第83話 クェーサル四人委員会
人類領域大陸、南東部に勃興した大小様々な無数の国々がフォモールの脅威に曝された為に結集し設立された国家がある。現在それらの前身たる国々が時に合流し、時にぶつかり合い興った大別して四つの国からなるその国家の名をクェーサル連合王国という。
大陸中央山脈南端から南方平原に広く領土を持つ。
南方平原中央にてフィル・ボルグ帝政国と接している東部沿岸部に興った。広大な穀倉地帯を持ち、人類領域の食料庫とされている。
朴訥とした国民性の西方の農業国“ヴァン”、国家名ともなった連合首都を置く中央の商業王国“クェーサル”、東部沿岸の豪快な国民性の漁業国“フィンタン”、穏やかな国民性の北に位置する酪農国“バンバ”の四カ国からなる。クェーサル連合王国は商業王国クェーサルを中心に他の三カ国が囲む位置関係になる。面積としては商業王国クェーサルが一番狭い。
クェーサル連合首都、首長府内の中央会議室に四カ国の首長が集っている。始めに議題となっているのは先日ネミディア連邦首都周辺、トゥアハ・ディ・ダナーン主教国にて観測された巨大フォモールの存在についてだった。四方に辺を向けた正四角形の卓の一辺に座る痩せぎすで禿頭の左目に片眼鏡を掛けた壮年の男性、商業王国クェーサル首相、ルーカス=アンダーソンが徐に口を開いた。
「先ずは先日、ネミディア連邦にて観測された件の特殊個体フォモールについてだな」
ルーカスの対面に座る農業国ヴァンの首長、白髪を残腹に伸ばした老人フォント=アートが口を挟む。
「その件だが、映像資料などはあるのだろうか? この目で観てみないことには離れた他国のことだ。理解はし難いぞ?」
漁業国フィンタン首長、その場の紅一点、他の三人より年若い情熱的な赤髪の女性、着込んだスーツの胸元を盛り上げる大きな胸をこれ見よがしに張り、腕を組んで強調したエンジェル=ルビナスが口元の黒子と共に唇を動かす。
「どうせ、そいつのこった。当然、用意して在るんじゃない。アート老」
酪農国バンバ首長、年若くも白髪の巌のような体型の偉丈夫、オーガスタ=エジソンは声も出さずに頷き、エンジェルに同意を示した。
「あんたねえ、少しはしゃべりなさいよ! 誰もあんたが吃音症でも笑わないわ!」
自分に同意を示すオーガスタにエンジェルは呆れた声を出す。
「……私は別に、吃音症では無いが。──ルーカス殿、それで映像資料は……」
低く響くヴァリトンの声がオーガスタの喉から発せられた。
「──ああ、皆のいうとおり用意してある。あちらの壁面モニターを見てくれ」
ルーカスがオーガスタに頷き、手許のコンソールを操作、一方の白壁を手で示す。四人の視線が壁面に集中して数秒後、天井のプロジェクターが起動し、真っ白な壁面に映像を映し出した。
「これは教国側からコリブ湖を向いて録っているの? ──ああ、SFのカメラ映像ね。マニュピレータが映ったわ」
エンジェルは映し出された映像の視点を推測、ちらっと映ったSFの指先を見留て言う。
「おお、問題のアレが映ったぞ。何か比較対象は無いのかね? 確かにデカそうだが、よく解らんな……アレとこのカメラのSFの距離はどのくらいだったのだね?」
カメラがパンして映し出された巨人の姿に息を呑むアート老。それに頷き、ルーカスは部下の纏めた資料の内容を諳んじて答えた。
「──約二十Kmといった所らしいぞ? 下半身が湖面の下にある以上推測となるのだが、アレの体長は少なくとも五000m、五Kmほどになるようだ」
映像を見ながらルーカスの言葉を聴いたオーガスタは、巨人の為した指を樹木のように伸ばす攻撃を見て鼻白んだ。
「……アレは本当にフォモールなのか? まるで現実味が感じられん。他の個体と違って動物の姿でもない。良くできた作り物のようだ」
