第86話 お帰りなさい
巨木の森の合間に走る大陸樹幹街道を抜け、ガードナー私設狩猟団のSF搬送車は数日の時間を掛けて本拠地である樹林都市ガードナーへと帰投した。
団本拠の格納庫にジョンの機体を含めた四機のSFを納め、搬送車はそのまま整備に入る。整備班の人員達が忙しく駆け回る間を通り抜けたSFパイロット達は散り散りに分かれ、団本拠内の宿舎や食堂、今回の遠征中の出来事の報告へと足早にその場を去って行った。
パイロット達の中でただ一人、その場に残ったジョンは整備台上の自らの機体、“銀腕の救世者”を見上げ、機体へと声を掛けていた。
「ご苦労様、“簡易神王機構”、予定だと、これから数日は出撃予定はないからゆっくりしていてくれ」
『はい、待機任務を受領致します。それでは、次回出撃時、御搭乗をお待ちしておりますご主人様。貴方もゆっくりと休息を取られますよう、ご自愛ください』
「ああ、万全の状態で出撃に備えておくよ。じゃあ、また!」
律儀に返す簡易神王機構に笑顔を向け、ジョンは頷くと片手を挙げて振り、格納庫の外へと歩き去った。少年パイロットの後ろ姿を見ながら、ガードナー私設狩猟団整備班の技師長ダスティンが“銀腕の救世者”の整備台へと近寄って来る。
「“銀色の左腕”、師匠の悲願。なんだがな……坊主の機体に付いていちゃあ壊す訳にもいかんか……」
整備台上の“銀腕の救世者”が頭部を可動させ、ツインカメラアイがダスティンを見つめていた。機体の外部スピーカーが起動、ダスティンに機械音声が掛けられた。
『こんにちは、初めまして』
ダスティンは突然自身に掛けられた声に驚き、きょろきょろと頭を左右に巡らせた。
『──こちらです。目の前のSFの外部スピーカーから語りかけております。ダスティン=オコナー技師長でありますか? 私は当SF、“銀腕の救世者”の制御システム、簡易神王機構と申します。以後、お見知り置きください』
ダスティンは驚いた顔をして、“救世者”を見上げる。
「……“銀色の左腕”だと!? お前が?」
『……? 私は“簡易神王機構”です。銀色の左腕とは機体名ですが? どうかされましたか?』
不思議そうな声で答える“簡易神王機構”にダスティンは何かを振り切るように首を左右に振り、“救世者”を見上げた。
「……済まんな、此方の勘違いのようだ……お前がベルが言っていた奴か? 通信で伝えられていたモノとは随分と違うようだが……な?」
『元々宿っていた制御システム、神王機構は消滅しました。私、簡易神王機構は神王機構の消滅時、神王機構より分割されたSF機体制御機能特化型人工知能です』
額に手を当て、ダスティンは確認するように呟いた。“救世者”の外部集音マイクは正常に作動、技師長の呟き声も確かに拾う。
「そうか、なら、元々その左腕にいた奴は……もう、居なくなったんだな?」
『はい、私は簡易神王機構。この機体内に残る制御システムは本機のみです』
簡易神王機構の返事にダスティンは口の端を上げて笑う。
「話に聞いた奴と違って、随分と機械らしい機械なんだな? お前は。だが、……師匠の目的は叶ってたみたいだな」
『お褒めいただいたと受け取って置きます。それでは以後、よろしくお願いいたします』
ダスティンは笑顔を浮かべ、サムズアップを返した。
「おうよ! ま、ぼちぼち頼むわ!」
ダスティンは軍手を嵌めた手で“救世者”の整備台を叩くと他の機体の下へと去って行った。
†
帰還してから一日、団本拠内の廊下を通り抜け、少年は自身に与えられた宿舎の部屋に向かう。
廊下の先から元気よく走って来た小さな影が一つ、廊下を歩いていた少年、ジョン=ドゥに飛び付いた。少年は飛び付いて来たその顔を見て顔を綻ばせ、怪我をさせないよう柔らかく受け止めた。
