第76話 救世者1
その場所は、復旧の可能性を危ぶむ程に破壊されていた。唯一、幸運と呼べるのはその巨体故か、巨人の歩みが著しく遅かったという事だけだったろう。
教国東方面、コリブ湖側の街壁は殆ど更地のように均され、ゆっくりと進みくる巨人の聳える広大なコリブ湖が何時もは見ることの叶わない彼方の対岸までが見える様になっていた。未だ湖岸までは遠くにある巨人だが、その腕は驚く程遠くまで伸びて届き、教国の周囲を覆う街壁を その内側に建ち並ぶ街並み毎、文字通り叩き潰していた。
教国第三区の環状道路を走り、北側と南側から何機ものSFが集まって来る。神殿騎士団員をはじめとする教国出身者に限らず、破壊され尽くしたその地の現状に、多くの者は驚愕と悲嘆の声を上げている。
南方門側から何機ものSFを引き連れるように機体走らせて来たジョンは、“救世者”を巨人の攻撃により遮るものを失い開けた門前広場へと通じる大路の交差点に停止させた。見れば北側から、神殿騎士団の一団がアーネストの駆る神殿騎士隊長騎に率いられ、こちらへと向かってきている。視線が会い、アーネストから、通信が飛んできた。
『ジョン君か? そちらの方が先に着いていたようだが、状況はどうなっているだろうか?』
「すみません、アーネストさん。こちらも先程到着したばかりで、見て解る以外の事は何も……」
『そちらも急行して来たのだろう? 状況を考えれば解る事だったね、……こちらこそすまない。だが、どうであれやる事は変わらない。……コリブ湖に立つあの巨人をどうにかするしかないという訳だ』
アーネストは“救世者”への通信を閉じ、機体の外部スピーカーを作動させ、麾下の神殿騎士達へ号令を出した。
『──騎士団の諸君! 長射程装備の騎を中心に部隊を再編成! あの位置だ。生半な装備では巨人に届かん! 見た目に惑わされるなよ! あれの大きさが異常なのだ。目標は見た目以上に遠くにいる! 己自身の目に頼るな! 騎体のセンサーを、レーダーを信じろ! 再編の完了した隊から目標の対面に展開、センサーの増強されている隊長騎は狙撃手の観測手に着け、準備完了次第、合図と共に攻撃を開始せよ!』
団長の命に従い、神殿騎士団は隊長騎を観測手として巨人への狙撃を始めるべく行動を開始した。それを見て、ジョンの背後に到着していた幾つもの狩猟団や傭兵団も巨人への攻撃の為、長射程装備を持つ機体を中心に編成を見直している。
ガードナーの狙撃手はもちろんエリステラで、その傍らには、右肩に装備した“複合型銃砲発射装置”を擲弾発射砲形態へと変形させたレナの機体が寄り添っている。ジェスタはレナ機の後方に待機し、彼女から弾倉庫を兼ねた方盾を預かり擲弾弾倉の交換を任されているようだ。
隊の再編成を終えコリブ湖岸に展開した教国側戦力だが、いくらSF用長射程装備といえども、目測でさえも数km先に存在する巨人への攻撃は有効射程ぎりぎりか、若しくは多くは有効射程外であり、なかなか巨人への有効な攻撃を与えられずにいた。それを嘲笑うかのようにフォモールの巨人は白霧を纏った関節を数節増やして伸ばした多関節の腕を教国へと飛ばしてくる。
分子機械を多量に含んだコリブ湖の湖水からなるその霧は、大気を裂いて湖岸へと延ばされる内に帯電し、雷霆の様に湖岸へと上空から打ち下ろされた。
巨人の指先から木の枝のように腕が生え掌が咲く。其処から生える五指の全てに更に指が伸び、また更にと湖上へと延ばされる内に無数に枝分かれし、広範囲に地面を灼いた。
「ヌァザ、この短機関銃、あの巨人まで届く銃に変えられる?」
