第7話 衛星都市“キャンプ”2
その日も、街はいつもと何一つ変わらなかった。
天気は快晴、空には雲一つなく晴れ渡っている。
きっと、何もかも変わらず、いつも通りの日常が続いていくと、住人たちは意識せずとも信じていただろう。
そんな普通の日が、その街にとっての終わりの日だった。
†
ホテルでの朝食を終えてから一時間程の後、ジョンは狩猟団の借りているガレージに呼び出されていた。
呼び出したのは、作業着姿をした狩猟団の技師長ダスティン=オコナーだ。
白い肌の大陸北方系人種、筋肉質で背が高く、白髪頭に野球帽を被り、口髭を生やした熊のような印象の大男、それがダスティン親方に対していたジョンが抱いた感想だった。
男の後ろには、ジョンの片腕の機体が二台ある内の一台のSF搬送車の回転式懸架整備台に仰向けで搭載され、こちらへ踵に車輪の嵌まった足の裏を見せている。
このSF搬送車の回転式懸架整備台は2段式で、SFを二機まで搭載可能になっている。
ジョンの機体が搭載されている下側のハンガーには今は何も載っていない。
狩猟団所属SF四機の内二機のみがガレージの壁面にある仮設ハンガーに収まっている。
「おう、来たか坊主! あんときゃぁ、すれ違ったみてえなもんだったしな。ま、改めて自己紹介だ。俺はダスティン=オコナーという。ガードナー私設狩猟団で技師長をやってる者だ」
少年は頭を下げ、ダスティンの目を見て挨拶を交わした。
「ジョン・ドゥです! そう名乗ることにしました」
「へっ、良い返事だ。どういう付き合いになるかはわからねえが、ま、よろしく頼まぁ」
ダスティンはジョンの頭に大きな手を置くと、左右にシェイクする。
どうやら、撫でているつもりのようだ。頭一つ分は身長に差があり、ジョンは完全に子供扱いされていた。
ぐわんぐわんと揺れるような感覚の残る頭を抑え、ジョンは訊ねた。
「それで親方、僕の機体は?」
「ああ、本題だな。——坊主の機体についてだが、正直、大した設備はココにゃねぇから、全部分解すなんてなぁ、出来ねぇ、出来たのは装甲の張り替えと脱がした骨組みと間接部の点検くらいだな。つっても、装甲板に関しちゃ、坊主の機体用の予備なんてねぇから、取り外した元々の装甲板に接ぎを当てたもんだが、それも終わって、ついさっき組み上がったとこだ」
技師長は上半身を廻し、背後に向き直ると回転式整備台状の機体を親指で指示す。
「色々と出来るだけ調整もしてあるぞ。坊主の機体には、あるだけの機材を使って、出来るだけ骨組み内部まで点検したがな、特に目立つような異常は見つからなかった。よくある機体運用上の部品の摩耗はあったんだが、別にこれもそう致命的なことにはなってねえな。⋯⋯それから、これは異常とは違うが、坊主の機体にゃ隠蔽化された装置が搭載されているようだ。こいつに関しちゃ内部のスキャンが出来ないんでな、どういう役割の装置かについては判らんかった。ま、とりあえず機体を動かす上での異常は無い筈だ。坊主、乗ってみてくれ」
ダスティンはジョンを促し、片腕を挙げ後ろの技師に指示を送る。
上司に指示を受けた名も知らぬ技師はSF搬送車の整備台を起き上がらせ、ダスティンは整備台のフレームからコクピットへと繋がるリフトを指差した。
急かされる様に飛び出したジョンは、示されたリフトに飛び乗り、駆け込むようにハッチの解放されている自機のコクピットへ滑り込む。
機体のシステムを起動、左側のカメラアイのレンズも交換されており、壁面モニタの映像にも乱れがない。自身の記憶するままにマニュピレータを軽く動かした。少年が予想外に思う程、そのパーツは今までになく抵抗を感じず軽く動く。時期の機体の全身が問題無く動くのを確認し、ジョンはコンソールを操作、機体の外部スピーカーを作動させた。
「SFを出します。退いて下さい!」
ジョンは、整備台からガレージ前の開いた空間へSFを向かわせた。
灰色の装甲をしたスマートなフォルムの片腕のSF、今では御伽噺でしか見る事の出来ない甲冑をその身に纏う、現代の機械の騎士が、日の下へとゆっくりと歩く。
広場の真ん中に進ませたSFをジョンは演舞をするよう、操作した。
好天の下、人の武道家の様に拳を突き出し、裏拳へ連携、前蹴り、回し蹴り、後ろ回し蹴りと繋げて、最後に機体を軽く跳ねさせ二段蹴りを出し、着地すると、周囲から拍手が起きた。
狩猟団所属の技師たちが遠巻きにこちらを囲み、感心した様子で拍手していた。
