第77話 救世者2
突然、出現した火球に片腕を中途で灼き千切られ、巨人となったベン・ブルベンは不愉快さに顔を顰めた。コリブ湖の湖底からリソースたる分子機械を取り出し、身に纏う白霧を下腕を失った腕の傷口から発生、分子機械を起動させ下腕部を再生させる。サイズがサイズの為、元の大きさの頃のような速さでは再生出来ない。しかし、寸毫の淀みなく失った筈の腕部は再生されていく。
ベン・ブルベンは己が片腕を灼き千切ってみせた人の操る金属の殻を捜すため、湖岸に列ぶ人の殻を襲い続ける残った幾重にも枝分かれした腕の至る所に無数の眼を開かせた。
湖岸へ伸ばした指先を迎撃する一体の殻、つい先日、ベン・ブルベンへと啖呵を切った銀色の左腕をした人型の殻の姿を発見、更に殖やした指の一本を湖面に沈め、遠巻きにさせ貼り付かせる事にした。その間に、やっと灼かれた片腕が再生を完了、そちらの元通りに揃った指を再度増殖させ鋭利な槍の穂先にも似た爪を形成、湖岸に列ぶ無数の人型の殻へと高速で延伸、指の周りに白霧を渦巻かせ突き入れた。湖岸に土煙を上げ、文字通りに爪痕が幾筋も刻まれる。避けきれず真芯に指を受け止めた人型が指が引き抜かれるとほぼ同時に爆砕した。
ベン・ブルベンには鬱陶しい事に、湖岸から撃ち込まれる弾丸の幾つかは巨人の白霧の防護を抜け、その巨体の表皮にまで届く弾丸もある。無論、白霧の防護を抜ける際にその威力の大半は失われていた為、巨人にもし痛みを感じる機能があったとしても、痛みではなく痒みとしか感じられなかっただろう。だが、暫くして一発の弾丸が白霧の防護の内側へと直接、突き刺さった。
奇しくもそれを為したのは、指の一本を監視に付けた銀腕の殻の背後にいた二体の緑色の殻達だ。緑色の一方の放った砲弾の爆発が巨人の身を包む霧を吹き散らし、間髪入れずに傍らのもう一体が抱えた狙撃銃から放たれた弾丸がベン・ブルベンの表皮をを穿つ。しかし、確かに巨人に突き刺さった筈の弾丸は巨人のぶ厚い筋肉に押し出され、傷跡を残すことも出来ずひしゃげた姿となって湖面へと落下。やはり有効射程外への狙撃であった為か、放たれた弾丸はその威力の殆どを発揮する事が出来なかったようだった。
ベン・ブルベンは銀腕の殻とその周囲の殻数体を最優先に廃除すべく両腕を肩から増殖させ、湖岸に列ぶ人型の殻への攻撃の手を止める事無く、その指先を更に増殖、銀腕へと攻撃を集中させ始める。
†
ジョンは光子対消滅砲を一旦、腰の接続端子へ接続、腰背部の折り畳み式騎剣を展開、エリステラ機の脇に突き立てる。何故か自身とガードナー私設狩猟団のSF部隊へと集中し始めた巨人の指先による攻撃に、“救世者”は剣一振りを手に立ち向かう。レナ機は“複合型銃砲発射装置”を擲弾発射砲形態から、回転式機関砲形態へと砲身を変形させ、自機とエリステラ機に襲い来る巨人の指先を連射する砲弾で迎撃していた。
レナから預かった弾薬庫を兼ねた方盾と高周波振動騎剣を銃剣とした突撃銃を手にしたジェスタ機も少女二人の機体を守護すべく前方に出ている。
ジョンの背後でエリステラは“雷霆”を地面に落とし、ジョンの突き立てた折り畳み式騎剣を手に取っていた。上空から襲い来るこの状況下では重い“雷霆”を振り回すよりも剣を振り回す方が効果的な為だ。
