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第85話 パーソラン公国、公城にて

 パーソラン公国。

 人類領域大陸北東部に領土を持つ。雪と氷に閉ざされた面積ばかり広大な公王によって治められる国。四大国に数えられるが国としては小規模な物であり、北辺の為、農業および畜産生産力は他国より劣り、自ずと食糧自給に窮するが、その代わり広大な国土から産出される鉱物資源に富み、公王家、公国貴族、庶民を問わず経済的に裕福な国である。但し公国に属する都市は公都を含め両手で足りる数しかなく。そして、公都以外の都市のその多くは鉱山業を生業としており、公国の金庫に財貨を貯める為の集金装置でもあった。

 今、公国を治める者は公王家の血を引く最後の姫、(よわい)十四のファルアリス・セラフィム=パーソランという名の女公王だ。パーソラン公王家は彼女一人を残して全て死に絶えている。

 前公王ジェラルドは彼女が八つの頃に病没、その後女性ながら公王代理を勤めた母親である公妃ミレニアムは、二年前にその神経を病み、公城で一番の高楼から飛び降り無惨な姿を晒し墜死した。他の公王家に連なる者達もその(ことごと)くが公王の死後数年の間に続けて病や事故により身罷(みまか)り、ただ一人、年若い少女ファルアリス一人が遺された。口さがない者達は、貴族、庶民を問わず、少女公王の手により全ての者が墓の下へと送られたと噂したが、何故か翌日にはその全てが己が同じように墓の下に潜る事になった。

 何時からか少女公王は“血塗れ(ブラッディ)アリス”と影で呼称される様になる。不思議な事に少女公王をそう呼んだ者達は何故か墓に入る事なく今も元気に日常を過ごしていた。

 パーソラン公国公城、公王執務室の豪奢な執務机と揃いのよくクッションの効いた椅子の上、フリルをふんだんにあしらった華美な少女趣味のドレスを纏った小柄な少女が机の上に頬杖を突いていた。

 母親似の瞳がちな整った顔を曇らせ、不満そうに傍らに侍る初老の侍従長の顔を見詰めている。


「──セドリック、わたくし思いますの。公王となったからには、もう、お勉強なんてしなくても良いのでは無いかしら、と」


 侍従長セドリックは女公王ファルアリスの言葉に頷き、一礼し言葉を返した。


「左様で御座いますか、姫様。──ですが私は、(むしろ)ろこれからも姫様はお勉強なされるのが良いかと愚考致します。どのように税収を行うのか、民衆に不満を持たせぬ為にはどうするのか、議会を掌握する為に成さねば成らぬことなど、日々これ勉強で御座います故」


 ファルアリスは椅子に座ったまま地団駄を踏み、両手を振り回すとセドリックへわめき散らした。


「いーやーでーすーのー! なぁんでわたくしがお勉強なんてしないといけないのです! セドリック! それよりも何か面白いお話はないのですか!? ──何か教えてくれるなら……わたくし、ちゃんとお勉強しますわよ?」


 可愛らしく首を傾げたファルアリスにセドリックは呆れたように溜め息を一つ、誤魔化すように咳払いし、侍従は主人に口を開いた。


「──既にお聞きお呼びかと存じますが、先達(せんだっ)て教国にて、“銀腕”が目覚めたようで御座います。公王家に伝えられる口伝にある、あの“銀腕”です」


 セドリックの言葉を聴いたファルアリスは悪戯っぽく笑みを浮かべる。


「……口を滑らせたわね、セドリック? 何故、貴方が最早、わたくししか知らぬ筈の公王家口伝を知っているのかしら? うふふ、まあ、それは追求しないで置いてあげましょうかしら。──ですが、“銀腕”が……“大釜(コルドロン)”が反応しましたのね! まあまあ、いったい、どんな方なのでしょう!? わたくしの下にある“善き神(ダグザ)”と列ぶ、“銀色の左腕(アガートラム)”の操り手は!」


