第88話 影に棲む
ネミディア連邦首都“ネミド”、公的には存在しないとされるスラム街、その奥まった路地裏で二人の人物が対峙していた。
「やあ、元気かい? こうして君と顔を合わせるのは随分と久し振りだ」
その人物から馴れ馴れしく声を掛けられたアンディは眉を顰め、不機嫌そうに指に挟んでいた火がついたままの吸いかけの煙草を足下に落とす。
「……何の用だ? ……俺はお前なんかと顔を合わせたくなんて無かったがね」
落ちた煙草を踏みにじり、睨み付けながら言うアンディにその人物は嘲る様な笑みを浮かべた。
「連れないねぇ。ふふ、聞いているよ。君、珍しく失敗したんだってね。……御得意な暗殺に、さ」
アンディは咄嗟に掴み掛かるが、対峙していた人物はその手をひらりと躱し、何事も無かったように澄まし顔をしている。アンディは掴み掛かったのと逆の手にいつの間にか逆手に握った超硬化処理陶製ダガーの刃がその人物の喉元を目掛け一閃した。
「……僕を殺そうってのかい? ……無駄な事だね」
ぱっくりと開いた喉の傷口を晒しながらその存在は平然と言葉を紡ぐ。アンディはまた眉を顰めるが、見る間にその人物の喉に開いた傷口が塞がっていった。既に傷がついた痕さえ残っていない。
「とは言え、僕も痛いのは嫌だからね。手短に済まそうか。……次の指示だよ、期限はあるらしいけど僕は知らない。詳しい内容確認は任せるよ。コレね。あ、コレ自体も何時も通りの仕様だから」
その人物はアンディに水晶型の記録媒体を放る。放られた記録媒体を空中で掴み取ったアンディはジャケットの裏に隠していたナイフシースにダガーを戻すとその人物に背を向け、さっさと路地裏から去っていく。
歩きながら新しい煙草を咥えたアンディが、火をつけながら視線を来た方向に戻すと、既にそこには何も存在していなかった。
咥え煙草で歩きながら取り出した携帯端末のスロットに先程の記録媒体を装填、視覚保護を掛けホロディスプレイを投影させた。
「次もまだアイツを追うんか、こっからガードナーに移動とか、ダリぃな」
内容を確認したアンディはぼやきながら記録媒体を端末から抜き取ると無造作に歩いてきた路地に投げ捨てた。路地の端で見慣れない男の様子を伺っていたホームレス達がアンディの放った記録媒体目掛け、我先にと殺到した。
アンディが去って暫くして、スラム街のある路地で発生源不明の謎の爆発が起こり、その場にいた幾人ものホームレスの人々が命を落とした。
†
狭いSFのコクピットの中、ジョンは機体の機関を極限まで低下させた上で自身の息までも殺し、SFの機体で待ち伏せをしていた。不思議そうに簡易神王機構が少年に問う。
『ご主人様、“銀腕の救世者のコクピット遮音性は完璧です。何故、外部に聞こえる事もない息を潜めて居られるのですか?』
「……し、意識の問題だよ。心構え次第で結果は変わるから。だから、君も静かにするようにね」
口の前に伸ばした人差し指を立て、少年は機体制御システムに答えた。
『……承知いたしました。これより当機内も静音モードに移行します』
素直にジョンの言うことを聴き入れ、簡易神王機構は静音モードに移行する。ジョンは簡易神王機構の反応に頷きを返す。
「……うん、じゃあ、レーダーを表示、狩猟団の味方の動きを教えてよ。そろそろ、僕らの出番だろうしさ」
『……はい、レーダーを起動、ご主人様、マーカーにて色分けしたレーダー情報を表示します」
息を潜めるジョンの視界にレーダーの取得した情報が展開された。
「……ああ、もうすぐだね。やっぱりみんな上手いね。着実に追い詰めてる。簡易神王機構、機関出力を徐々に上げ、……予測情報から敵影がこちらの射程圏内に入るまでのカウントダウンを開始、カウントゼロと同時に完全同期の上、脚部機動装輪を起動。一気に行くよ!」
目を見開いたジョンは矢継ぎ早に簡易神王機構に指示を送り、“銀腕の救世者”の装備する突撃銃を改めて構え直させた。
『10カウントスタート。……7、6、5、4、3、2、1、0! 射程圏内に敵影でます!』
簡易神王機構がそう告げるのと同時に目を瞑った少年の感覚が機体のセンサーと同期、自身の身体を動かす自然な動作で“救世者”が突撃銃のフルオート射撃を開始、待ち伏せしていた茂みから飛び出すと巨躯のフォモールの眼前を走り、機動装輪での疾走を開始した。
「あんなデカい熊型がポーンとか冗談だよね? まあ、やるしか無いんだけどさ」
向かってくる山のような熊型に、早々に撃ち尽くした突撃銃の弾倉を排出させ、新しい弾倉を叩き込むと更にフルオート射撃。自身の“救世者”を囮に灰色熊型の進路を誘導し、事前に打ち合わせた位置に連れて行く。
「だけど、まあ、もう、終わりだよ」
ジョンと灰色熊型の横合いから撃ち込まれた大口径の弾丸が熊型の眼球を貫き通し、金属の獣毛に覆われた頭部を爆発させる。走る勢いのままに突っ込んでくる頭部を失った巨熊の身体を避けて、“救世者”は横っ飛びに飛び退いた。そこにエリステラからの通信が入る。
『……やりましたか? 手応えは有りましたけれど、どうでしょう、ジョンさん?』
「うん……やった、とは思うけど……、ちょっと待って何か変だ! “銀色の左腕”展開準備」
ジョンはエリステラに返事を返しながら、“銀色の左腕”の展開準備をし、灰色熊型の死骸に注意を払う。
灰色熊型の砕け散った頭部以外の部位が独りでに爆発四散し、無数の塊に分かれるとそれぞれが様々な姿のフォモール・ポーンへと変化、“救世者”へと殺到した。
「分裂したっ、何だこれ!?」
ジョンは襲い掛かるフォモールの間を時にはすり抜け、時に飛び退くと通り過ぎざまに突撃銃で射撃する。
「“銀色の左腕”展開、神王晃剣斬り裂け!」
全てのフォモールをやり過ごすと機動装輪で機体を旋回させ、展開変形させた左腕から伸ばした光の刃が一閃し、尚も殺到しようとする灰色熊型の死骸から変化したポーン種の群れが斬り裂かれ、光刃の生み出す超高温に灼かれ焼滅した。
「クソ、同期が……」
“救世者”の展開変形していた左腕が独りでに元の姿に戻り、機体との完全同期が解除された。そして、少年は意識を失った。
『ジョンさん? ジョンさん!? お返事を!」
薄れゆく意識の中、ジョンは何処か遠くにエリステラからの通信を聞く。
『ご主人様、返答を!? ……失礼します。コクピット内、生体情報スキャン開始』
復帰した簡易神王機構がコクピット内のジョンを精査した。
『スキャン終了……、エリステラ嬢応答を願います』
『ジョンさん!? どうされました!?』
ジョンからの通信と勘違いしたエリステラは勢い良く返答する。
『申し訳ありません。こちらは当SFの制御システム、簡易神王機構です。パイロット、ジョン=ドゥの救援を願います。至急、当機の下までお願いします』
『分かりました。そちらへ向かいます。生体情報のスキャンは継続をお願いします。急変がある時はまた連絡を!』
『お待ちしております』
簡易神王機構は通信回線を開いたまま、コクピット内のスキャンを継続、少年の容態を見守った。
次回、10/14更新予定