“救世者”は脚部機動装輪でガードナー私設狩猟団SF部隊の周囲を駆け回り、味方へと伸ばされる巨人の指先を斬って捨てる。騎剣を振る動作に載せて、右腕に装備したホルダーから炸薬を封入した投針を投擲、上空に巨人の指先が在るうちに牽制するのも忘れない。
空中に炸裂した火炎の華が幾つも咲き、振り下ろされる雷火を纏う指先や、突き入れられる白霧の渦を纏う指先が地面に到達する前に勢いを殺され、そのまま、レナ機の回転式機関砲に空中で砕かれていく。エリステラやジェスタの機体はそれでも尚、ジョンやレナの攻撃を交い潜り接近した指先に刃を閃らせ一息に斬り払う。そうした行動の最中にジェスタは腰背部に着けていたもう一丁の突撃銃をエリステラ機に手渡していた。どれくらい経っただろうか、自身に襲い掛かって来た巨人の指先を高周波振動する刃で斬り払いながらジェスタは、レナが回転式機関砲を連射して巨人の指先を近付けさせないでいる間に、彼と同じように巨人の指先を斬り捨てた隊長である少女へと問い掛けた。
『お嬢、まだ余裕はあるかしら?』
『はい、……まだ、だいじょうぶです』
息を整えながら、エリステラは青年に答える。周囲を疾走していたジョンが二人の機体へと“救世者”を近寄らせた。
「みんな、大丈夫?」
ジョンの声を聞き、エリステラは弾かれたように顔を輝かせる。
『ジョンさん! はい、大丈夫です!』
『まあ、お嬢ったら、現金ねえ。ワタシも大丈夫よ。……で、どうしたのジョン?』
ジェスタはエリステラの様子に苦笑しながら、ジョンに返した。
「ちょっとさ、行って来ようと思うんだ。あの、巨人の所まで」
『また、馬鹿な事をする気なのかしら?』
エリステラは少年の言葉に顔を曇らせ、不安そうに問う。
『……何をされる気ですか? ジョンさん……』
ジョンは少女達へ笑顔を返す。そして、巨人を“救世者”に指を差させて言った
「アイツの腕ってさ、結構太いじゃない? だからさ、走って行こうと思うんだ。──じゃ、僕は行くから。みんな援護をお願いするね!」
言うが早いか、“救世者”は巨人の指を目指して疾走、レナ機の脇を走り過ぎる。
「レナ! 援護を!」
『はあ!? 何よいったい!? もう! 後でヒドいから。覚えてらっしゃい!』
通り過ぎ様に少年はレナ機へ一方的に通信、その機体の脇を駆け抜けて行った。前方から“救世者”に突き込まれる指先の一本にタイミングを飛び乗り、指先に着地様に魔王骸布から改良した量子機械防護幕を展開して脚部機動装輪を展開、枝の先から幹へと向かって疾走する。その間に襲って来た指先はレナやエリステラ、ジェスタに迎撃されていた。
『何時までも魔王骸布ではね? 銀腕光輝とでもしようかな』
巨指の上でも襲い来る指先を右手の騎剣で切り払い、或いは飛び越えて巨人の肩を目指して走る。
やがて巨人の肘に辿り着いた“救世者”は腰に納めた光子対消滅砲を抜き巨腕から跳躍、光子対消滅砲を連射した。
“銀色の左腕”の先で光子対消滅砲の銃身が展開され、ガイドレーザーが照射、仮想砲身が発生、二発の光弾が巨人の頭部と胸部へと撃ち込まれる。
二発の光弾は真っ直ぐに宙を走り、狙い過たずに着弾、するかと思われた寸前に光弾の二条の射線を遮るように胸部から増殖した腕が急速に伸び覆い隠した。
光弾が炸裂し、巨大な火球が二つ生まれ、太陽のようにコリブ湖の湖面に反射された烈光がその場の人々の目を灼く。
発生した膨大な熱量がコリブ湖の湖面を一瞬で蒸発させ、巻き起こった水蒸気爆発の衝撃波が巨人を下から打ち据えた。
次回、9/14更新予定