 セドリックは興奮し、恋する乙女のように笑みを浮かべ顔を赤らめた少女公王に伺いを立てた。


「続きを語っても構わないでしょうか、姫様?」


 主人たる少女は深く頷いて催促する。


「続き! ええ、どんどん、話しなさい! わたくしの物になるかも知れない“銀腕(チカラ)”ですもの!」


「……では失礼致します。──事の起こりはフォモールの群れが教国へと侵攻を開始したのが発端で御座います。教国は虎の子の神殿騎士団を総動員するも、撃退は叶わず。最終盤に現れた左腕のみ銀腕のSFが左腕から発生させた光の剣の一振りでこの群れを撃退しました。その後、数時間でフォモールの群れは再生されたそうですが」


「“CLOIDHEAM(クラウ・) SOLAIS(ソラス)”! まあ、確かそれは量子機械(クァンタムマシン)侵食(インベイド)率がある程度進行していないと放てない筈よ! 凄いわ、捨て身なのね! まるで御伽噺の勇者様のようね?」


 侍従長は語りながら、少女公王の合いの手に頷きを返す。


「──その後、教国の東部にある人類領域最大の巨大湖、コリブ湖にフォモールのルーク種と思われる特殊個体が巨人形態で出現したそうです。腕を触手のように増殖させ湖岸へと攻撃する巨人に対し、数多のSF乗りが湖岸から銃撃するも動けずにいた中を、銀色の左腕のSF唯一機が飛び出して行き、伸ばされた巨人の腕を疾走を始めました」


「凄いわね、SFで綱渡りするような物だわ。幾らSFが人体を模して造られたとしても、そんな事、普通の神経してたら先ずしないわよね」


 呆れたように声を漏らした少女公王に、セドリックは静かに頷きを返した。 


「呆れる事に、そのまま、銀腕のSFは弱点と思われた巨人フォモールの頭部を目指したそうです。しかし、駆け上ったSFは巨人に捕らえられてしまいます。湖岸の者達は何も出来ぬまま時間は流れ、夜明け際、左腕から何かを放ったSFはそのまま、湖面へと落下したそうです」


「……ふう。残念だわ。其処まで量子機械侵食が進行してしまえば、パイロットは後戻り出来ないわ。もう人としては還らなかったのでしょう? 一目でも見て見たかったわね。“銀色の左腕(アガートラム)”の操り手を」


 詰まらなそうに溜め息をついた少女公王に、セドリックは首を横に振り、否定を返し言葉を続けた。


「……それがですね、姫様。驚くべき事に、“銀腕のSF”のパイロットは人のまま、仲間の下へと帰ったそうです。そのSFパイロットが身を寄せて居るのはネミディア連邦、樹林都市ガードナー所属、ガードナー私設狩猟団だそうですよ」


 少女公王は執務机から離れると、そのまま扉へと足を向ける。少女の小柄な背にセドリックの声が飛んだ。


「……姫様、どちらへ?」


 少女公王は侍従長に振り返ると、彼へと指を突き付けて言った。


「決まっているでしょ! 樹林都市ガードナーよ! “銀色の左腕(アガートラム)”の操り手を見に行くわ!」


 勢い込んだ少女のドレスの襟を掴み、セドリックは制止の声を掛ける。


「姫様、御約束で御座います。本日のお勉強を再開下さい。それが終われば、ご自由にして構いませぬ故」


 脱出を失敗したファルアリスはぶんむくれ、その日の勉強を再開させられた。それから、数時間後、少女公王は専用車両に乗り込み、雪の舞い散る街道を西へと出発した。口うるさい侍従長を供として。


「ご安心下さい、姫様。旅程に行う勉強の準備は完璧でありますれば」


 客室に座った少女公王に掛けられたセドリックの言葉に、ファルアリスは大声で不満を叫んだ。


「勉強、いやーん!!」


 白に染まり始めた街道を公王家専用車両が進んで行く。目指すは中央山脈を越えた先、ネミディア連邦、樹林都市ガードナー。その街にいるという“銀色の左腕(アガートラム)”の操り手。

次回、9/30更新予定

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