第81話 還り逝く
堕ちて逝く……、
堕ちて逝く……。
唯ひたすらに、堕ちて逝く。
何処までも、何処までも……堕ちて逝く。
永劫と紛う刹那、いつまでも過ぎ去らない一秒を越え、──不意に輝きが瞳を射抜いた。
あまりの眩しさに自身も知らず閉じていた瞼を開き、光源から顔を逸らそうとする。しかし、輝きは身の内から迸っており、光源など探すべくもない。
眩しさに苛まれる内に、輝きを置き去りに身体はまた堕ちて逝く。同時にとても強い喪失感に襲われ、思わず輝きに手を伸ばした。だが、堕ちて逝くスピードは加速し、あっと言う間に輝きは遙か彼方。──そして、意識は暗転する。
†
──やあ、ジョン! ……ああ、抜け落ちてしまったかな? まあ、無理矢理に詰め込んだ弊害だろうな。悪いが私が君と話せるのはこれが最後なんだ。勝手に言葉を続けるよ。──君の行く先に素晴らしい未来が待つことを祈っている。──行き着く果てがどうなるのか、私は既に知っている。だが、そうはならないでいてくれる事こそを私は願うよ。私が知る君の行き着く先、それだけは今此処では伝えないでおく。私の伝えたい全ては君の脳内に詰め込んである。人の脳に記憶出来る容量を遥かに超えた情報量を無理矢理に詰め込んだから無理がでているんだが、それでも取捨選択したんだ。まあ今、君の身体は自分の事を勘違いしているが、実際は量子機械の塊だ。人体では限界だろうが量子機械群体には問題にならない程度さ。少しずつ思い出して行くだろうから、心配は要らない。……さて、そろそろ私は消えるが、“救世者”の内部には、私の性能面のみを抽出したコピーが制御システムとしてインストールしてある。SFとして使うのに困る事は無い筈さ。では、いつか君が私の前に顕れないことを……
†
神殿騎士団所有のSF輸送艦の医務室で少年は意識を取り戻した。きょろきょろと辺りを見回した少年は見覚えのない光景に首を傾げる。パーティションに遮られた狭い室内に視線を巡らせた彼は妙に天井が低い事にまた首を傾げた。ふと、誰かが扉をノックする。少年が声を上げるより早く、パーティションの向こうから元気よく少女の声がした。
「どうぞ! 開いているわ!」
少年は落ち着かない態度でそわそわし、視界を遮るパーティションを睨み付けた。そして、パーティションが向こう側から開かれた。
「あ、ジョン君も起きてるよ!」
覚えのない名で呼ばれ、見覚えのない少女が嬉しそうな声を上げる。その様子に少年は酷く震え、狭いベッドの上、少女から少しでも距離を取ろうと身動ぎする。
「ん、ジョン君? どうしたの?」
少女は首を傾げ、少年へと手を伸ばした。手少女の手を払いのけ、頭を抱えてうずくまると少年は声の限りに泣き叫んだ。
「……だ、誰!? 君は誰!? ジョンて、誰のことさ!?」
恐慌に陥った少年の姿に、少女は扉へ声を飛ばした。
「誰か解らないけど、早く来て! ジョンくんが!?」
扉を壊しそうな勢いで開き、また一人少女が駆け込んできた。
「どうされましたか!? ジョンさん!?」
少年は頭を抱えうずくまったまま、新たに現れた少女へも見知らぬ者を見る視線を上目遣いに送る。その視線に一瞬怯みそうになりながら、駆け込んできた少女は少年に抱き付いた。
「わたしはエリステラです。ジョンさん、覚えていませんか?」
抱き付かれた少年は少女の胸に埋もれてもがく。
「……! ……!? ……!?」
パーティションの向こう側に居た少女は自身の胸元に手を当てると駆け込んできた少女の所業に眉を顰めた。
「……エリスちゃん? それ、あたしに当て付けてるの? あ、ジョンくんが一所懸命タップしてるよ。ねえ、離してあげたら? 落ちちゃうんじゃない?」
「何の事です、ダナさん? やん、くすぐったいです、ジョンさん。……あん、いきなりそんな。赤ちゃんみたいに、やぁんダメですよぅ」
自身の胸部で暴れ動く少年の腕や唇の当たる刺激にエリステラは嬌声を上げ、むしろぎゅっときつく少年を抱き締めた。少女の胸元でやがて次第に少年の動きが緩慢になり、遂には力無くぱたりと落ちた。
「……あら?」