ジョンが整備台へ機体を戻し、生身で外に戻ると得意気に腕を組んだダスティンが彼の前に立った。
ジョンは笑顔でそれを前に、興奮した様子で歓びの声を上げた。
「親方、親方、親方、すげーよ! 何あれ! 思う通りに動く! 親方、天才だな!!」
「へっ、あったりめえよ! まあ坊主も、なかなかすげえな! ああいうなぁ、簡単そうに見えるが、操縦技術がものをいう限界機動の一種だぜ。下手くそはあんだけで機体をぶっ壊しやがるぞ? 坊主はSFってヤツがどんだけ自由に動く機械か、それを知らねえ若え奴らにゃあ、良いもんを見せてくれたな!」
がはは、豪快に笑いダスティンはジョンに拳を突き出し、ジョンはそれに自分の拳を打ち合わせる。
「おう、そうだ、坊主。おめぇ、武装はどうするよ? お嬢から坊主のこた、よろしく頼まれてんだ。変な事はしないだろうから渡してやってくれって言われててな」
「じゃ、折り畳み式騎剣つけてよ。前の奴、折れちゃってさ」
「おめぇ、機体の後ろ姿も見てねえな。そいつはもうついてるぜ。⋯⋯なんせ、この国じゃ、折り畳み式騎剣はSFの基本装備だ。どこのメーカー品でもコネクタが変わらん。そうじゃなくて、俺が訊きたいのはSF用銃砲のこった。ちなみに、お嬢とジェスタが使ってんのは、このタイプの突撃銃だな」
SF搬送車の荷台、回転式懸架整備台の脇に懸架式のウェポンラックが備えられており、何本もの銃砲が空へとその銃口を向けている。ダスティンはその内の一丁を指さすと、次々とジョンの知っている団員達の扱う銃器を指さしていく。
「レナはこっちの短機関銃、ダンはその時々だが、この散弾銃をよく使うか」
ついで、ウェポンラックで一番目立っている二つ折りにされている長銃身大口径の狙撃銃に指を向けた。
「コイツがお嬢の一番得意な得物だ。俺が趣味で作ったもんだが、これが冗談みてえに巧く扱いやがる。長銃身過ぎて、この大樹林では、まあ、まず使えねえがな。あまりに使う場所を選ぶから、半ば封印されてる」
ダスティンはジョンに向き直り、提案した。
「坊主、おめぇが良ければだがよ。俺が趣味で作ったSF用の武装があっから、そいつ使ってみねえ?」
会心の悪戯を思い付いた悪戯小僧の様な物凄く良い笑顔で。
†
時は少し遡り、その日の早朝、キャンプの街中心街を一台のSF搬送車が走っていた。
その回転式懸架整備には、ガードナー私設狩猟団所属の緑色のSF、“TESTAMENT”が二機、ハンガーに固定され重なる様に搭載されている。
その荷台に併設されている待機用キャビンに二人の少女の姿があった。
「エリス、困った事とか、足りない物とかなかった? あたしはお嬢様の小間使いなんだから、何でも言って」
メイドのお仕着せに着替えたストレートの黒い長髪の小柄な少女レナが、勢いよくキャビンに据付のソファに座るスーツに着替えた緩いウェーブの金髪を背中に流すエリステラに話し掛けた。
「レナ、小間使いは主人に仕事を求めてはダメですよ。今はわたしとの二人きりですから、構いませんけれど。⋯⋯そうですね、今は特に不満はありません。そういえば、彼がお名前を決められたそうですね。ジェスタさんから先程お知らせがありました」
「あ、そうそう、何考えてるのかしらね、あいつ。身元不明遺体だなんて」
「わたしは、彼は凄い浪漫家だと想いました。だって、何処かの誰かですもの。考え方が詩的ですよね? 名無しの何処かの誰かって」
口を尖らせたレナに、エリステラは微笑みを浮かべて返す。
「どうかしらね、お嬢の考えてるのとは違うかもしれないわよ。⋯⋯その記憶喪失ってのが、まず嘘臭いし」
レナがジョンに感じた疑問点を吐露し、エリステラはその疑問点を否定した。
「わたしは彼の記憶が無い事は、真実だと思います。彼、ジョンさんは自分の記憶喪失をどう思われても良いと思っている様です。でも、記憶喪失であることは知っていて欲しいから、自身の名を何処かの誰かとしたのでしょう。あ、もちろんわたしの憶測ですよ」
エリステラは微笑み、ジョンとの会話を思い返した。
「さあ、これからお仕事ですよ、レナ。わたし、あの方は少し苦手ですけれど。頑張りましょうね!」
「あの豚野郎を、少し苦手で済ますエリスは相変わらず凄いわ」
これから会う相手の顔を思い出しレナはげんなりとし、素直にエリステラを凄いと思った。
少し嫌な事が待っているけれど、これまでと変わりない日だと少女達は信じていた。