第82話 遺されたモノ
水上作業腕に掴まれ、片膝立ちの待機姿勢で甲板上に固定された“救世者”に少年は歩み寄る。
最近は何かとよく聞いていた“救世者”に宿る者の声がジョンに掛けられた。
『おはようございます。操者殿、ワタシは機体名“銀腕の救世者”の制御システム、簡易神王機構です。お気軽にイーズィとお呼び下さい』
少年の知る神王機構とは全く違う感情の伴わない機械音声が、“救世者”のスピーカーから掛けられた。
「……ああ、やっぱり、もう……」
“救世者”を見上げ顔を俯かせた少年に、機械音声は感情を見せず、ジョンへと問い掛ける。
『──理解不能、操者殿。当機に何か重大な欠陥がありますか? 改善可能であれば早急に対処します』
機体へと近付きながらジョンは首を横に振り、“救世者”へと返した。
「いや、お前に問題はないだろうさ。僕の個人的な感傷だ。これからは、お前が僕の相棒になる訳だ。よろしくな!」
笑顔を見せて装甲を叩いたジョンへ、簡易神王機構は頭部のツインカメラアイを発光させ、興奮したように点滅させる。
『はい、操者殿。当機は貴官を専属オペレータと認め、当システムは貴官の命に全力で従います』
簡易神王機構の返答に少年はビシッと真っ直ぐに指を突き付け命じた。
「じゃ、コクピットハッチを解放、今から搭乗する!」
『承知いたしました。ご主人様!』
“救世者”は片膝立ちのまま、自由な動作のままならない右腕を左胸に当て一礼をすると、頭部ユニットを首の付け根から解放、バックパックが下方へスライドし、“救世者”のコクピットハッチが出現、圧搾空気の抜ける音と共に小さな隔壁扉が解放された。
少年は揺れる湖上の船の上、前方へと伸ばされた“銀色の左腕”を駆け上がりコクピットへと滑り込んだ。
『当機体内に搭乗者ジョン=ドゥの存在を確認、当機体、SCOUT=FRAME“銀腕の救世者”の全システムを起動します』
甲板上で聞いた機械音声の宣言がコクピット内に響き、ジョンは半球体に握り跡を付けた形状のコントロールグリップに左右両手の五指を這わせ、フットペダルに両足を載せた。
背をシートに預けたジョンは瞳を閉じ、自身の全感覚器を“救世者”の全センサーと完全同期、自らの身体と同じように“救世者”の機体を自在に操作、その場に起き上がるとSF輸送艦の甲板上を疾走し始めた。
輸送艦の縁を湖水面を眼下に陸上選手のように踏み切り、跳躍、SFが無数に立ち並ぶ教国側のコリブ湖岸へと向かって“救世者”の機体を宙に躍らせた。
瓦礫の飛散するコリブ湖岸に“救世者”は音もなく着地、遠巻きにしていたSFの中から、ガードナー私設狩猟団のSF“TESTAMENT”二機が前に出て、機体から飛び降りそうな勢いで二人のパイロットが駆けてきた。
「こらあっ、バカジョン! 一発殴らせろ!」
ちょこまかと駆けてきたレナはがるると狂犬のように“救世者”へと唸り、笑顔で少女を追い掛けて来た美青年は“救世者”の周囲を見回して首を傾げた。
「あら、ねえジョン君、お嬢は? 一緒じゃないのかしら?」
「まだ、あの輸送艦の中だよ。ちょっと待って、今降りるからさ。あ……レナ、あの、お手柔らかに頼むよ? 甘んじて受け止めるからさ」
少年の肉声と殆ど変わらない声でSFに話し掛けられ、少女と青年は首を捻る。それを横目にジョンは機体との完全同期を解除、広がった感覚を本来の身体に概念的に押し込めると口を開いた。
「簡易神王機構機体を待機姿勢に、そうしたらコクピットハッチを解放」
『承知いたしました。ご主人様!』
返事と共に“救世者”は甲板上の時と同じくその場に片膝立ちの待機姿勢を取り、頭部ユニットやバックパックを可動させコクピットハッチを解放した。ハッチを潜り抜けようとするジョンの背中に簡易神王機構が機械音声を届かせた。