ジョンは折り畳み式高周波振動騎剣を抜き払って自身とガードナー私設狩猟団のSFを襲う巨人の指を斬り飛ばし、左腕に短機関銃を握って神王機構に要請した。
『……戦闘中にかい? 出来ないこともないが……まあやってみよう。戦闘中のサポートは出来ないから気を付けるんだよ? ──材質及び構造を解析、量子電網から航宙艦“鎮波号”マザーコンピュータ機構“マナナン・マクリル”へと接続、データベースを検索、こちらの材質から作成可能な下記条件に適合する銃器設計図を抽出、分解再構成開始』
右腕一本で騎剣を振り回し、次々と襲い来る巨人の指を切り捨てる救世者の左腕の掌から、セイヴァーが装備していた短機関銃を基にした新たな銃砲が銃身から再構成されていく。現れたのは素っ気ないガンメタリックの拳銃だった。
『再構成完了、光子対消滅砲という。反物質を力場に封じ込めた弾を撃つ銃だよ。因みに三発で撃ちきりだから、また使うなら再構成しないとだけど、一発で充分かも知れないな』
「いや、三発って何さ? もうちょっと撃てるのは無いの?」
新たに手に入れた拳銃の装弾数の少なさにぼやくジョンに、神王機構はその銃を撃つ事を促す。
『まあまあ、騙されたと思って撃ってみなよ! ほらほら、いくよ照準固定、光子対消滅砲、仮想銃身展開、発射!』
騎剣を振り回し動き回る機体を停止させ、神王機構はノリノリで“銀色の左腕”に構えた新たな銃を巨人に向けた。神王機構の声に従ってガンメタリックの銃身が展開、ガイドレーザーが照射され、回転し螺旋状に幾重にも連なって前方へと伸び、その力場が空間を区切り仮想銃身を形成する。銃本体より少し離れた空間に光の球が灯り、その中に極微量の反物質が精製、仮想銃身の発生させた斥力場に押し出され、光弾が発射された。
次の刹那、巨人が伸ばした腕の中程で太陽のような巨大な火球が出現、幾重にも枝分かれした巨人の腕の片方を焼却し引き千切った。
『しまったな、照準が少し摺れたか。とまあ、こんな武装だね』
「……酷いね。ナニコレ! ああ、後二発じゃ、適当には撃てないな」
『ジョンさん!? 一体何ですか、さっきの攻撃は!?』
『ちょっと、ジョン! そんなのあるならさっさと使いなさいよ!!』
後方で巨人相手に狙撃していたエリステラと擲弾を撃ち込んでいたレナから揃って通信が入った。
「待った待った! これ、さっきまでは持ってなかったよ。ついさっき、神王機構が作った物なんだ。撃ってみるまではこんな物とは思わなかったしさ」
『……はあ、神王機構というのは凄いのですねえ。むぅ、わたしの“雷霆”の弾丸はあの巨人を包む霧に遮られてしまっているみたいです』
『細かい事はいいわ、ジョン! さっさと撃って! やっちゃいなさい』
エリステラは感心したような声を出し、自身の機体の装備する長距離狙撃銃に視線を落として不満そうにしている。レナは先程見たバ火力にさっさと次弾を撃てと発破を掛けていた。
「いや、レナ。悪いけどこの銃、後二発しか撃てないってさ。なるべくなら有効な場面で撃つ方が良いでしょ? 二人の攻撃はアイツに届いているみたいだし機会を見て僕も撃つよ」
ジョンは再度襲って来た巨人の指を斬り飛ばし、レナに答えた。
『しょうがないわね。エリス、あたしの擲弾が霧を吹き飛ばしたら、そこへ撃ってみて! いくよ!』
不満そうにしながら、レナは“複合型銃砲発射装置”の砲身の先に巨人を捉え、擲弾を連続発射した。
『ジェス姉!』
『はいはい、ちょおっと待ってね?』
レナ機の背後で出番を待っていたジェスタがいそいそと擲弾弾倉の交換を開始した。
次回、9/12更新予定