ルーカスは鼻白んだオーガスタに言葉を返す。
「だが、他国であれ、ああいった存在が現れた以上、いつ何時我が国に現れるか判らん。……貴殿の感想がどうであれ、対策は話し合わねばならぬ。国を、民を安んじる為には必要な事だ」
オーガスタはばつの悪そうな顔をし、話を換えようと映像資料に時折映る映像資料の出許に見覚えを憶え、それを問い掛けた。
「──所で、映像資料を持ち込んだのは……」
「……ああ」
オーガスタの推測に心当たりがあるのか、ルーカスは唯短く頷いた。その返事にオーガスタは独り言た。
「──愚かな方だ。……祖国の為に何時までも、いじましいとも云えようが……」
やがて映像資料の再生は終わり、四人はそれぞれに向き直る。そして、クェーサル連合王国の国王不在のまま、王国四人委員会は続いていく。
†
エリステラとの距離が、ジョンが樹林都市ガードナーから教国へと旅立つ前より少し縮み、樹林都市ガードナーへの帰路に着いた今、またほんの少し距離が開いたようだ。
さっきまでくっついていた少女はそれでも少年の隣に座りながら拳半分の隙間を空け、両手で顔を覆い俯いていた。だが、少年からそれ以上離れる意思は無いらしい。
「──そう言えば。エリスさ、ダナさんと何かあったの? もう、下の名前で呼び合ってたみたいだけど」
少年に話し掛けられ、エリステラは飛び上がりそうな勢いで上半身を跳ね上げた。
「そう言えば、ジョンさんの機体が神殿騎士団のSF輸送艦に引き揚げられてから、医務室での間までの事は伝えておりませんでしたね? 団長さんが大暴れしたお話を除いて」
そして、少年の目を見つめてエリステラの語りが始まった。
「SF輸送艦の甲板に上がり、わたしは引き揚げられた“救世者”の元に駆け寄りました。足の整備用コンソールに団本拠でジョンさんから教わった“救世者”の緊急コードを入力。ここで先に機体の手に保護されていたダナさんが解放されて霰もないお姿を見て、アーネストさんが大暴れしました。コホン」
咳き込んだエリステラにジョンは飲料水入りのボトルを人員待機室に備え付けの冷蔵庫から取り出して渡した。エリステラは微笑んで受け取ると、ボトルのキャップを開き飛び出したストローを口に含み、喉を潤すと先を続けた。
「ええと、アーネストさんが大暴れしまして、わたしはジョンさんの事が気になっていましたが、裸同然の姿の女の子を放置する訳にもいかなかったので、アーネストさんから借りていたコートでダナさんを包み、阿鼻叫喚な甲板を無視して、医務室へ連れて行きました」
言葉を区切るとエリステラはもう一度、ストローを吸い上げ続けた。
「医務室へと連れて行く間、わたしが肩を貸して歩かせていたのですが。途中で目を覚まされ、一言、わたしに『あなた誰?』と問われました。わたしは自身の名を告げ、いろいろ男の子に言い辛い内容のお話しまでして医務室まで歩く間に、お互いに名前で呼ぶようになっていたのです。連絡先もいただいたのですよ!」
嬉しそうに話すエリステラに、ジョンの顔にも自然と笑顔が浮かべていた。
「そうなんだ? なんか男の子に言えないってのが気になる」
エリステラはうふふと笑い、「……秘密です」と小声で答え、更に続けた。
「医務室で船医の方にダナさんをお預けし、わたしは甲板に舞い戻ります。わたしが再度甲板に到着すると、既にジョンさんは“救世者”のコックピットから外に出され、甲板上で日陰になる所に寝かされて居ました。あとから聞いた事によると、アーネストさんも暴れるのを止め、生き残った数人の女性騎士の方々とジョンさんを取り出していたそうですよ」
エリステラは笑顔を浮かべ少年に視線を送った。
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