『しばしのお別れを……簡易神王機構は次いでご主人様がご搭乗される時をお待ちしております』
ジョンは簡易神王機構の言葉に鼻を擦る。
「ああ、なんだか素直すぎてやり辛いな。──ま、そう待たせないよ。ここに止めたままには出来ないしさ」
ジョンはそう告げるとコクピットを後にし、少年は幾条もの金属帯で編まれた左腕を駆け降り、少女と青年の前に降り立った。
「……がふっ!」
助走して飛んできた少女の拳が少年の顎を打ち抜き、少年は強制的に綺麗なバック宙を決めさせられた。
†
「ああ……素晴らしいな。旧き王が消え、ステージが一つ進んだ。このまま進めば、世界は……! ……くふ……くふ、くふふふふ、ああ、笑いが止まらない。あははは、新たな王は既に配役済み、さあどうする? 全ては君の心根一つ。速く、速く、この瞳に写しておくれ! 愚かな愚かな人形女王、玉座を背中から穿つペテン師、そして、もっとも新しき人形の王! さあ、私に見せてくれ、さあ、この魂に魅せてくれ、君らの踊る愚かな姿を……」
†
ジョンの姿ははガードナー私設狩猟団所有のSF搬送車の人員待機室に在った。
「どうされました? ……は、ジョンさん、まさかまた記憶喪失に……!」
物憂げに人員待機室の外部環境を投影する壁面ホロヴィジョンに視線を送る少年のすぐ隣りに座ったエリステラが何を勘違いしたか、少年にまたもや抱き付く。
「うわあ、ちょっとちょっと、エリス!? いやあの、何で抱き付いてくるのさ?」
少年は飛び掛かって来たぐるぐる眼のエリステラを怪我させないようにと気を付けながら回避、何故か指をわきわき動かして尚も少女はジョンの方へとにじり寄る。
「ジョンさん、わたしがまた思い出させてあげますからねぇ!」
「待って、待ってったら! エリス! 僕がまた記憶喪失って、それ君の勘違いだから!」
少女は少年に自分を傷付ける意思がないことに気付くと、にっこりと華やかな笑顔を浮かべ、的確に少年の退路を潰していく。
「じょんサン? モウニゲラレマセンヨ」
「うおおうい、何で片言になってるんだよ。君!」
追い詰められたジョンが苦し紛れにそう言った瞬間に、真顔に戻り全ての感情を欠落させた風情のエリステラが少年に駄目出しをした。
「あ──、それ……ダメです。やり直して下さい」
いきなり豹変した少女の視線に見据えられ、間違えたら死ぬかもと思いながら、ジョンは自身のはなった言葉を脂汗をかきながら必死に思い出そうとする。そして、一か八か、以前にも似たような出来事があったの事を思い出し、若干腰が引け気味に、彫像のように美しい凍った表情を浮かべるエリステラに話し掛けた。
「あ、僕今、君って言っていた? ごめん、エリスって呼ぶんだよね」
正解だったか、エリステラの表情に感情が戻り、いつの間にか完全に退路を断たれていたジョンは少女の胸にあっさりと捕まった。
「悪いジョンさんは捕まえます。わたしの胸、ジョンさんがはじめてなんですよ? ほら、ぎゅうってしちゃいます」
男女の身長差故、腰を落としていない現状、エリステラはジョンの胸に頭を押し付けぎゅっと抱き付いている。ジョンは拍子抜けした顔で何処か残念そうにしていた。
「ねえ、エリス。……君は僕のどこが良いの? 僕は何処までも正体不明なのに」
少女は幸せそうに微笑みかけ、少年に応える。
「わかりません! きっとジョンさんだからです。だから、良いんです。わたしは、ジョンさんが好きです……」
「……うん、知ってる。知ってたんだ。情けないけどさ。僕は解らないんだ。だから、少しだけ待っていてくれないか? 応えは必ず伝えるから」
少女は浮かべた笑みを寂しそうなそれへ変え、少年の胸元に頷いた。
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