「あ、落ちた……もう、ダメだよエリスちゃん? ジョンくんを落としちゃってどうするの」
ダナに呆れた声で非難され、エリステラは腕の力を少しだけ弛めると少年の頭を抱いたまま、取り繕うように言った。
「いやですよう、ダナさん。ジョンさんはお疲れのようです。眠ってしまわれたのでは?」
「いやいや、さっきのはどう見たって、エリスちゃんがその凶悪な胸で落としちゃったんじゃないの!」
エリステラは底冷えのする同性から見ても美しい笑顔を浮かべると、威圧するようにダナに微笑みかけた。
「──まあ、いやですわぁ。ダナさん? 解りましたわね?」
「あ、あははは、あは、はあ……ナ、ナンニモミテイナイデス、えりすてらサン。あは、あははは、は」
何も告げる事無く、威圧するエリステラにダナは底知れぬ恐ろしさを抱き、さっさと長いものに巻かれる事にする。
「……う……うう……」
少女二人が和やかとも言えぬおしゃべりを続けていると、少年が呻き声を上げた。
「ジョンさん!?」
「ジョンくん!?」
少年はエリステラの双丘の狭間に目覚めると胡乱気な視線を周囲に送った。
「おはよう、ダナさん。あ、このやわやわなクッションて……あれ、エリス?」
ジョンは普段の様子で視界に入ったダナへ挨拶すると、自身の顔を上から覗き込む少女の顔に気付き、自身がクッション呼ばわりしたモノが何なのかに気付き。何故か恐ろしげな笑顔を浮かべる少女へも声を掛けた。
「はい、ジョンさん。あなたのクッション、エリステラですよ?」
「おはよう、エリス。うわあ、とんでもない勘違いを! ごめんなさい、エリス! ……あの、聞いても良いかな?」
ジョンはダナを意識の外に追いやると、ベッドの上でエリステラに向き直ると頭を下げた。最後に上目遣いでエリステラを見上げると、そんな風に問い掛けた。少年が自身を見詰める事で満足したのか、エリステラの笑顔から恐ろしげな雰囲気が消え、華のような笑顔でジョンに質問を促した。
「あら、何でしょう? はい、どうぞ。おっしゃってください」
「僕はどうして? あと、ここ何処? それから、この状況いったい何?」
ジョンの質問の一つ一つに頷いて、笑顔のエリステラは一つずつ答えを返す。
「どうして、何なのかはわかりませんが。ジョンさんはどういう訳か滅ぼされた巨人フォモールの頭部付近からコリブ湖に虚脱状態の機体毎、湖面へと落下しました。ですが何処からか、正体不明な三角形の飛行物体がジョンさんのSFの周囲を浮遊したかと思うと防護膜を形成、ジョンさんを湖面に軟着水させました」
エリステラは言葉を区切ると、ダナへ視線を送り、ダナがその先を継いだ。少年は黙って少女二人の話に耳を傾ける。
「ここは神殿騎士団所有のSF輸送艦の中だって、コリブ湖に落ちたジョンくんの機体回収の為にこの艦を出航させたらしいよ? あたしは何故か殆ど裸同然でジョンくんの機体の拳の中に居たらしいわ」
何故、自分がここに居るのか分からない様子でダナは少年に告げる。
「驚いたのですよ? マイヤー卿なんて、ダナさんのあられもないの姿が現れた瞬間にその場に居並んだ男性団員達を全員、殴り倒して回ってましたし」
エリステラが困った様子で見詰めると、乾いた笑い声をだしダナは少女から視線を逸らす。エリステラは少年によよと泣き崩れてみせた。
「今の状況はですね……ジョンさんがわたしの胸を玩具のように……」
「エリスちゃん、ウソを言わないの! ジョンくんさっき目覚めた時、あたしやエリスちゃんの事が判らなかったみたいでさ。何故か、エリスちゃんが自己紹介しながらジョンくんを抱き締めたら、ジョンくん意識を落としちゃってね? それから、今に至るのよ。これに関してはどうしてとか、何故とか禁止ね。あたしにはわからないし」
「あははは、そうか。よく解らないって事が解ったよ。まあ、疑問点は尽きないけどみんな無事で良かったって事か」
ジョンは笑い飛ばして視界に入った船窓に目を向けた。回頭中らしく、日の光がガラス越しに差している。空には雲一つなく晴れ渡っていた。
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