第90話 天より来たる
SF格納庫から飛び出したジョンの駆る“銀腕の救世者”は脚部機動装輪を展開、団本拠内指揮所から送られて来たレーダー情報を下に接近中の飛行物体が飛来する方向へと走り出した。
彼の機体の進路の先に有るのはガードナー私設狩猟団敷地西側のSF演習場、既にそこにはガードナー私設狩猟団SF部隊の面々の四機の機体が並び、それぞれの手にした銃火器の砲口を上空へと向けていた。その中の一機、真新しい装甲に包まれた“TESTAMENT”が“救世者”の遅参に気付きに近付いて来た。
『遅いぞ、ジョン! 貴様、何をやっておるかっ!』
『レビン君は言い過ぎな気がするけど、確かに遅かったわね』
「や、ごめん皆。アクセル達と一緒に少し離れた所にいたら、いきなりこれでさ」
通信機越しにいきなり怒鳴られたジョンを庇うようにジェスタから通信が入り、次いでエリステラからも通信が入る。
『まあ、それでは仕方ありませんね。それでジョンさん、アクセルさんとファナさんはどちらに?』
「うん、団本拠に置いて来たよ。二人とも慣れてて狩猟団の団員の皆とも顔見知りだし、狩猟団の内勤にはシャロンさんもいるからね」
朗らかに返すジョンに、レナからの呆れ気味の声が聞こえた。
『あんた、あの子達になんでそんなに懐かれてるの? ファナとか、あの子すっごい人見知りなのに。レビンなんて顔見せただけで泣くわよ?』
「さあ、なんでだろうね? でも、二人ともいい子達だよ」
通信機の向こうで二度、手を叩いたエリステラが隊の皆に号令を出す。
『さあさあ、皆さんお喋りは止めですよ。そろそろ対象が視認距離に入ります。迎撃をお願いしますね?』
エリステラ機は両手で構えた“雷霆”のレバーをコッキング、長大な砲口をこちらへ向かって飛来する影へと向けた。エリステラ機は遠距離にある上空の影に照準を定め、間髪入れず“雷霆”を発砲した。
狙い過たず着弾するかと思われた瞬間、上空の影は翼をすぼめ落下するように急降下、エリステラ機の抱える砲身から放たれた弾丸は上空へと飛び去った。上空の影は空中で回転、再度翼を広げると姿勢を戻しこちらへの接近を再開した。
『……うそ、エリスの狙撃が当たらないの!?』
『アレ、フォモールとは思えないわ。……待って、何か撃ってくるみたいよ!?』
『皆さん、散開をっ!? ……きゃっ!』
上空の影が放った正体不明の攻撃を浴び、エリステラ機の抱える“雷霆”が爆発し、少女の機体が弾き飛ばされた。
『エリス!?』『お嬢!?』『ガードナー隊長!?』
ガードナー私設狩猟団SF部隊の皆から少女を気遣う声が飛ぶ中、ジョンは一人空を睨み、上空の影へと向かい機体を走らせた。
「……奴は、仕留める」
†
空を行く六対十二枚の翼を持つ、蜥蜴にも似た姿の四足獣、伝承上の竜を思わせる“善き神”の内側で、ファルアリスは完全同期を一瞬終了させ、頬にたおやかな指先を添えた。
「危なかったですわね。とっさに反撃してしまいましたが、あの機体の操縦者の方、亡くなっては居りませんわよね?」
少女公王は先程、反撃してしまい吹き飛ばした機体を思い返すと独り言ちた。
「……あら、まあ、まあまあ、“銀色の左腕”の方からこちらに! これはわたくしからもお持て成ししなくてはね」
少女公王は完全同期した“善き神”の中央二対の翼を帯電させエネルギーを翼の間の空間に収束、発生させた光熱の奔流を、こちらに向かって地上を脚部機動装輪を用いて疾走する左腕のみ銀色をした機体へと連続的に解き放った。
「……あら、あらあら? 何故でしょう、当たらないですわね? ……光と等速の攻撃って避けられるものだったかしら。気を取り直して、では、次ですわね」
“善き神”の攻撃を予備動作もなく避け続ける“救世者”にファルアリスは“善き神”を地上へと急降下させ、その姿を変化させる。
竜の頭が首を縮めて胸部へと倒れ、竜の前肢を折り畳まれると背部へと移動、空いた場所に後肢が移動し、蹴爪の四指が拳となる腕となり、長く伸びる尻尾が左右で分割され、付け根から三分の一を膝としてその先が折れ、脚部を構成した。背部に生える六翼の内、二対が重なる様にして肩部、一対が腰部を丸く覆い装甲となる。
竜を模した騎士の兜を思わせる頭部が折れた首の付け根から出現、“善き神”は竜体から全高10mを越える人型の姿となった。
「うふふ、”銀色の左腕”の操り手さん、これからが本番ですわよ」
背部の翼に手を伸ばした“善き神”は二翼をもぎ取ると、機体前方でもぎ取った翼を連結、落下中の機体を回転させ、連結した翼刃を投げ放つ。弧を描き襲い掛かる翼と挟み込むように“善き神”は着地と同時に地面を蹴ると両腕にエネルギーを纏わせ、輝く両手の爪を“救世者”へと走らせた。
「……っ!? なにかしら……怖いわ」
攻撃を行ったファルアリスは何かを恐れたか、弾かれる様に“善き神”を飛び退かせると、戻って来た翼を片腕で掴み、二翼の連結を解いて背中へと戻す。
「やん、何をなさるの!?」
追い縋り飛び掛かって来た“銀腕の救世者”の剣閃を避け、“善き神は”翼をはためかせ、上空へと退避した。尚も追い縋る“救世者”は全身に銀光を纏い、頭部から銀糸のような幾筋もの残像を残すと地を蹴り、重力を忘れたように空へと駆け上り始めた。
「……ダメですわ。終わってしまうのは」
“善き神”は左腕から光の剣を伸ばした“救世者”に向け、胸部の竜頭の顎門を開いた。
“救世者”の振り抜いた“神王晃剣”の光刃を、“善き神”の竜頭が解き放った吐息が迎撃。両者の放った膨大なエネルギーが両機体の中央で太陽のような光爆を発生させた。
†
「……やっと舞台に上がる気になったのか。“善き神”、それだけは何時も読めないな。……気に入らないが、無くなっては舞台が破綻する。致し方ない……」
青年は竜を模した機械騎士を眺め、独り言ちると他方へと視線を移した。
「ああ、“敵対者”! 君は足掻くのだね! 舞台はいい流れになってきた。全ては君のお陰だ。せめてもの礼だ。ほんの少し手助けを……」
青年が呟くと、何処かに幽閉されていた少女の桎梏が僅かに緩んだ。
やがて目を覚ました少女がどういう行動を起こすかを思い、青年は僅かに頬を緩ませる。
「新たな王は忙しい事だね? だが、済まないが君にはいつまでもそうあって貰わねばならない。そして、私の為に、君が果てるその間際まで、この舞台を廻しておくれ……」
青年は中央に立つ王冠を持たぬ王を指差し、王の周りに侍る者達を一人ずつ指差す、寄り添うように立つ金髪の少女を、黒髪の小間使いを、美しい面の道化を、騎士を、敵対者、女王を、簒奪者を順に指す。その周囲にも無数の人影が顔も判らぬ遠くまで並んでいる。
「彼等は全て、ただ、君一人の為にある。やがて君の至る所に、私の存在するこの場所に、辿り着いて来るといい。そして、私を……」
誰もいない空間に一人、青年は独り言ちた。
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