第87話 アクセルとファナ
両腕にアクセルとファナを乗せたジョンが歩いて行く。それを見て遠巻きにしていた狩猟団の団員達が困惑気味ながら少年に近付いて行き、男女問わず口々に声を掛け始めた。
「ふふ」
その様子を見てアーヴィングは笑みをこぼし、手にしたグラスを傾け、グラスに満たされた酒精の薫る琥珀色の液体を呷る。そこへ酒瓶とグラスを手にダスティンがやってきて、アーヴィングのグラスに入っていたのと同じ酒を注いだ。
「よお、大将! 今晩は機嫌が良いみたいだな!」
「やあ、ダスティン。ああ、気分は良いね。やっとあの子が狩猟団の身内になったようだ。ダンの死は若い団員達の間に随分と尾を引いていたから」
気心の知れた技師長に老年の団長は笑顔を向けた。ダスティンは口の端を上げアーヴィングに笑みを返す。
「パイロット連中は兎も角、若ぇ奴らは知らねえのさ……いや、実感してねえんだな。SFに乗るってことが、どれほど生死と直結しているかって事をよ」
「まあ、それ自体は悪い事じゃあないさ。それだけパイロットの死亡率が少なくなったという事だからね。実際、ダンが逝くまではここ何年も狩猟団でのパイロットの死は無かった事だし」
ジョンや孫娘のやり取りに微笑まし気に視線を送り、アーヴィングはのほほんと言う。
「ああ、俺が師匠に弟子入りした頃はパイロットなんて消耗品扱いだったからなぁ。あの頃は高額な機体を守る為に殺された奴もいた。……良い奴も嫌な奴も関わらずに何人も死んだよ。俺がダンの奴の死に際して若ぇ連中程には感情が動かなかったのもそれが原因なんだろうさ。まあ、慣れたくは無いもんだが」
「そうだね、この歳まで生きていると、ただでさえ知人の死やらで自然と慣れてしまうけれど、確かに人死には慣れたくは無かったよ」
グラスを揺らし、アーヴィングは遠い目をして過去に思いを馳せた。ダスティンはその言葉を笑い飛ばしグラスを呷る。
「大将、まだそんな歳じゃねえだろ? ……ああ、そう言や、俺の親父も同じような事を言っていたか」
「仕方ないさ、人の生死に関しては、みんな経緯が違おうが同じように感じるものだろうしね。まあ、絶対とは言わないけれど」
アーヴィングは呵々と笑い、ダスティンに返した。技師長は団長のグラスに再度酒を注ぎ足し、手酌で自身のグラスを満たした。
「何時かは、俺も同じような事を言うんかね」
「どうだろう、君はまた違うかもしれないよ? 僕が言った事が正しいという訳でも無いしね。……まあ今は祝おうか、あの子達に明るい未来が在らんことを。機体はどう有れ、折角、皆無事に帰って来てくれたのだからね」
アーヴィングはダスティンに酒杯を掲げ、ダスティンは自身の手の中のグラスを団長の手の中のそれと打ち合わせた。
†
エリステラは食堂内を見回し、祖父アーヴィングが技師長のダスティンとグラスを打ち合わせている姿を見つけ笑みを深めた。
「どうかしたの、エリス?」
「エリスねぇ?」
「エリスねーちゃ?」
ジョンが不思議そうにエリステラへと話し掛ける。すると少年の真似をしてアクセルとファナは揃って少女へと話し掛け、エリステラはその様子にまた優しく笑う。
「いえ、お爺様が嬉しそうにしていたので、なんとなく」
「そう、アーヴィングさんが」
ジョンは笑みを浮かべ、エリステラに優しい視線を送った。アクセルとファナは年上の少年少女達の顔へきょろきょろと顔毎、視線を巡らせ不思議そうにしていたが、後ろに目を向けると嬉しそうに笑顔を見せた。
「かあちゃん!」
「かーちゃ!」
「家の子達二人とも腕に乗せて重くは無い?」
ジョン方に近付いて来たのはアクセルとファナの母親、シャロンだ。シャロンの問いにジョンは笑顔を向けて横に振り否定した。
「いえ、軽いものですよ。……暫くぶりです、シャロンさん」