「おかえりっ、ジョンにぃ!」
飛び付いて来たアクセルにジョンは帰参の挨拶を告げた。
「ただいま、アクセル。あれ、ちょっと、おっきくなった?」
「うん、背が伸びたよ! ジョンにぃ、 ほら、こっちだよ!」
アクセルはジョンの手を引いて、団本拠内を歩き出した。小さな少年を無碍には出来ずジョンは為されるままとなる。
「え、アクセル? どこに行くのさ? そんなに無いけど、荷物を置いときたいんだけど……」
「いいの、いいの、こっちだよ!」
聞く耳を持たないアクセルに手を引かれたまま、ジョンは苦笑を浮かべ後を付いて行く。
「ねえ、アクセル、何があるんだい?」
「もう直ぐもう直ぐ! ほら、あそこだよ!」
廊下の先にあるのは、団本拠の食堂。何故かシンと静まり返った其処の扉の隙間から光が漏れていた。
「食堂で何かあるの?」
「ほら、ジョンにぃ、入った入った」
アクセルはジョンの背を押し少年達は食堂の扉を潜った。ほぼ同時にクラッカーの音が連続し、銃声と聞き間違えたジョンはアクセルを庇うようにして身構えた。
「ぷはっ、ジョンにぃ、苦しいよ。あはははっ」
ジョンに抱き締められた格好のアクセルが子供特有の甲高い笑い声を上げ、それに釣られるように食堂にいたガードナー私設狩猟団の構成員達からも笑い声が漏れた。
──ジョンの姿が滑稽なものだった事にも原因はあっただろうが。背中に笑い声を浴びながら、ジョンばっかりアクセルを抱えたまま立ち上がる。そこへ兎のぬいぐるみのマクガフィンを抱えたちいさな少女、アクセルの妹であるファナがとてとてとジョンの方に近付いて来た。ファナはマクガフィンを抱え上げてにっこりと笑う。
「ジョンにぃちゃ、おかえりなさい。ほら、マクガフィンもおかえりだって!」
「あっちいけよ、泣き虫ファナ」
ジョンの腕の中で妹に悪態を吐くアクセルを窘めて、ジョンはファナに返事をした。
「こら、アクセル。そういう言い方はしないの。うん、ただいま。ファナもマクガフィンも元気だったかい?」
ファナは首を傾げ、ぽかんと口を開いて目をぱちくりとさせた。
「……う? ファナもマクガフィンも元気よ? ──あ、アクセルにぃちゃばっかりずるい! ジョンにぃちゃ、ファナも抱っこ!」
「良いよ、あ、でも片腕で良いかな? ほら、こっちね?」
アクセルを右腕に乗せ、ジョンは空いた左腕をファナに差し出した。ファナはジョンの左腕にマクガフィン毎しがみつく。
「えへへ、たかいの!」
「むう、あっちいけよ、ファナ」
ジョンの左腕に乗ったファナはご満悦ではしゃぐ。アクセルはジョンの右腕でむくれていた。少年と同じ年頃の少女が一人、ジョンの下に歩み寄る。
「うふふ、ジョンさん。なんの会か分かりました?」
「エリスねぇ!」
「エリスねーちゃ!」
「エリス? いいや、まったくだよ」
ジョンは普段着姿のエリステラに振り返り、二人を抱えたまま首を傾げる。久し振りに小間使いのお仕着せを纏ったレナがしずしずと近付いて来る。
「本日は危険なものとなった今回の遠征の慰労会だそうですわ」
「やあ、レナ。相変わらず似合わないね? その話し方」
レナはジョンの耳を引っ張ると小声で囁いた。
「……後で覚えときなさいよ!」
澄ました顔で離れて行くレナにジョンは戦慄を覚える間に、ジェスタが声を掛けて来る。
「ほらほら、みんな固まっていないで、こっちに来なさいよ。お料理もあるわよ?」
アクセルとファナは青年に顔を向け二人して指を指した。
「ジェスタ、料理どこだよ?」
「ジェスタちゃ、ジョンにぃちゃ、ジェスタちゃの方に行って!」
ジョンはファナの指示に従って、ジェスタの方へ歩いて行った。
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