女が目を覚ます。脱臼か骨折でもしたのか、動かない左腕をそのままに、動かせる右手で身体を抱えた。
「……うくっ……あ、わたし、生きて……」
痛む身体を推したエリステラは、闇の中を片腕で手探りに機体の緊急脱出装置を作動させた。圧搾空気の抜ける音の後に炸薬音が響き、コクピットブロック周辺の装甲が展開、コクピットハッチが露出開放された。開口部から注ぐ光に暗闇から這い出したエリステラは眩しさに目を細め、ゆっくりと目を馴らすと辺りを見回した。ガードナー私設狩猟団SF部隊の者達は、エリステラの姿とその無事を確認すると、皆一様に空へと視線を移す。姿の見えないジョンの機体を探したエリステラはパイロットスーツの首元に着けたカフス型の通信機を起動、隊員達へと通信を繋げ、少女は自身の倒れた後の状況を訊ねる。
「皆さん、わたしが倒れてからいったいどうなりましたか? それに、ジョンさんは?」
レナは弾かれたようにエリステラへと通信を返す。
『エリス、良かった、無事ね? ジョンのSFは例の不明機と交戦中。でも、アイツの方が分が悪いみたいだわ』
機体の指先で空を飛び交う二つの点を指差し、レナはエリステラへと返答した。その指先が示す場所にエリステラは驚愕した。
「はわ、空の上、ですか!?」
『そうよ。それよりお嬢、あなたの方は何処か怪我はない? ジョン君はレナが言っているように交戦中。そう、空の上でね』
女口調の美青年がそう告げると刹那の間もなくジョンのSFは高空か落下、少女達の目の前で演習場の中央にクレーターを穿っていた。
『レビンっ!!』
『はっ! レビン=レスター、未確認敵性体に対し迎撃を開始します!』
竜の姿をした機体がゆっくりと螺旋を描いて舞い降りて来る。ジェスタやレビンのSFが手にした銃砲を発砲し空中の“善き神”に向かって弾丸を飛ばすが、竜型の機体は蛇体をくねらせ弾丸を回避するとガードナー私設狩猟団SF部隊の眼前に悠然と降り立った。警戒する狩猟団の面々を前に、“善き神”から少女の声が響いた。
「上空で“銀色の左腕”の操り手さんにはご挨拶致しましたが、こちらでももう一度、自己紹介致しますわね。わたくしはファルアリス・セラフィム=パーソラン、しがない小国の国家元首と、この“善き神”の操り手をしておりますの。ガードナー私設狩猟団の皆さま、どうぞお見知りおきくださいね?」
『なっ!! パーソラン!?』
“善き神”の竜頭が顎門を開き、そこから朗らかな言葉を紡ぎ、姿を現した薄衣を纏った少女に、ガードナー私設狩猟団SF部隊の面々の視線が集中し、その少女の名乗った姓にレビン一人が過剰に反応する。
誰かと言わず、険の籠もった幾つもの視線に射抜かれながら、ファルアリスと名乗った小柄な少女は平然と微笑みを浮かべガードナー私設狩猟団の者達を見回していた。
『──高驚異の敵性機の存在を索敵、搭乗者ジョン=ドゥの意識喪失を確認、当機“簡易神王機構”は搭乗者保護を最優先、直ちにこれを排除します』
“善き神”の背後で軋む音を立て墜落した“救世者”が自らが穿ったクレーターの縁に手を掛けて起き上がり、一っ飛びに跳躍、眼前に佇む“善き神”へと襲い掛かる。ファルアリスがそれに反応するより早く“善き神”が独りでに人型へと変型、“救世者”の振り抜いた拳を受け止め無効化した。ファルアリスは笑みを浮かべたまま、“善き神”へと振り返る。
「あら、ありがとう“善き神”、ええ、助かりましたわ。そのまま、そちらで“銀色の左腕”を抑えていてね? あらまあ、ご挨拶の途中で失礼致しましたわ。先触れは走らせたのですけれど、すれ違いでもしたのかしら? 申し訳ありませんわね」
困惑するガードナー私設狩猟団SF部隊の面々を前に、ファルアリスは何事も無かったような様子でそう口にし、彼女の背後では“救世者”と“善き神”の二体が組み合い、力較べの様相を呈していた。
次回、10/26更新予定