「はい、暫くぶりね、ジョンくん。ファナ、あんたはこっちにいらっしゃい」
会釈するジョンの肩を叩くと、シャロンはより軽いファナを少年の腕から引き取り抱いた。少年の腕から移されたファナは母親の腕の中でむずがる。
「かーちゃ、やあ! ……ジョンにぃちゃのほうがたかいの」
「あら珍しい、ファナはジョンくんの方がいいの? じゃあ、もうあたしが抱っこしなくても良いのかしら?」
「むうぅ! や、かーちゃ、だっこ!」
母親の言葉にファナは泣きそうな顔をして、唸り声を出し、母親にしがみついた。
「へへん、ジョンにぃ、おれがひとりじめぇ!」
「う、かーちゃ……」
ファナを指差し、アクセルはジョンの腕で威張る。それにファナは涙を溜めて母親の服を引き、シャロンはアクセルの頭を軽く叩いた。
「あたっ!? ってぇー!」
叩かれた頭を抑えるアクセルをシャロンは叱りつける。
「こら、アクセル! ジョンくん独り占めしたからってあんたが偉くなる訳じゃないんだよ! それから、ファナをからかって泣かすなっていっつも言ってるでしょっ!」
「うん、僕もシャロンさんに賛成。今のは駄目だよ、アクセル」
ジョンが言うと、傍らで大人しく眺めていたエリステラはアクセルの頭を撫でながら声を掛けた。
「そうですよ、アクセルさん。ファナさんまだ小さいんですから、優しくしてあげましょうね」
「ほら、ジョンくんもエリスもこう言ってるじゃないの。アクセル、分かった?」
エリステラに続けて、息子の目を見詰めてシャロンが笑顔でそう言うとアクセルはばつの悪い様子で小さく頷いた。
「……ごめんなさい」
「あたしに謝るのは違うんじゃないかしら? ほら、誰に言うの」
「……うん、ごめんね、ファナ」
傍にいる皆から言われたアクセルはファナに向かって頭を下げる。
「ほら、ファナ。アクセルはああ言ってるわ。許してあげる?」
「……ん」
母親の腕の中、ファナはシャロンの顔を見上げて頷き、兄へと顔を向けた。
「にーちゃ、ゆるしてあげるの。──かーちゃ、おろして。……にーちゃ、いっしょにあそぼ?」
「はいはい、じゃ、行っておいで」
シャロンは笑顔で頷き、腕の中の娘を床の上に降ろした。
「……うん。ジョンにぃ、おれもおろして」
「ああ、ケンカしないようにね?」
腕の中の少年を降ろしながら言い含めるジョンに、言われたアクセルは口を尖らせる。
「そんなすぐにはケンカしないってば!」
ジョンに言い返すアクセルをファナが足踏みしながら急かした。
「にぃちゃ、はやく!」
「もう、まってよ、ファナ」
マクドネル兄妹は連れ立って団本拠の食堂を駆け出して行った。団員達は走って行く小さな兄妹の姿にいつもの事と顔を綻ばせている。
「──あれで仲良いのよ、あの子達。よくアクセルがファナを泣かせてるけど、ファナが苛められるとアクセルが走っていじめっ子をとっちめに行ったりね」
「わかります。からかったりしても、泣かせてもアクセルはファナを大事にしていると思います。僕達の前でファナを邪険にするのはきっと照れ隠しなんでしょうね。エリスもそう思わない?」
駆けて行く子供達の背を視線で追って呟いたシャロンに、同じように兄妹を眺めながら少年は同意を返し、隣りに立つエリステラに同意を求めた。
「そうですね。アクセルさんもファナさんも良い子達ですから。でも、アクセルさんは恥ずかしく思ってしまうのでしょうね。素直に大好きを表現する事が」
エリステラは頷き、少年に微笑みを返した。それを見てシャロンは楽しそうな笑みを浮かべ、エリステラに何事か囁く。エリステラは微笑みを浮かべたまま頬を赤らめ、シャロンの背を軽く叩いていた。
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